月別アーカイブ / 2017年12月

ここで粛々と日々文章を書いている。アクセス数は見れば分かるが、果たして実際どれほどのひとに読まれているのかは分からない。

誰のために書いているという高尚な話でもない。

思ったことを第三者にも分かるような言葉にしているだけの場所だ。

でもこれをやっている日々とやっていない日々では大きくクオリティが異なると思っている。思考を言葉という記号にして他者に伝えるのは容易ではない。
容易だと思っている人種もいるし、そこに大した意味を感じない人種もいる。

コミュニケーションにはほどほどの緊張がいる。それが習慣化されていないと極めて雑になる。そこにメモリを割かないと諸々が崩れてくる。誤解が多くなるからだ。
_var_mobile_Media_DCIM_101APPLE_IMG_1465.JPG
コミュニケーションとは受け手の立場になって考えようとする姿勢のことだ。

「フォーム」、「構え」と言ってもいい。

格闘技だろうがスポーツだろうが楽器演奏だろうが同じだ。

フォームを一朝一夕に固めはできない。習慣化してようやく何とか見れるようなものになっていく。

ここLINE BLOGはコミュニケーションの素振りみたいなものだ。「伝わるだろうか?」が日々身体を包み込んでいるようにしたい。

「言った言わなかった」ではなくて「伝わった伝わらなかった」で考えたい。

新しいものを作り始めた。とりあえず誰が聴くわけでもないものを作り始めた。
損得を脇に置いてやりたいことをやっておく必要がある。生きているので。

働きすぎる友人がいるので「逃げろ」と言った。完全失踪マニュアルと5000円を渡しての本気のにゲロだ。


ひとに「逃げろ」と言ったのは久しぶりだった。結局、逃げるのは得策じゃないケースが多いからだ。

なぜなら逃げても逃げた分のツケを払う日が来るし、「逃げる」はクセになる。「逃げる」では生き述びはしても経験値はもらえない。

それでも「逃げる」をたまに使わないといけないときがある。

除菌用のアルコールスプレーをタオルにかけて吸い込んだり、月に一度は知らない駅で降りて、夜まで連絡しなかったり、「あれ!?今日出勤になってましたっけ!?あれ・・・・・あぁ、そっか。すみません!これ、自分のミスです。すみません、今仙台にいるんです。あしたは行きます!いえ・・・・・・はい。完全に自分サイドのミスです。悔しいっす」

という電話対応などで当日欠勤を積み重ねるも良しだ。

逃げつつ、死なない姿勢でなんとか身体を残しながら生き延びてきた。


そんな僕が久しぶりに「逃げろ」と言った。それぐらい彼はヤバかった。

224

人生は短距離走だとか、人生は長距離走だとか言う例え話がある。

距離はともかく借り物競走だなぁと思うのだ。

貸したり借りたりしながら生きていくんじゃないだろうか。貸し借りがニガテだとつらい。


そしてこれは救いにも絶望にもなるんだけど、世の中代わりはきく。

僕もあなたも代用はできる。死んでても生きてても地球は回る。

だから絶対にやらなきゃいけない仕事なんて無い。「あえてやっている」の域を飛び出るとロクなことがない。

「考えとく」と言った彼は逃げるだろうか。

切符をポケットに入れて彼は駅に向かっていった。

空を見上げると、高層ビルに閉じ込められているみたいだった。救急車のサイレンが空に弾けて消えた。

同じものを見ても同じ感想を抱かない。当たり前なのだがこの仕組みは肝に命じておいた方がいい。

生きているとほんの少しの褒めを貰うけど、基本矢が飛んできてばかりだからだ。

これらに過剰に反応するとおかしくなる。「よくやってる俺」と自分で自分を褒めながら生きていかないとやりきれない。


「ひとの意見を聞かないやつは向上しない」という考えがある。このもっともらしい論理のバリケードにもなる。

「向上心の無い者は悪」という論理バリケード怖い。被災したときの対策無しで社会に飛び込むのは無謀とすら思う。
_var_mobile_Media_DCIM_101APPLE_IMG_1382.JPG
「向上しない」という未来への絶望の提示。正直身がすくむ。

相手を自分の思いのままにコントロールする際に「このままだと大変なことになる」というムチは極めて便利だ。

では、こういうコミュニケーションを食らった場合はただただ被災するしかないのだろうか。天災と思うしかないのだろうか。

ちゃんとサインがある。
「ひとの意見を聞かないと向上しない」を説くひとの特徴だ。
恐怖心をぶち込んだ後に「自らが是とする意見」を畳み掛けてくるのだ。

「誰かの意見」や「本に書いていたこと」、「成功モデル」という豪華パッケージを使って「自らが是と思う意見」をぶっ放してくる。


受け入れるなら問題ない。
自分も納得するなら全然いい。

でも心の中でなんとなく引っかかりがあるならその通りに動くのは少し待とう。
理解はできても納得はできない航路を進むといつか心は傷む。

_var_mobile_Media_DCIM_101APPLE_IMG_1383.JPG
僕もあなたもそんなに永くない。
今持っているもので最大限の効果を得にいきたい。

「向上心がある」というのは素晴らしい。でもこれが「無きゃいけない」になるとずいぶん違う。

「向上したらやろう」も怖い。今現在の自分を軽視してしまう副作用がある。

「今持っているものでやるんだ」と思う日があってもいい。いろいろ思考の枷が取れる。

環境や身の回りの人間、足りない自分の力。すべて関係ない。
極端だが「それらが良くなることは無い」と思ってもいいかもしれない。

僕もあなたも多くのものは持っていない。でも充分すぎるほどのものを既に持っている。

「足るを知る」というやつでもある。今あるもので得られるものはまだまだある。


↑このページのトップへ