悩みの種別ランキングをやると首位確定の項目がある。

「うまくいかない人間関係」だ。

古今東西ナンバーワンじゃないだろうか。

なんだかんだ言っていくつになっても、みんなここで悩んでいる。表層的には違う悩みに見えても紐解けば、大体が人間関係の悩みだ。 



そしてうまくいってない関係のほとんどが「相手が変わることが、良くなることだ」という見方が影響している。「相手が変わらないからうまくいかないんだ。ファックオフ」という見方だ。



世の中には変えられることと変えられないことがある。自分でコントロールできることと、コントロールできないことだ。



イラつく相手の話し方や大好きなひとの心、嫌いなひとの癖、殺したいひとの態度みたいなものは基本、変えられない。
無理に変えようと思うと、自然体とはほど遠い強引なやり方ばかりになる。



反対に自分の感情、習慣、能力、性別なんかは変えられる。



うまくいっていない関係は「相手が変わらないと、この関係は良くならん!」とお互いに思っているケースが多い。そして、「なんでやつは変わらないのか?」と愚問を繰り返している。


 
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これではコントロール権が自分に無いままだ。


「今、この状況を作っている自分の原因はなんじゃろう?」と考えられるようになるにはトレーニングがいる。

戦後の◯×思考法で教育されてきた僕らは、依存心が高くなる人間形成を促されている。

6+4=□というやつだ。イギリスの算数は□+□=10だ。

今生きているほとんどの日本人は、「用意された正解以外はすべて間違いだ」というシステムをずっと浴びてきている。

むかし、「雪が溶けたら何になる?」に対して「水になる」と答えた子は正解で、「春になる」と答えた子は不正解になるという話があった。


でも、後天的に主体性を身につけることはできると思う。
創造力が去勢されて、問題提起側に依存しまくった僕らでもやればできるのだ。

主体者意識が強いと気持ちが沈む時間だって、短くて済む。

反対に「あいつが変わらないとダメだ」は被害者意識、依存心をこじらせまくる初期症状にもなり、危険極まりない。

主体者的に生きるか、被害者的に、依存者的に生きるかで、他人の反応はずいぶん違う。

ひとはひとによって態度を無意識に変えるからだ。「誰しもに平等に」というのは意識レベルの話だ。

たしかに相手のせいにしておく方が楽だ。「自分が今できること」について考えるのはしんどい。

でもそうしないと、状況は好転しづらいのも、また事実だ。

最初はちょっとした腰の持ち上げだけなのだろう。たしかに少し面倒だが、歩み寄るってその程度の話だ。

そこをやるかやらないで、着地するところがずいぶん変わりそうだ。目の前にある苦痛は、意外と苦痛でもなんでもないのかもしれない。 
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