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20年ほど前にパソコン教室でインストラクターをやってたんですが、その頃って結構パソコンを使おうという空気感はあったんです。
学生から高齢者まで幅広い世代の方々習いに来ていました。
そんな空気感をダメにしたのは間違いなく教育界だと思います。
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日経新聞のこの一文。これが全てだと思います。
筆から鉛筆、そしてシャープペンシルと時代が進み便利な道具が登場するがその度に新しい道具に対して教育界が抵抗する。
それは学ばないからでしょう。教育界の上層が新しいモノを学ばない怠惰な人々で構成されているのです。

行政や企業は歩みは遅くとも外界に晒されるため変化しています。しかし教育界は表面的に教室にPCを入れたりしながらも、その道具としての価値を理解せず頑なに認めない。

「学び」の手段はなんでもいいのです。むしろ、どんな手段を使ってでも学ぶことが重要であり、オンラインかオフラインでもなく、その時々で最善の手段を柔軟に選択できること。
教育のサポートをするのなら、そこを考えるべきではないでしょうか。

かなり昔テレビ番組で、風呂上がりのバスタオルは何回使う?という問いがあり、それに芸能人たちが

「乾かして何回か使う」
「毎回洗ったバスタオルを使う」

で二分していました。

ひとりの芸能人が

「綺麗な体を拭いてもタオルは汚れないから乾かして3回は使う」

と言ってて驚く。

洗ったばかりの体は一切汚れてないという発想なのか!しかし「3回は使う」という発言から、全く汚れないと考えてるわけではないのだろう。まったく汚れてないという発想ならきっと洗う必要はないと考えるはず。

ちょっと混乱しました。

なんというか、それぞれ考えって違うんだなという当たり前のことを再認識したテレビでした。

私は毎回タオル洗ったの使います。

十数年前、おサイフケータイなるものが登場し、私は「これで現金を一切使わずに生活できるのでは!?」と狂喜したが、実際は現金のみの支払いの店が多すぎてその日で頓挫。
さらにはEdyで払えた東京電力の電気料金も仕様が変わり払えなくなった。前進どころか後退です。

世界の(特に中国の)電子マネーの普及により日本も嫌々ながら電子マネーの普及が進み、今では現金を使わない生活は90%ぐらいはできるようになりました。

しかし、電子マネーはまだまだだなと思うところもあります。それは、現金でのチャージが未だ多いことです。

電子マネーの最大の意義は現金を一切介在させないことにあると思います。
しかし、電子マネーの種類によっては現金からのチャージのみというものがあります。私に言わせればそれは電子マネーではなく単なるプリペイドカード。キャッシュレスと呼ぶに相応しくありません。

「マネー」と呼ぶものは、基本的にその価値を何かに交換する制限は極力なくするべきです。
QRコード決済の乱立や過剰なポイント還元など、私の考える電子マネーの理想像からはまだまだ程遠いです。

「マネー」と呼ぶのならば、ちゃんとお金でできることは全て出来、さらに電子で使用範囲を拡張できることを望みます。

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