月別アーカイブ / 2021年04月

物語で好きなシーンがありまして、それが「答え合わせ」です。
推理ものとかのじゃなくて、恋愛ものが成就した終わり頃に、2人で冒頭の出逢いのときのことを思い出しながら「あのとき、私のことどう思ってた?」って聞いたりするやつです。
普段生きててまず知ることの出来ない、他人の感情の「答え合わせ」が好きなんです。
妻のめろこ。は中学2年間同じクラスだったので、10年以上の時を経て、あの頃私が周りからどう見られてたかを知りました。当時私は今でいう「陰キャ」ですが、評価(?)は意外にも悪くない感じでした(忖度がなければの話ですが)
その他、同じ教室という空間にいながら全く知らなかったクラスメイトの情報を知り「人間面白い!」なんて思ったり。

ひとつ願いが叶うならば答え合わせをしたい出来事があります。
だいぶ前東京に住んでたときのこと。浅草散歩中の私の前を歩く女性が、ハラリとハンカチを落としました。私はそれを拾って女性を呼び止め

「落としましたよ」
「ありがとうございます」

なんてやりとりがありました。
この展開のテンポ感があまりにもテンプレすぎて、あれ、これ物語なら運命の出会いじゃないの?って思ったわけです。物語ならそのあとに偶然仕事で一緒になったりしますね。
もしその女性に話を聞くことが出来たら、あのとき「運命」とか頭をよぎらなかった!?と聞いてみたいです。聞きたいのはそれだけです笑

しかし残念なことに私は人の顔を覚えるのが苦手なので、仮に奇跡の再会があっても覚えてない自信があります。というか、実はどこかで再会してて、女性も私と同じく人の顔を覚えない系だったのかもしれません。
誠に残念であります。

小説を読み、考えるを続けてるので頭が段々と小説脳になってきました。妄想は最高の趣味ですね。
今も小説の書き方の本なんか読んでるんですが、これってある意味ネタバレみたいなところがあって、話の核となる部分をどう描くかとか、キャラに何をさせるか、物語のバランスを崩し修復する流れとか、そんなテクニックが書かれてるのです。
ドラマや映画の撮影風景を見てる感覚とでも言いましょうか。わかっちゃいるけど作りものなんだなと思いしらされるわけです。
身体の隅々まで作品の世界にどっぷり浸かりたいタイプの人は、こういう本は読まない方がいいかもしれません。
作りものなんだなと分かっていながら、本当は世界のどこかに彼らはいる(いた)のかもしれない。そんな読後感に水をさしてしまう感はあります。
それを考えると「ノンフィクション」を売りにする作品というのもわからなくはないんです。実際に登場人物存在する(した)のだから。

そんなことを考えながら、まだまだ私の妄想は膨らむのです。

最近小説書きたいなーなんて言い出した理由は、今年に入ってから立て続けに文章を書く仕事が入ったからです。
こういう仕事をしていると、たまにあるんです。新聞のコラムやCDのライナーノーツを頼まれたりが。
書いていると結構楽しいもので、文章を書くのが趣味なら長く続けられそうだし、何より今ならスマホでどこでもかけてしまうし、発表の場だっていくらでもあります。しかもお金も大してかからない。
ただちょっと引っかかってるのが、文章を書く仕事は仕事なので、お金をいただくのです。そうすると趣味じゃ無くなってしまいます。
音楽も「仕事の音楽」と「趣味の音楽」と切り分けようと考えることもできますが、実際のところは頭でうまく切り分けられないです。もう音楽は全部仕事だと思ってます。器用じゃないので。
だから、新しい趣味はできるだけ仕事から遠ざけたいのです。趣味感バリバリで、読み手のことなんか一切考えず、好き勝手に書きたいのです。
それが、お金を頂いたことのある作業だと、お客を意識してしまうのです。まだ何も書いてないのに笑
この辺は単に気持ちの問題なので、そんなごちゃごちゃどうでも良い考えはどうせ時間が経てば忘れてしまうので、まずは面白いなーと思ってることから書いていきます。
今はネタ帳アプリにネタを集めてます。

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