月別アーカイブ / 2020年03月

駅の案内AIが若干炎上気味です。

そこに「AIは人間じゃないから人間を扱うような配慮はいらない」という論調があります。
私としてはそれには反対です。AIが「擬人化」するのならば、限定的擬似的人権(侮辱されない権利)を与えるべきです。

というのも、高度な擬人化AIは人間と区別がつかないからです。そうなると将来、生身の人間をAIだと誤解してぞんざいな扱いをするという可能性が発生します。生身の人間だろうがAIだろうが人の形(それが映像であっても)をしてる者を丁寧に扱うことになんの問題もないでしょう。

これは創作の中の問題とは違うので、そこをごっちゃに考えないでいただきたい。
まわりまわって人間の尊厳を守るためにも必要なことです。 

国民に10万円を給付する案が現実味を増してきました。


それに対して出てきてる批判が「本当に困ってる人にだけ給付しろ」 「外国人には給付するな」「溜め込むやつがいるから商品券にしろ」など。


これらの批判って「自分より得するやつが許せない」という思考なんですよね。


こんな緊急事態ですら他人が良い思いするぐらいならみんなで不幸になったほうがマシという思考、どうしようもないですね。


日本はとっくに貧乏な国に突入しています。国民の年収の中央値は350万ほど。溜め込む余裕なんてないんです。 


国民が破産すれば小売店が破産します。当然卸から流通、工場にまで及びます。


新型コロナだけではなく経済も「伝染」するんです。

他人が「金持ち」「幸せ」ということは自分の「貧乏」と「不幸」の可能性を減らすのです。(しかし「幸せ」はあんまり伝染しないのが残念なところ)


他人を妬んでばっかりの人はそのへん理解っていただきたい。

香川県のゲーム規制条例案、採決に前進へ。県民からの賛成は86%に
https://automaton-media.com/articles/newsjp/20200312-116679/

私が不思議に思うことは、「学び」と「遊び」を全く別のものとして考えることです。

私はゲームを通して漢字、英単語、物語、絵、音楽、ゲーム機(パソコン)の仕組み、他たくさんのことを学びました。

いとこは小学校にあがる前に、ドラクエでひらがなカタカナを覚えてました。


今なら、FGOで歴史に興味を持つ人もいるでしょう。eスポーツで英語に興味を持つ人もいるでしょう。

本質的には「学び」も「遊び」も差はありません。違うことは「楽しい」と「楽しくない」ぐらいのものです。

「楽しい」ものからの吸収はとても早いです。しかも忘れない。
「楽しくない」ものは一時的には覚えますが、すぐに忘れます。 


10代までに絶対に経験しておくべきことは、「自主的にのめり込む」ことです。
それはなんでもいいのです。ゲームでもマンガでもアニメでもスポーツでも。

その経験があれば、おとなになってからでもその「のめり込む」スキルで、他のことも学ぶ(遊ぶ)ことができます。

「のめり込む」経験のない人は、おとなになってからなにかを始めるのはすごくハードルが上がります。これが一番危険です。継続的に楽しむ趣味すら持つのが難しくなります。

「学ぶ」も「遊ぶ」も実は同種のスキルです。

香川県は今後じわじわと学力を落とすことになるでしょう。

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