ロケチキ通信65
(これはスタッフ向けに書いたLINEをコピペしたものです) 





人間社会には三つの助ける仕組みがあって、それが自助・共助・公助って言われます。

『自助』
自分が自分の安全を守ろうとする事(家族の助け合いも自助に入るらしい)

『共助』
地域の集まり、町内会、飲食店組合、学校、クラス、部活チーム、自治会などなど。
(個人的には友達や仲間もこれに含めていいと思うが、学術的には分かりません)

『公助』
消防、警察、社会保障、生活保護、など公共の制度や組織によるもの。

んでね、近年この真ん中『共助』がなくなってきてしまったと言われてるんですね。
共助がなくなった??どゆいみ?って感じですよね。

うちのオカンの実家(福島のど田舎)に行くと、近所の人とみんな顔見知りで、昔は近所の人に赤ん坊を預けたり、留守番してもらったり、醤油がなくなったら借りに行ってたり…が普通だったそうです。

この前ばあちゃん死んだ時、葬式終わってバス乗って墓に到着したら、近所の男達(40後半から60代くらい)が仕事休んで墓を開けて待ってて、本当にびっくりしました。 親戚じゃなくて、葬儀屋でもなくて、近所のおっさん達ですよ!! 普通に石を開けて、骨埋めて、手を合わせて、何事もなかったように自分達の仕事に戻っていきました。 そのおっさんの一人は死んだばあちゃんに、子供の頃よく面倒見てもらってたとのこと、これが『コミュニティ』だったんですね。

今そんなん考えられますか?
ご近所さんの顔や名前知ってますか? 近所で会うと気まずく挨拶するくらいですよね。

じゃなんでこれが消失してしまったんでしょうか?? 答えは『資本主義』らしいんですね、自分もとある本読んで『マジかー!』と思いました。

全てのサービスをお金で買えるようになったので、葬式や納骨も(葬式屋さん)、醤油を届けてもらうのも(アマゾン)、赤ん坊の面倒みるのも(ベビーシッター)、ぜーーんぶ『お金で買えるもの』になってしまったからなんです。
近所の当たり前の助け会いが、全て有料のサービスとして買わなければならない世の中になったんですね。

自分もずーっと違和感だったんです、親が約20年前に鎌倉に引っ越してきて、マンション生活になって、こんだけ近くに密集して大量の人が住んでるマンションなのに、みんな廊下とかすれ違うとめちゃ気まずそうにしてて、自分が『こんちわー!』とか言うても、目も合わせずうつむきがちにペコっとするだけで、ずーっと違和感でした。
(自分がイカチゴリラだからと言う説もあり笑)

『私たちは201号室をお金で買ったので、その201号室以外のつながりには興味もないし、知る必要もない』という価値観なんですね。

そんで、この傾向は都会に行けば行くほど強くなります、都内に住んだことある人なら分かるはず!(資本主義が一番浸透してるのはやはり東京です)




この『資本主義』が現代の人々の細部にまで浸透してしまったことによって『お金では買わないつながり』がなくなってしまったってことで、でも人間はどこかに属していたいと言う根本的な欲求というか、生存本能?がありますよね。 『困った時に助け合える繋がりがほしい』と思うのは立派な生物の生存本能だなって思います。

これにいち早く気づいたのが自分が知ってるところではお笑いコンビのキングコング の西野さんだったように思います、『これからはコミュニティ』とずっと言ってました。(もちろん学者さんとかは昔から知ってると思いますが、というかマルクスはこれを1867年に『資本論』に書いてる!笑)

そんで、西野さんはオンラインサロンはじめて、コミュニティをつくり、そのメンバー達を仲間として、近すぎず遠すぎない『どこかに所属している感』を作っていき、それがめっちゃ大成功しでかいコミュニティになりました。




んで、なんで昨日の忘年会の話につながるのか?

自分は商売人を志してから、徹底的に合理主義な脳みそに作り替えて行った経緯があって『自分は合理主義人間だ』なんて言ってますが、これはこれで本当に今となっては良かったと思ってます。(これがないとマジで商売人は厳しいから、もちろん商売によるが)。

合理主義ってのは意味のない物は徹底的に排除して、最重要な意味のある物だけを残そうとしがちなんですが、それだと『チーム』や『組織』は育たない、ある一定の『良い意味での無駄』がチームを育てるんだなってことが分かってきました。

この前もFCオーナーと社員で一泊してきましたがめっちゃ白熱して、マジで面白かったし、多分みんな『よっしゃまたこれから頑張ろうぜ!』って気持ちになったと思います。

そして茅ヶ崎のお店でやった忘年会も、最初はみんな気まずそうでしたが、1時間後にはみんな腹抱えて笑ってました。盛り上がりすぎて、終電無くなり、みんなを送るタクシー代がえらいことになりましたが、本当にやって良かったなと思いました。

ロケットチキンも少なからず『コミュニティ』なんですね、バイト先で仲良くなったバイト仲間がめちゃ悩んで連絡してきたら『助けたい!』って思いますよね、そこにお金は発生しないはずです。『2時間相談聞いてあげたから3000円ちょうだい!』ってならないですよね。

それがコミュニティのパワーです。

こんな時代だからこそコミュニティって大事なんだなーと思いました!!!この話を聞いて、ちょっとコミュニティという視点を元に世の中を見渡してみてください、色々おもろいです。

おやすみー🌙


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ロケチキ通信64(これはスタッフ向けに書いたLINEをコピペしたものです) 



自分がいつも考えてることなんですが「想像力」って自分の思考の外側まで想像できることだと思います。意味不明だよね、こんなこと言っても。。。笑

何度か話してることなので、すでに『それは聞いたよ!』って人がいるかもしれないけど、ニュートンの話をしますね。

ニュートンって自分みたいなバカでも知ってる言葉です。ってか人の名前ですねアイザックニュートン。この人がなんですごいか知ってますか? 「万有引力」を見つけた人ですね。
有名なのが「木からリンゴから落ちるのを見て万有引力をひらめいた」って話です。

みんな聞いたことあるよね?

この話は自分もガキの頃から知ってましたが、「リンゴが落ちる」ってことと「引力」が全く結びつかなかったので「俺には分からんことを、天才だから何かがわかっちゃったんでしょ」って思ってました。

でも、数年前に「君はどう生きるか」というだいぶ売れた本を読んで(おすすめ本)、ニュートンがなぜ「リンゴが落ちる」と「引力」をつなげられたかを知ったんですね。

めっちゃ単純なことでした。彼には人並み外れた「想像力」があったんです。
彼が思ったことはめっちゃ簡単なんです。

「なぜリンゴは地面に落ちるのに、夜空に浮かぶ星たちは落ちてこないんだろう」と思ったんです。

自分の知ってる知識(思考)では、物体は全部地面に落ちてくるのに、なんで星とか月は落ちてこないんだろう?って思ったわけです。

あーーーーーーー、、、、、
これが想像力なのか。。。。
と思いました。

馬が最速で移動できる手段だった時代に、ヘンリーフォード(Ford自動車の創業者)は「皆は馬をもっと早く走らせようと考えていたが、私は馬じゃない手段でもっと早く移動すればいいと考えた』

ライト兄弟は「鳥が飛べるなら、人間も飛べるんじゃないか?」と考えました。

自分が当たり前のように知ってるの思考の外側を想像することを「想像力」って言うんだなって思いました。ここ数年自分がふんわりアニメが好きになってきたのも、これが理由です。漫画家って想像力を漫画に落とし込んでるわけです、ドラえもんとか、ドラゴンボールとか思いついた人やばすぎですよね。

さて、自分の人生を自分の中にある常識で決め付けてませんか? まー自分もここをずっと悩んでるんですが。



はい、こっから一気に話を変えます!笑

今、10代、20代で特にやりたいこともない若者達、ひとまずワーホリ行ってみれば?
ワーキングホリデイね。日本の円安によって「海外で稼ぐ価値」が格段に上がってます。

日本で必死にバイトして手取り15万だとしたら、今ワーホリでオーストラリア行って農場とかで仕事したら多分日本で15万円分の労働時間で30−40万円稼げます。多い人は月50万とかも聞く。
それと同時に「英語も学べる」「異文化に触れられる」「金貯まる」こんなメリットだらけの体験をサクッと体験できるのは20代までですよ。 ワーホリは年齢制限あり。

日本のパスポートは「世界一信用されたパスポート」と言われます。世界各国のパスポートで一番多くの国に入国できるのは日本のパスポートです、世界一信用された民族ということです、なぜだか知ってますか? 「日本人は海外で犯罪を犯す確率が圧倒的に低い」からです。

そもそもワーキングホリデイという奇跡のビザは信用があるからこそ作られた、本当に奇跡のビザです。(世界で数えるほどしかありません)

日本の大学でMARCH以下の大学ならば、行っても行かなくても、社会人になった時に影響はありません、MARCH以下の学歴は努力ややる気などでカバーできちゃいます。

それだったら親御さんもMARCH以下の大学にお子さんを入れて4年で300〜600万払うくらいなら、そのお金で海外経験をさせてあげた方がいいです。
海外で生活することが一番手っ取り早く確実に「思考の外側に行ける」方法かもしれないと思います。 日本は同質主義が行きすぎていてもはや抜け出せません、マスクなんてまさに良い例、『皆んながそうしてるから』ってのは同質主義の果てです、もはやギャグかなって思います最近は。

日本の3流大学に行って400万円を払うより、インドネシアの3流大学に行って200万円の方がよっぽど価値が高いです。なぜなら「レア人材」になれるから。

企業面接で「インドネシアのジャカルタにあるテレマカシ大学で社会学を専攻しており、4年間の学生生活の中で英語を習得し、マレー系や中華系の友達とアジアの未来についてよく語り合っていました」って言われたら「おーーーーーー!」ってなりますよね。なりせんか?
(ちなみにテレマカシはインドネシア語でありがとうの意味、架空の大学です笑)

実際は全然勉強せずパーティ三昧だったとしても、日本の企業のオッサンたちにはインドネシアのことなんか分からんし、日本人は『海外での経験値』というキャリアにやたら弱いです。



完全レア人材の出来上がりです。
皆が行くレールをなぞって歩いても宝くじは見つかりません、先にたくさんの人が歩いてるから。自分が『個性』を言い続ける理由はこれです。

自分が考えている思考の外側にしかチャンスはありません、もちろん考えて悩みまくるから思考の外側に行くってこともあります。

何かアイデアを出そうと考えていること自体が、自分の知識の中から何かアイデアを出そうとしている状態です。でもその向こう側にしか大きな大きなアイデアはありません、それをひらめくことが「想像力」なんだなって思います。

日本は詰んでいく国であることはほぼ確定なので、今から海外経験を積んでおくことは、結構マジメに重要な人生戦略だと思います。

若い皆さんは、世界視点から日本を、そして自分を『客観視』できるようになってほしいです、視野が変われば全く違う未来がやってきます。そのためには『想像力』がめっちゃ必要なんです。

もちろん自分もまだまだ諦めてませんので、ロケチキ通して試行錯誤をはは続けていきます!


ロケチキ通信63
(これはスタッフ向けに書いたLINEをコピペしたものです) 





先日、とある学生さんから『このまま大学になんとなく通ってていいのかと悩み休学してました』なんて聞きました。

ギャップイヤーって言うのはヨーロッパで生まれた考え方で、大学を卒業するまでに休学などをして違う活動をしたり、余暇を作って考える時間を作ることで『学校では得られない価値観を育んでもらう』という考え方らしい。

休学=ネガティブではないよって考え方です。もっと自分なりの言葉に変えて言うと『寄り道した方が視野広がるよね、視野広がった人の方が選択肢多いよね』って話です。別に在学中に限る必要はありません、社会人になってからも同じ。

自分がこの言葉知ったのは社会人になってからなんだけど、ギャップイヤーの推進団体のホームページに記事を書いてくれと依頼があったんですね、青年海外協力隊で海外で活動して帰ってきた時に、なんか知らないけどその団体から連絡きました。

さっき探したら一応まだその記事あった笑。
ちょい恥ずかしいけど貼っておく

【English Translation:Returning From Volunteering Activities in Republic Of Kiribati by Takuya NAKAJIMA】 No37:「キリバス共和国のボランティアから帰国した私」 中島拓也さん(Precious Earth Project)
「キリバス共和国のボランティアから帰国した私」 ※Japanese followed by English Translation 中島拓也  Precious Earth Project 太平洋上に浮かぶ国キリバス  以前、タイとカンボジ...
japangap.jp

『一回レールから外れてみる』
『考える時間をつくる』
『視野を広げる』ってことです。

この記事を読んでも、とても知能の低い馬鹿な青年が、とんでもなく視野広がってテンパってる感じが記事から伝わってくるね😅

そもそも日本以外の、先進国の多くの国は高校卒業後は働いたり、フリーターとかで数年過ごしてから、やりたいことを見つけて、そしてそのやりたいことを目指すための専門学校や大学に入ったりするのが普通です。(国にもよるが)

↑これ考えてみれば当たり前だなって思う、16-17歳の少年少女に『将来どんな職業つきたいですか?』って聞かれても、社会を知らないし、視野が狭いので、結局『知ってる職業』しか選択できない。だから美容師、服飾関係、広告関係、看護師、消防士、警察官、学校の先生…みたいな少年少女が知ってるような職業ばかりになり、そーゆう専門学校ばかり人気になったりする。(その職業を悪いと言ってるのではない)

でも、今みんなの目の前にある物体や、その物体の中に入ってるネジも、それを塗っている塗料も、全部だれがが仕事として作っている。アマゾンの奥地に新薬開発のために新種の生物や植物を探す仕事もあれば、町工場でネジ一本に人生かけて誇り持って仕事してる人もいれば、変な名前のチキンを売って『世界目指す!』とかほざいてる奴もいる。


みんなが行くから大学いこう、みんなが行くから専門学校いこう、皆んな就活するから、自分も就活しようって感じです。マジでもったいないなーと思います。

うちの学生バイトでも、こいつはすげーいい感じに尖ってる(とがってる)なー、いい個性あるなーと思ってた子たちも、『シューカツなんで』とか言い出して、大衆と同質化していくのを何度も見てきた。

ちなみに『シューカツ』っていう『卒業後一斉に同じ服来て仕事探す』ってゆう文化も日本独自のもので、『Shukatsu』と英語でそのまま単語になってたりする。



だって、

そもそも『個性の追求』が、自動車を発明したり、アイフォン発明したり、コムドットになったり、BTSになったり、tiktok作ったり、万有引力を発見したりするんですが、

『みんながそーしてるから自分も』って考え方って、『個性を潰して大衆に合わせるための訓練』でしかありませんよね🥲
そんなとこからピカソは生まれないし、大谷翔平も生まれないし、ヒカキンも生まれないっす。

そして何より『皆と一緒でいなきゃ』という考え方がマジで息苦しい。(これは感じてる人も多いと思う)

日本って本当に『同質主義』でみんなと違うことをやたら恐る習性があります、今のマスク取れない感じとかまさにですよね。
(自分はプライベートでは全くつけてません)

その『休学』が
その『留年』が
その『フリーター生活』が

意義のある時間であれば何も問題ないはずですよね!広い意味でギャップイヤーってのはそーゆう話です。

スノボー好きな人が『一年間休学して思う存分雪山こもってスノボーしました!もう十分っす、仕事探します!』これは意義あるよね。

海が好きな人が『一年間休学して、沖縄でダイビングの免許とって、インストラクターの免許までとっちゃいました!ダイビングのインストラクターとしてオーストラリアで開業したいので、大学やめます!』全然オッケーすよね。意義ありまくりですよね。

『頑張って大学入ったけど思ったよりつまんなくて意義を見出せないので、しばらく休学してバイトとかしながら考えます』こだってめっちゃ意義があります。

なんでそもそも、多くの人が歩むレールから外れることをそこまで恐るんだろう🤔
個性ってのは『人と違う』から生まれるんです。

人にどう見られるかではなくて、自分が自分の人生をどう生きたいかがいちばん大事だなって思います。

そーゆう自分も、両親ともに公務員で親戚を見渡しても学校の先生とかばかりで、自分だけ子供の頃からわんぱくな問題児だったので、『安定した仕事に着かなきゃプレッシャー』や『手に職をつけた方がいいぞプレッシャー』、そして『もういい年なんだから落ち着けよプレッシャー』などなど、たくさんのプレッシャー感じてきました。 すごく悩みました、マジで悩みました。でも今は全然です😎

うるせーボケ、俺の人生なんだよ、外野はすっこんでろって思えるからです!笑

だってそーじゃんね。
あなたはだれかに勧められた人生歩いてるんですか?違うよね? 自分で決めた人生ってを歩けよ(笑)

学生の皆さん、『ギャップイヤー』是非頭の片隅に入れといてね!😎❤️‍🔥

最後にこの話をしようと思うきっかけになったニュースを貼っておきます。





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#ギャップイヤー
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#シューカツ
#休学
#個性こそ宝

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