月別アーカイブ / 2015年02月

昔、鉄拳のタイムアタックで全国一をとったことがあります。

よく行ってたゲーセンに初代の鉄拳が入荷したのですが、バーチャ全盛の当時鉄拳はびっくりするほど人気がなくて私以外誰もやっていませんでした。

そこでマーシャル・ロウを選んで、ひとりタイムアタックで日々遊んでいたのです。対戦相手が来ることも皆無でした。

そうやってしばらく経ったある日、鉄拳の筐体に「全国一おめでとう」というポップが飾られていました。そこには私のスコアネーム「AVN」と。(ちなみにこのAVNは私のアマチュア無線コールサインJS6AVNから)

確か、タイムは4分2秒ぐらいだったと思います。私以外誰もやっていないから、早いのか遅いのかもさっぱりわかりません。

沖縄に1周間遅れで入荷した「スーパーゲーマーズ」という雑誌のハイスコアページに確かに私のスコアネーム「AVN」が載っていました。

これってつまりは鉄拳が全国的に人気がなかっただけなんです。プレステ版がヒットするまで鉄拳はバーチャのパクリ扱いでしたから。

 

この件で、勝ちに行くなら敵のいないフィールドを選ぶべきということを身をもって知ったのでした(笑)

今日もゲーセンの閉店ツイートが流れてきて悲しい来兎です。

昨日のブログでゲーセンが努力不足とは書きましたが、もちろん良いゲーセンもたくさんあります。

昔私が通っていたゲーセン「達人と名人」ですが目標とするゲーセンがありました。それが「プレイシティキャロット巣鴨店」です。

プレイシティキャロット巣鴨店は私が愛読していたマイコンBASICマガジンゲーメストのハイスコアページにいつも載っていて、全国一のスコアも多く出していました。

きっとすごく良いゲーセンで、全国からゲーマーが集まって、メンテナンスも良くて、常連達が日々楽しくプレイしていたんだろうなと「妄想」しておりました。

達名は、そんな妄想のプレイシティキャロット巣鴨店を目指して勝手に店作りをしていました。

常にレバーとボタンの状態は良くしたし、連射機をつけたり、ゲーム大会をやったり、ポップを書いたりコミュニケーションノートを置いたり。

その成果が出てか、小さな店ながらかなりインカムは良かったと思います。お客さんも普段ゲーセンに行かないような人も達名には来てくれました。

全てはプレイシティキャロット巣鴨店のおかげです。妄想ですし、達名を手伝ってる間は一度も行ったことは無いですが。

 

その後、上京してから一度プレイシティキャロット巣鴨店を訪れました。きれいなお店で、各筐体にはメンテナンス日か書かれていて、妄想通りの良いお店でした。

 

というわけで、プレイシティキャロット巣鴨店には勝手に感謝しております。

おそらく日本で一番濃いゲーセンであろう高田馬場ミカドの店長、イケダミノロックさんのゲーセンコラムが面白いので、ゲーセン好きな方にはぜひ読んでいただきたいです。


ゲームセンターのお仕事!【第1回】

 

私も高校時代「達人と名人」というゲーセンに通ってる…といいますか、ヘタすると家にいる時間よりこの「達名」に居る時間のほうが長いんじゃないかというぐらい居座ってました。

居座るだけにとどまらず、基板の仕入れに口を出し、筐体をメンテナンスし、ゲーム大会を開き、もはや「無給の店員」状態でした。

 そんな風に首を突っ込んでいるとお店の経営状態もなんとなくわかるので「このゲームはいける!」と自信をもって入れてもらった新作の「虹色町の奇跡」が振るわず、申し訳なくてひとり黙々と50円を入れ続ける日々を送ったり、3000円で仕入れた「ソルダム」が大ヒットして稼いでくれたりと、ゲーセンがずっと続いてくれるようにとひとりで勝手に頑張っておりました。

とても小さな店のなのに、当時のネオジオのリースでは沖縄県内で1番の売上で、SNKの営業の方にはKOFシリーズなどの人気作を先に回してもらったり。

そうしていくとかなりクセのあるゲーセンになっていくので、沖縄県内でもゲームオタク的な人には知れ渡り、人やコミュニケーションノート目当てに遠くからわざわざ遊びに来てくれる方も多くいました。

 

 

そういった経験から、高田馬場ミカドにはすごく親近感があります。

1日1店舗ペースでゲーセンが閉店する中、孤軍奮闘するイケダさんはゲーム機を置いてお客が来るのを待つのではなく、ゲーセンそのものをエンターテインメントとして捉え、毎日のようにイベントを開催しゲーマーを引き寄せています。素晴らしいです。

 

正直、これまでのゲーセン衰退の原因は努力不足だと思います。

私がゲーセンに通い始めた頃から、お会いした個人経営のゲーセンのオーナー・店員の多くはゲームにほとんど興味ありませんでした。

システムが高度になってゆくゲームに対してゲーセンは遊び方の提示もしないし、イベントも開かないし、日々お客さんが来るしかけもしなかった。そんなゲーセンから潰れていきました。

 

私が通った「達名」も、残念ながら15年ほど前に閉店しました。悪あがきはしたんですけどね…居場所を失うことはとても辛かったです。

 

私は今でも、ゲーセンという学校とも家とも関係ないコミュニティこそ必要だと考えています。小学生からいい大人まで、年齢も性別も関係ないコミュニティが「達名」にはありました。学校に居場所のない私にとって、大切な避難所でもありました。

 

そのためにこれからもゲーセンのゲームを作りたい。

そしていつか、ミカドのようなゲーセンを作りたいと考えています。

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