_var_mobile_Media_DCIM_104APPLE_IMG_4494.HEIC
昨日26日(正確には27日の1時過ぎぐらい?)に、沖縄の老舗ゲーセン『ゲームインナハ2』が閉店。
店内はインツーを愛する者たちでごった返し、皆店内を撮影し、テレビ局のクルーまで来て、いかにインナハがゲーマー達の拠り所だったかを実感しました。
 
正直言うと、インツーは私のホームゲーセンではないので、強い感慨はありません。
 
私のホームゲーセン『達人と名人』は20年ほど前になくなりました。誇張ではなく、毎日開店から閉店まで居る勢いだったので、閉店の喪失感はかなりのものでした。
だから、インツーがなくなることで寂しい人たちに、自分を重ねてしまうのです。
ゲーセンで出会った仲間と閉店まで遊び、閉店後も店の前で語ったり、誰かが車を出して深夜特に行くあてもなく走り回ってるうちに朝になったり。
そんな私が20年前やってたことを、このインツーでもおんなじことしてた人たちがいたのかなと。

「サードプレイス」という言葉があります。自宅、学校(職場)ではない第三の居場所。
特に学校に馴染めずゲーセンという居場所に助けられたひとは大勢いると思います。
学校クラスというランダムに集められた箱ではなく、自らが選んだ居場所。
たとえ家や学校が居心地悪くとも、明日ゲーセン行くことを考えると生きて行ける。

私にとってのゲーセンは第三の場所でした。

ゲーセンで集まった仲間と同人誌作ったりゲーム作ったりして、それがきっかけで渡辺製作所(現フランスパン)と知り合ったのです。

2001年には上京。「メルティブラッド」の音楽を作ってました。

2009年に沖縄に戻ったときに「沖縄ではメルブラ人気あるんですよ」と教えてもらいました。

インナハや夢咲創庫(ここも随分前になくなりました)にメルブラがあって対戦が盛り上がってて、私が関わったゲームで沖縄のゲーセンでコミュニティが出来てたのはとても嬉しかったです。

私がゲーセンを拠り所ににしてたように、メルブラきっかけで同じようにしてた人もいるのかなと。


勝手にゲーセンを「重いもの」にしていた私ですが、 そんなゲーセンはもう昔の話。

私の思う沖縄で最後のゲーセンらしいゲーセン「インツー」の閉店。大げさかもしれないけど、時代がここで一区切りされた気がします。

インナハのスタッフの皆さん、そしてこれまで沖縄でゲーセンを作ってくれた皆さんありがとうございました。


できることなら、老後は沖縄で小さいゲーセンをやりたいです。