携帯がどんだけ好きなんだと言われそうだが、今日も携帯の記事だ。

ガラケーが2017年以降、生産中止になる。

寂しくなるが、みんながスマホを使うようになればさらに世の中は便利になる。寂しいが仕方ない。スマホが普及すればするほど、技術革新が進むのは間違いない。


それにしてもスマホユーザーとガラケーユーザーの比率って現在はどうなのだろう。たまにガラケー使っているひとを見かけはする。

ちなみに僕らが「片道4,100円」をリリースしたり「街と大都市」を作っていた頃は5:5だった。まわりにはいなかったが、全国的に見るとまだ五分五分だったのだ。

意外はことだが、その鎖国くささは日本ぽいとも思う。

ここを読んでいるひとはどうだろう。ガラケー利用者はいるのだろうか。まだ一定数はいるのだろうけど、なんとなく年配のイメージだ。

携帯メーカーは「ガラホ」という端末の開発を進めている。

ガラホという言葉が凄いのだが、「ガラパゴススマートフォン」だ。端末はガラケーでOSはスマホで造られている。これまた日本ぽい。得意の「合体」だ。
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だけど外国の端末を作っている会社は古いテクノロジーをバシバシ捨てていく。CDドライブが入らないMacBookを持ち歩くひとがほとんどだ。

最初は批判も多いけど、ITの世界では「旧式を切り捨てる思い切り」みたいなものが必要なのかもしれない。

その結果、サムソンやAppleは世界中で使われる端末を生み出した。

短期的な客のワガママを上手にサバけていたら、国産のスマートフォンも世界中で活躍できていたのだろうか。

分からない。分からないけど、年配者の批判が勝ったことによりそうなっているのだと少しキツイ。「リスクを取れなくなる」ってのは何にせよキツイ。



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