人生観を変えたあの夏
26歳の夏、僕はキリバス共和国という赤道直下の小さな島国にいた。
見渡す限りのエメラルドグリーンの海、少し沖に出るとイルカが船と並走し、トビウオが目の前を飛んでいく、海中を除けばウミガメがゆうゆうと泳いでる、そんな国だった。
青年海外協力隊(JICA)のボランティア隊員として、その国で活動していたのだ。
ある日、ボランティア活動先の学校にキリバス人のおじさんが訪ねてきた。同僚に呼ばれて待合室に向かうと、裸で腰に布を巻いただけ(キリバスの日常服)のおじさんが大きな段ボールを持って立っていた。
ニコニコしながら「君の仲間だろ」そう言ってその段ボールを差し出した。
中身を見て腰を抜かすほど驚いた。真っ先に目に飛び込んだのは頭蓋骨だった。 キリバスは第二次大戦で日本軍5000名弱が約20000人のアメリカ軍と戦って玉砕した国だ。 今でもジャングルを歩いているのとトーチカや固定式の機関銃などが残っており、トーチカにはキリバス人が家として住んでいたりする。
そのおじさんの持ってきた段ボールの中身を同僚と一個ずつ並べていくと、見事に2人の全身体になった。
「骸骨だから日本人って分からないじゃん」
と思っていたが、その疑念もすぐに吹き飛んだ。段ボールの底からビー玉やおはじき、そして「大日本帝国」「キリンビール」と書いてあるビール瓶が出てきたのだった。
日本で普通に暮らしててこんな骨を見たら「呪われる」「怖い」「気持ち悪い」とか思ってしまうかもしれない。だけどこの時は全くそんな気持ちにはならず、不思議とよくわからない「尊さ(とうとさ)」をまとったような気持ちのまま、その骨を並べ続けた。
思想的に右とか左とかそんな話ではない、戦争を美化するつもりは微塵もないが、こんな風に日本のために戦った人々がいるから、アジアで唯一先んじて経済大国になったことは歴史的事実である。
全ての骨を並べ終わって横に座り、再び頭蓋骨を手に取り、眺めながら思ったことは
「こんな儚く消える命もあるのか…。 本当に自分は幸せな時に生まれたんだな、たった一回のこの自分の人生を何に使おう」
ということだった。
時代に翻弄されて消えていく命があることは知っていた、しかし実感的に理解したのはこの瞬間が初めてだった。 『知ってる(know)』と『解る(understand)』の違いに、この時気付いたのだった。
ソフトバンクの孫正義さんも、アップルのスティーブ・ジョブスさんも病気で死ぬ寸前まで行っているし、古くはダイエーの中内功さんも戦争を体験している。「死」を実感的に理解するということは価値観を根本から変える体験なんだと思う。この方々は自分自身の「死」と向き合ったのだからレベルが違う。
そしてこのキリバスでの活動中に、多くの学者さんや研究者さんにお会いした。現地の人々の悩みや世界の問題解決のために、自分自身の知恵や人生の全てを注いで生きている方々を目の当たりにしたのだった。次第に「自分はなんてちっぽけな世界で粋がっていたんだろ。でも俺は頭悪いし人のためにできることなんて何もない…」と、とても情けない気持ちが自分を締め付けるようになっていった。
しかし、次第に現地でのつながりが増えてくると「料理教室を開いてくれ」という話がたくさんくるようになり、週末も休めないほど色々なところに料理教室をしに行くようになった、行く先々で本当に多くの人に喜んでもらえるようになった。その活動がキリバスの全国紙にも掲載された。人生で初めて「こんな自分にも価値があるんだ」と感じた。「人に必要とされる」という喜びは何にも変えられないものだ。
この1年弱のキリバスでの経験は自分の価値観を一変させたのだった。
身についた三つの視点
この経験から得たことはたくさんあるが、その中でも特に得ることができてよかったと感じることが三つがある。
ひとつは、
「日本、そして世界を俯瞰的(客観的)に見る視野がついたこと」
『想像力は行動量(距離)と知識量に比例する』と聞いたことがあるが、『視野の広さ』も行動量や知識量がないと得ることができないと感じる。
そして日本は良くも悪くも本当に閉ざされた国なので、日本人は今の生活を周りの日本人としか比較できない。 しかし世界という視野から日本を見ると「これ以上何を求めんだよ」としか思えないほどに完成された国だと思う。 「世界の中の日本」を理解したことで、自分の悩みがいかにちっぽけで幸せな悩みかに気づいた。
昔は「自分ってなんでこんなについてなくて、不幸なんだろう」と思ってる時期があった。しかしそう感じる理由の一つは視野の狭さが大きな原因だと分かった。 それからは、自分は悩みや苦労はあっても「自分は不幸だ、自分はついてない」とは全く思わなくなった、この時代に日本に生まれた時点で世界トップクラスに恵まれていると思えるからだ。
ふたつめは、
自分みたいな頭の悪くてドジな人間でも、誰かを喜ばせたり、誰かに必要とされるという価値があるんだなと思えたことだ。
「誰かのために生きてこそ、人生には価値がある」とアインシュタインは言ったが、この感覚はとても重要な価値観として自分の中に存在している。 人は生きることに理由を見つけたがる、それは他の動物と比べて頭が良いからだと思う。本当は生きることに理由などないのだろう。
しかし色々考えられるようになった人間は毎日に忙殺される中で「何のために生きてるんだろう?」という問題にぶつかる。
若い時は夢や目標、富や名声のために邁進できるから良い。 しかし、すこし社会経験が増えてくると『俺って何のためにこんなに我慢して頑張ってんだろう?』という問題にたどり着く。
そしてそれについて悩み抜いた後にたどり着く価値観は大抵の場合は「誰かに必要とされたい」「困っている人を助けたい」「地域のために」などという気持ちに向かう、これは本当に素朴で素敵な価値観だと思う。 だから定年後のおっちゃんやおばちゃんは街の掃除活動してみたり、ボランティア活動したりするんだろう。
尊敬する社会学者の宮台真司さんが「友達作りたいなら、困ってる人を助けてあげればいいんだ」と言ってたが、なんだか少しわかるような気がする。 誰もがきっと誰かに必要とされたいのだと思う。
3つめは
環境問題を自分ごととして考えられるようになったこと。
気候変動の問題は知っていたが、頭のどこかで人ごとだった。 しかしキリバスは気候変動による海面上昇であと30年ほどで海に沈んでしまう国、本当に待ったなしの深刻な状況である。
気候変動はほぼ全てにおいて先進国が原因である。 1番地球を汚しているのは先進国なので、その問題を一番地球に優しい生き方をしている国が背負う構図となっている。
(地球の揺らぎ現象の一部だという声があるのも知っているが、最近では人類の経済活動が原因であることがほぼ確定的な意見となってきている)
しかしこの問いは壮大すぎて、どこから手をつければ良はいか正直分からない。 一人一人がやれることをやっていくしかない。僕らの子供や孫世代にこの綺麗な地球を残したいという気持ちは多分みんな意見が一致するところだと思う。
商売とは「消費の促進」であり「競争の促進」である。商売をするほど環境破壊も進むし、商売をするほど勝者と敗者が分かれることは確実だ。
だけど、その時の自分は「自分がこんな体験できているのは青年海外協力隊として日本国民の税金を使わせてもらって、こんな体験ができているのか。学者さんの研究活動も、慈善団体の活動も、誰かの金銭的支援がないとできないのか!それなら、自分は自分で稼いで、その稼いだ金で、いろんな人を助けられるようになることが一番素敵なことだ!!」と思ったのだった。
この発想は、ある意味正しいし、ある意味間違っている。だけどもあの当時はこれこそ一番いい考え方だと思った。 (アホすぎてピュアすぎる)
この思想自体が『資本(お金)』が大前提のベースにあるという点が、あの当時は分からなかった。
ただ、その気持ちをもとにロケットチキンをここまで育ててきたのは確かだ。 もうかれこれ起業してから7年以上経った、一時は倒産寸前まで行った、その時は本当に毎日眠れなかった。
自分の会社が潰れそうな時などは特に『なにがなんでも』という気持ちになる、利他的な心は無くなる。それを長い間続けると徐々に心が慣れていってしまう。
経済活動の荒波の中で生き、自分はどんどん嫌な奴になってるように思う。だって、金を稼がないと自分があの時に想い描いたことは実現できない、でも金を稼ぐには競合を打ち負かすことも必要だったりする。
決して共産主義を理想とは思わないが、資本主義が混迷していることは誰の目から見ても明らかだ。 その中でどんなポジションこそが理想なのか、自分にもよく分からない。今はロケットチキンを成長させることだけに全てを注ぎ込む、そしていつかある程度成功できて、知名度も資金も膨らんだ時には、その資産を使ってたくさんの困っている人を助けれたらいいなと思う。
やれるだけやってみる
僕は頭が悪かった。小学生のころは掛け算の九九のプリントを埋められずに、クラスの全員帰ったあと、いつも1人だけプリントを埋めれずに残されていた、自分1人になった時に下向いて泣いてたのを覚えてる。 というか今でも7の段は言えない(爆笑)
落ち着きがないと怒られまくっていたし、いたずら小僧だったので「たくちゃんとは遊んじゃダメ」と保護者の間でも言われていたらしい、高校生くらいになってから友達が教えてくれた時はめちゃくちゃ笑った。
そんな人間だ。
こんな人間が社長でいいのか?といつも思う。
そもそも自分自身に期待なんかしてない
世界を変えるような人間にはなれない
命をかけるほどの勇気もない
だけど挑戦しないで過ぎていく人生は
やはり違うなって思う。
やるだけやってみる!
人生一度きり!
中島拓也
人生一度きり!
中島拓也
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