就活相談のDMやメールが来る。何故か。
「面接官と思わない方がいい」は万能かと。
合否を決める人だと思って話すより、
卒業後一緒に働く先輩だと思って話す方が本来の良さが出るんじゃないかと。
受かる為に感じ良くするんじゃなくて、
その会社で働いていく為に感じ良くすると良いんじゃないかと。


DMに一通の相談が寄せられた。
就活についてのものだった。

僕は企業に就職もしていない。
その僕に何故か相談は寄せられた。

僕は「彼らを面接官と思わない方がいいです」という解答を送信した。


そしてその会社で働きたいなら、
どれだけその会社で働いてるやつっぽさを出せるか
が勝負じゃないだろうか。
という旨の内容を添えた。

面接官の人たちは、働きだしたら面接官じゃなくて同じ職場の先輩になる。

ならば「自分が後輩になる」ことを強くイメージさせられたら良い結果が出る。そう思った。

しかしこう思ったのはずいぶん前のことだった。



実は僕も大学生のときに就職活動をしたことがある。

冷やかしのつもりはなかったけど、就活を知らないまま卒業するのは嫌だったし、
単純にどういう世界かは知りたかった。

最終的に不動産関係の会社やら旅行会社などの五社に内定が貰えた。
正確に言えば、内定のタイミングで辞退はした。

そう、わりと就活には強かったのだ。
しかし、僕も最初から強かったわけではない。

就活前半は面接中やたら「なるほど・・・!」と言っていた(しかも何故かアルマーニのスーツを着て)。

何がなるほどだったのかは全く思い出せないが、「タダ者ではない」と思わせたかったのだろう。
完全に裏目に出た。

しばらくは「なるほど・・・!」にやたら依存していた。

面接官の人に難しいことや、分からないことを聞かれたときは全部「なるほど・・・!」で対応した。 

意味不明な酔っ払いみたいになっていた。面接官の人は困っていた。


見事に落ちまくった。

「死ぬぐらい酒を飲んでから行く」「手品」などの手法も花と散った。

反省し、短絡化から足を洗った。
「なるほど・・・!」もボキャブラリーから泣く泣く消去した。アルマーニもやめた。

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戦略の練り直しに本腰を入れた。わりとやるときはやるのだ。

そして編み出した奥義が「面接官を面接官と思わない」だった。

そもそも面接官の人たちは普段面接をしているわけではない。

普通に営業だったり、企画だったり、総務だったりをやっている人たちだ。

人事の人ですら、人材を選ぶスペシャリストというわけでもない。

もっと言えば仮に一ヶ月で来なくなる人を間違って採用したとしても、 彼らに会社からペナルティがあるわけではないのだ(たぶん)。

「最高の人材を見つけてこい!それが貴様の使命だ!」という指令が経営陣から降りてきていない。それが就活の実情だと、僕は睨んだ。

もしそうならもっと面接がギラギラしているはずだった。


オマケに中ボス(その会社の経営における決裁権を持っている人)は
役員面接まで進まないと出現しない。

役員も大勢いるところは、決裁権が偏って見えた。
おそらく実際に決裁権を持っているであろう、パワーのある人物は一部なのだろう。

また、決裁者ですらその会社の創立メンバーでもないケースが多かった。 

そう考えると「毎年恒例の新卒採用」なるイベントの突破口が見えてきた。

後は徹底して突きまくれば、戦局は必ずこちら側に傾く。そう信じていた。

ポイントは、会社サイドは会社サイドで新卒採用の責任の所在はあやふやだということだ。

誤解を恐れずに言えば、大体の面接官は「面接とか採用とかよく分からん!」と思っている(たぶん)!

これが僕の出した就活における結論だった。


そう思って、受けてみると本当にそうだった。
その性質を理解して受けると、ポンポン受かった。

そんな膨大な数の会社を受けたわけでもないが、
会社規模や設立年に関わらずだいたい当てはまった。

まず「受からすor落とす」というジャッジには、明確なビジネスラインによる基準は無い。

資格を持ちまくりのキューティクルな女の子を採用したと思いきや、
ボランティアキングを採用したり、スポーツマンを採用したり、
そこに僕みたいなやつが採用されようとしたりしていた。

受かった面々を並べて冷静に見ると、「コイツら使って一体何の仕事すんの?」
ツッコミたくなるような布陣が連発した。

会社は新卒者のアビリティに何かを期待をして採用していなかった。

彼らの採用基準値は「一緒にやっていけそうな人かどうか」だけだ。

そしてこの「一緒にやっていけそうな人」 の枠に入るためになされた工夫が
冒頭の「卒業後に一緒に働く先輩として接する」だった。

彼らを「面接官」と思って接していても、
肝心の彼ら自身が「自分は面接官」であることに、ピンときていないのだからかみ合わない。

それよりも先輩として接して、「コイツと一緒に働いたらおもろそうやないけ」と思ってもらう方が
相手もしっくり来てるみたいだった。


コレは肌感覚だが、誰かが認めて、誰かが認めないような学生は大体落ちる。

会議で賛否あるプロジェクトが通りづらいように、賛否ある人材は落ちやすいのだ。

すべての面接官に対して、「あいつ?まぁいいんちゃう?全然いいと思うで、おもろかったし」
ぐらいの所感に着地させるところを狙い続けた。


具体的なテクニックはまったく助言できないけど、
僕の肌感だと「どこまで一緒に働いていることをイメージさせられるか」で決まる感じがした。

「自分と一緒に何かをしていることを具体的にイメージしてもらうこと」は悪い方には進まないと思う。

音楽をやる上で「相手にどこまでイメージさせられるか」は頻繁に出くわすテーマでもあるし、
人生単位で僕が取り組んでいる課題の一つだ。あの就活はやっていて良かった。



最後に、やり方一つで落ちたり受かったりなので、
不採用が続いてもあなたがダメなわけではありません。
ましてや人格がどうという話ではまったくありません。

「なるほど・・・!」の日も、受かりまくった日も僕の人格はまったく同じでした。
どの角度で自分に光をあてるかだけだとおもいます。

就職活動がんばってください!

やたらと高い場所でやたらと大きい話をしていた。
大きいことは言うだけならタダだ。言ってるうちに、やってることになる。
やってるうちに大きくなる。



「ビッグになる」
YAZAWAはそう言って東京に出てきた。
マジでビッグになってしまった。

これは「言ったことがマジでそうなる」という現象なんだけど、僕の人生にも今まで何度か発生した。

この記事の冒頭のツイートの段階では「言った」だけだった。

それが「マジでそうなる」に変形しつつあって、その渦中を体感する。
そんなことが先日もあった。


7月25日にやたら高い場所で、やたら大きい話をしていた。

つい先日その大きな話が、眼前で具体的に大きくなった。

そのくせに具体性の無い書き方で申し訳ない。

だがとにかく、「口先だけで言っていたこと」が「具体的な形」に変形した。

今まで生きてきて、何度かは味わってもきたけど、
あの「マジでそうなりつつある」の渦の中に手を突っ込むと、いつもゾワっとした気持ちになる。

これが「予想外」とか「まさかそうなるとは思わなかった」とかだとゾワっとしないんだよね。

渦をかき回し始めた手が、あくまで自分の手であるとき限定でゾワっとする。

怖いんだけど、嬉しい。
嬉しいんだけど、ひりつく。そんな感じ。

そしてその感じが大好きで、その感覚を味わいたくて、
僕は色んなところに手を突っ込んで、グルグルとかき回してきた。



あの日、7月25日もそうだった。

僕は「最近元気にしてるかな?」ぐらいの気持ちで知り合いの会社に行った。 

本当に何もなく、ブラっと訪問した。


久しぶりの再開だったが、向こうもバリバリ頑張っていたし、
僕が頑張っていることも知ってくれていた。

ビルの30階だか40階だかから見える景色は、関東のすべてが見渡せそうだった。


「なんか面白いことある?」の会話が中心だったが、
「アレが面白い、コレが面白い」がポンポンと出てきた。

どれぐらいお金がかかるとか、期日がどれぐらいかかるとか、
そんなことは置いといて「面白いか面白くないか」だけで喋っていた。


こういう会話はいつも気持ちいい。
何かをやるとき、できない理由は後からいくらでも出せる。

逆にやりたい理由なんか、多くても2,3個ぐらいしかないときが多い。


余談だけど、Numberの表紙が清原和博氏だった。

今あの人を表紙にできない理由は星の数ほどあるけど、編集部はたった一つの理由で表紙にした。

賛否は分からないけど、僕はこの編集をカッコイイと思った。
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さて、高層ビルの一室に話を戻す。

次第に「その面白いことをやるならこんな人がいる」「じゃあ俺はこんなことがやれる」と、
話はどんどん具体性を帯びて、どんどん本気になっていった。 

知らないあいだにもう何かしら、でかいことをやる気になっていた。 

すでに物事が動いているような錯覚を覚えた。

心臓がドクドクして、みんなの驚いたり喜んだりする顔が浮かんできた。


こう書くと口だけ野郎っぽくて恐縮なのだが、
この「口だけ野郎タイム」が僕はわりと好きだったりする。

この口先だけの時間がどれだけ熱いかどうかで、本当にそうなるか、そうならないかが決まる。


本気で言ったことは今までわりと、そうなった。
少なくとも違う形で、近いとこに着地はした。


今日もいろんなことが、実現している。
「ジツゲン」とか書くと少し超常的に聞こえるけど、
「マジでそうなる」ということは、別に不思議なことでもなんでもない。

僕もあなたも今日を「ジツゲン」させている。

今日の内容が面白いか面白くないかは置いといて、実現はされている。


僕たちが今日を面白くする、その一番最初のキッカケは口先だったりする。

だからこそ、自分の口が何を喋るかはわりと大事なのかなぁと思う。

たとえば「死んでも今年はロッキンに出たい。なんとかして出る」

とかの発言を誰かが聴いている。
聴いてくれている。

「別に出れたら出たいし、どっちでもええわい」と言っていたとしても、
誰かが聴いている。
聴いてしまわれている。 

この二つ、内容は似てるけど本気っぷりが違う。

僕の言葉を聴いたAさんや、Aさんの知り合いのBさんや、
その友達のCさんが、僕とどう付き合っていくかの最初のバロメーターは
「僕が何をどんぐらいマジで言ってるのか」なのかもなぁと。

人は平等に人と付き合わない。

みんなが「コイツにはこういう感じでいく!」と決めて、区別して人間関係を作っている。

その「こういう感じ」という関係値のスタンスや熱量を作り出すのは、やっぱり口先なのかもなぁと。


本気で言ったら日々の過ごし方も変わるし、それに対して身も心も捧げだす。

そして、まわりもそれを聞いてるし見てる。応援されるもされないも自分次第だ。

論語』に憤せずんば啓せず」という言葉がある。

「こっちから見て気合いが入ってるように見えないやつには、教えないよ」という意味だ。

「マジで言ったら、マジでそうなる」のは、昔から当たり前だったんだった。

発売当初あんなに否定していたMacBook Airがこんなに欲しくなるとは思わなかった。
珍しくブツが欲しい。 もう死んだ人の顔が書いてる紙と金属を渡すと取引きできるらしいんだけど、
ふだん困りでもしないかぎり高価なものは買わないので、心臓がドクドクする。
するのか、取引を、俺よ。


買い物の話。僕は物欲があまり無い。
ギタリストのくせに最後に楽器屋さんで、エレキギターを買ったのももう10年前だ。

コレクションしているものもないし、基本的に出費は消耗品や本や情報代にいっている。
本は定期的に売りさばくか、捨てる。
上京してからは電子書籍ばかりだったけど最近は紙ベースに戻りだした。

もともとがそんな物欲ない星人なのであまり感じなかったが、クラウドファンディングをやって、ツアーを回り切ったときに、お金の価値観にも変化が出たように思う。

たくさんのお金が集まったし、Come Togetherのリリースを支援してくる人たちもいた。

これまでの人生で扱ったことのない額のお金が僕のもとに飛び込んできた。
しかも純粋に僕たちを応援してくれるお金だ。

このCome Togetherのリリースの一環の流れで、僕の中に
【お金=応援】だったり、【お金=感謝】だったりと僕の心に今までに無い公式が生まれた。

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お金といえば、「もっとほしいもの」とか、「無くなったらヤバイもの」だった。

そういうネガティブな感覚が少しずつ削れていった。

こうなってから、気軽にポーンとお金を使う心持ちじゃなくなることが増えた。

僕が「QOOLANDの平井くん」であることで頂くお金は、
「QOOLANDの平井くん」だからこそ払われている。
では使うときだって「QOOLANDの平井くん」として、支払う方が自然なのである。

そして「QOOLANDの平井くん」にとって必要なものと、不必要なものがある。
本当に必要なものかどうかのジャッジが僕の中で明確になりだした。


「ムダ使いしない」という教えがあるけど、子どもの頃からしっくり来なかった。

 
Come Togetherのリリースで、「何がムダで何が要るのか」を導くコンパスができた。
「QOOLANDの平井くん」にとって必要なら買いだし、要らなければムダ使いなのだ。



コンパスを手にしてから、前より気分良くお金を貰ったり払ったりできるようになった。
この感覚を手にするだけでもクラウドファンディングはやる価値があった。



僕は一人のクラウドファンダーとして、クラウドファンディングをやりたい人を無償で
応援する係もしてるので、驚異的なクラウドファンディングをやりたい人がいたらご相談ください。

自分の事だけ考えて、自分の分だけ不安がって、自分のやるべきを決める。
自己中くさいけどそんな時期や期間も定期的に必要。
この「自分」の文字が「他人」に変わった時のダサさにちゃんと身震いしていたい。
ダサすぎてなりたくない。そのダサい人が定期的に寄ってくる。耳にミュートボタンが欲しい



「自分のことを心配して、自分のことをちゃんとやる」 
これをやりながら生活するのってなんだかんだ難しい。 

僕たちは人のアラが気になるし、気になりだしたら「その人のため!」などと言って、
その人を正そうとしてしまう。

でも本当にその人のためを思って、正そうとしていることって少ないんじゃないだろうか。

きっと人間は自分の信じているやり口以外で、生きている人を見るとしっくり来ないんだと思う。
そんなことが、よく起きる。



正社員の先輩に「お前は好きなことやれていいよな!生きるにはガマンも必要だ!」と
言われたことがあった。


たしかに僕は誰にも雇用されていない。
彼とは違う形で社会にいる。

彼は何年も前から「生きるためには働かなきゃいけない。嫌なことは生きる上でしかたない。
それが大人になるってことだ」
と言っていた。

ガマンして、やりたくない仕事をして生きていると言っていた。
いつも屈辱的な顔をして、ストレスがこぼれそうな顔をしていた。

彼の脳内には「働く=やりたくないことをやる」という座組ができあがっている。
そしてその座組から外れた人を見ると許せないのだと思う。

先輩はまわりも自分同様にやりたくないことをやっていて、
自分同様に苦しんでいてもらわないと困るのだ。

そうじゃないと自分が間違っていることになる。
僕の目にはそう映っていた。

先輩から見ると僕は思い通りに生きて、ガマンもせず生きているのかもしれない。

でも僕にも、思い通りにならないことはある。
ガマンしていることは少ないが、それはまわりに恵まれていることで、もたらされている恩恵だと思っている。
だからこそ感謝もできる。

それに思い通りにならないことを考えると、自分への怒りで張り裂けそうになるし、
まわりの支えを思うと、「何かもっとやれることはあるはずだ」と力が湧いてくる。
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僕も僕なりにいろいろあるということだ。
たぶん
先輩が思うほど浅くはないと思う。

先輩と僕が違うのは、僕は思い通りにならないことを
思い通りにしようと思って生きているということだ。

今自分の思い通りになっていないことは、自分にとって適切じゃないと思っている。
それを自分にとって、正しい位置に持ってこようとしている。

昔からワガママで思い通りになっていないことを「しかたない」と思えないのだ。



もっと言えば、そのために生きていると言ってもいい。

その是正はけっこう時間がかかるらしい。
始めてから今年の10月で、もう5年になる。

自分への是正がフルドライブしている日は他人のことが目に入らなくなる。

逆に絶好調じゃないときもある。
そのときはわりと人のアラが目につく。

完全に無くせなくても、減らすことはできたら嬉しい。
人のアラが目についたり、逆に隣りの芝生が青く見えたら、
自分の調子が落っこちてるサインなのかもしれない。

ベストコンディションは
自分のことだけ考えて、自分の分だけ不安がって、自分のやるべきを決める。という状態だ。

他人のことだけ考えて、他人の心配をしまくって他人のやるべきを決める。
となるとまぁキツイ。ダサイ。
優しいように見えて全然優しくない。


他人は僕たちが思っているように生きてはくれない。
他人に「こう生きてほしい」と望むこと自体がおかしいとも思う。

少なくとも僕はいくらイヤミを言われても、
思い通りにならないことを「しかたない」で放置する生き方を選べない。

僕が先輩ならあらゆる方法を駆使して、「やりたい仕事」を見つけだすと思う。

でも先輩がそうしないで、ガマンして生きていくのはかまわない。
そこを抜け出さない理由もあるのだと思う。


結局僕たちはそれぞれ、好きなように生きるのが一番いい。



もしその道中に「生き方がカッコイイ。手を取り合ってみたい」と思う人がいれば、
一緒に生きたいと言うといい。

そのカッコイイと思った人に、カッコイイと認められたら、認め合って力を合わせるといい。

僕も誰かに「一緒に生きたい」と思ってもらえたら、やっぱり嬉しい。

真っ昼間からそんな歌を書いていた。

もはや生存必須技術の一つストレス解消法の話をしていた。
ヤケ酒ヤケ食いに代表される自分を痛めつけるストレス解消法が多かった。
意外な人がリストカットやオーバードーズを使い痛めつけていた。
僕は厚着して物凄い速さで走るサウナランで自分を痛めつけている。
それぞれの「イタ気持ちいい」がある。

ずいぶんとカタカナの多いつぶやきだと思う。 
最近ツイートの内容を見ずに、いきなりペーストして日々の更新を決めている。 


みんな一人一人、自分のストレスを逃がす方法が違うと思う。
ストレスって悪い意味で使われることが多いけど、ストレスがゼロでも、それはそれで駄目らしい。

ある程度の負荷がかかっていないと、心身共に健全ではいられないそう。
プレッシャーや負荷が皆無だとスカスカになるのは、なんとなく分かる。

例えば「身体がダルいな」というとき、筋トレしたり軽く走ると、症状が回復することがある。
アクティブレストという回復法なんだけど、回復するにも少しのガンバリや負荷が必要な良い例だ。

運動をするのは、少々心に負荷がかかる。

「めんどくさい」
「つかれそう」
「あつい」
「くるしい」

これらの感情はストレスと呼んでもいい。
つまり心にストレスというダメージを与えて、運動をするという状態だ。

その見返りとして、楽な身体が手に入る。そう僕は考えている。

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そして心の苦しさやつらいことを逃がすときに、僕らはわりと身体を追い込む。 
身体にダメージを与えることで、心の苦しさを軽くしようとしているのかもしれない。

ヤケ食いヤケ酒はその典型だ。

どう考えても身体や内臓に悪いことをすることで心を軽くしようとしている。
リストカットやオーバードーズにも共通しているのは「身体を痛めつける」だ。

本質的なところで、僕らは「身体を痛めつけることで心を軽くする」という
生存本能を持っているのかなぁと思った。



僕のストレス解消は「死ぬほど厚着をして、できる限りのペースでできるだけ長い距離を走る」
というものだけど、これも同じだ。
死にそうになるぐらいまでやる。

でも走り終わったあとに少し心が軽くなっていると感じる。
肺や筋肉、関節、健にダメージを与えることで心の平穏を手に入れている。

ちなみに5月の半ばから一度もアルコールを口にしていないんだけど、
嬉しいときよりも苦しいときの方が手が出そうになった。

ROCK IN JAPANの出演が決まったときに、とても嬉しかったけど「酒飲みたい」とはならなかった。
その後にけっこう苦しいことがあったんだけど、そのときは猛烈な「酒飲みたい」を感じた。

すべてを忘れて投げ出したくなった。
0.02秒で戻ってこれた。
ダサくなりたくなかった。

身体へのダメージって、大げさに言うと、ほんの少しだけ死に近づくということだ。

少しだけ死ぬことを垣間見て、心を軽くするというのはとても人間らしいなと思う。
思うんだけど、どこかのタイミングで折り合いの良いやり方を見つけないと、マズイのも事実だ。

ヤケ食いヤケ酒、タバコ、クスリ、リストカットやオーバードーズ。
それらを乱用しすぎると、その先に待っている結果は良くないらしい。
それらは手軽だ。
手軽なやり方って、何事も怖いことが多い。

僕は手軽なやり方をずっとやってきた。
ひどいありさまだった。
心を軽くしすぎて、まともでいる時間の方が少ないレベルだった。

そうこうして手軽に心を軽くしてきたわけだけど、もうやるわけにはいかないなぁと思う。

バトルえんぴつって今どうなってるんだろうか。

僕が小学生の時に爆発的ブームとなったアイテムだ。


文房具という勉強に使うアイテムと、おもちゃというアイテムを掛け合わせた神のアイディアだった。

「文房具です」 という免罪符が使えるので、学校に持っていくことができるのが決定的によかった。

ホント、考えた人を表彰したいぐらい天才的、圧倒的閃きを宿したアイテムだった。


基本的には鉛筆を転がして、上を向いた面を乱数として使用するゲームだ。

その面に書かれている文章を使って攻撃したりして遊ぶ。

凄いのが複数人でもできるということだ。

「●に30のダメージ」「★に60のダメージ」などの文章が書かれていて、
鉛筆のお尻の場所に●や★などの属性が書かれている。 キャップを付けて、装備としても使えた。




その面白さに僕たちは完全に発狂寸前になった。 
来る日も来る日も、休み時間にバトルえんぴつを転がした。

それまで大人気であったドッジボールや、鬼ごっこは瞬く間にユーザーを失った。

そしてグラウンドの人口密度は一気に寒々しいものとなった。

かわりに教室に人が溢れ返った。
教室中、人人人だ。

休み時間になると色んなクラスをみんなが行き来した。
違うクラスのやつと対戦するためだ。
日によっては教室内に50人以上いることもあった。
みんなが鉛筆を転がした。

あまりに人がいるので、グラウンドで転がす者もいた。完全に病気だ。

2016年の小学生が見たら「むかしのひとはえんぴつをころがす。これがごらくだったのだなぁ」
感想を述べるだろう。


僕は市販の製品では飽き足らず、オリジナルのバトルえんぴつを作ったりしていた。

彫刻刀で六面を薄く削り、そこにボールペンで文章を書いた。

「全員に5000のダメージ。全員もれなく死ぬ」などと書いて無双しようとしていた。

しかし世の中のパワーバランスを脅かす存在として排除された。


それも含めて、すべてが楽しかった。
鉛筆を中心にみんなが笑っていた。
幸せだった。 


しかし世の中の平和、安息はいつまでも続かない。

職員室協議会による魔女狩りならぬ、「バトエン狩り」が行われたのだ。

「学校中を包む異様なカルト性をはらむバトエンを根こそぎ断絶する」

正義の条例が職員会議のもとに決まった(のだと思う)。

「学業に関係のないものを学校に持ってこないこと」 というプリントが学校中に配られた。

次の週には「バトルえんぴつを学校に持ってこないこと」 と書き換えられたものになり再度配られた。

締めつけはどんどん苛烈した。

風紀委員が作った「バトエン禁止!」ポスターが廊下中に貼られるようになった。

右手で0点の答案を握りしめた男の子が、左手でバトエンを振っている醜悪な絵だった。

「バトルえんぴつで遊ぶ子はバカになる」とでも言いたげな、 見た人の気分を底まで沈める、嫌な表現だった。

それでも持ってくるやつは容赦なく殴られ、取り上げられ、即保護者呼び出しという極刑措置がとられることになった。


ダイブができなくなったダイバーのように、僕らはバトルえんぴつを振れなくなった。

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振りたい。バトエンが振りたい。 
 
あの『かいしんのいちげき』を出したときのドーパミンがドバドバ出て、 目の前が光でまっしろになる、あの感覚を味わいたい。


ウシジマくんに出てくるパチンコ依存症の人みたいになっていた。

もうバトエンのことしか考えられなくなった。

僕らは耐えられなかった。 
 
バトエンが振りたくて振りたくて、吐きそうだった。


あの鉛筆がコロコロ転がる軽快なサウンドを聴かないと、どうにかなってしまいそうだった。

振るしかない。このままではおかしくなる。
そう思った。


しかしそのまま振れば、それは死を意味した。
先生たちや風紀委員たちが常に目を光らせていたからだ。


「何か良い手はないか」毎日考えていた。 
 
もともとついていけていない授業に、さらについていけなくなるほど考えた。

僕は監視をすり抜けることを諦めて、別の道を行くことにした。

先生の目の前でバトルえんぴつを振っても、裁かれない方法だ。

コソコソ振りたくなかったし、監視の目をすり抜けるのは不可能とも思えたからだ。


もっと言えば「バトエン」という手段は問わなかった。
結局、目的はドーパミンをドバドバ出して、目の前を光でまっしろにすることだ。

あの感覚が欲しかったのだ。
もう、まっしろにさえなれれば良かったのだ。


ヒントになったのは僕の作ったチートバトエンだった。
僕らは市販のバトエンと同じ文章と絵を、ただの鉛筆に書き込むことにした。

カラフルさは無いが、絵のうまいメンバーが書いたスライムの絵は上出来だった。

文章はまったく一緒、イラストは模写の、DIYバトルえんぴつが誕生した。
わりと良い出来だったと思う。


「スライム一号」と名付けられたそれは、迷える子羊たちの希望の光となった。

手分けをして、あらゆるバトエンを作った。
絵のうまい女子にも手伝ってもらって、クラスは一丸となった。


そしてその本数が5本ほどになった時、僕らは戦いを仕掛けた。

決行は二時間目の授業の終わり、チャイムと同時だった。

授業の終わりを告げる鐘でもあり、10分の休み時間の始まりを告げる鐘が鳴った。

チャイムは、その日まったく別の意味を持っていた。聖戦ののろしだ。


僕が口火を切った。
僕はチートバトエンの開発者でもあり、このタクティクスの立案者だった。
そして、バトエンに対する愛は誰にも負けなかったため、このプロジェクトではチーフを任されていた。


「さージブエンやろうぜ!」


先生にも聞こえるように大きな声で言った。

自分たちで作ったバトルえんぴつ。略してジブエン。
僕たちチームはこのジブエンという名称に自己を投影し、誇らしく思っていた。


世の中のルールは苦しくて、厳しい。
不条理なこともある。
だけど、自分たちの情熱と創造性があれば不可能なことなんて、無い。


ライト兄弟は空を飛んだし、キング牧師は差別と偏見の目を開かせた。

エジソンは人々に光をもたらし、スティーブ・ジョブズは世界を変えた。

そして僕たちは教室でバトルえんぴつを転がす。

そう信じていた。

だが世の中は厳しかった。


「なんや、ジブエンって?」先生が、少し不愉快そうに聞いた。

「バトエンじゃないっすよ。ジブエンっす」

作った、ジブエン5本を先生に見せた。

「ふざけるのも大概にせえ!勉強に関係ないもん持ってくんな!」

「勉強に関係あるものを、持ってきて、関係なくしただけです! 持ってくるという段階では勉強に関係ありました!」

その言葉に先生は激怒した。
僕らの魂である5本はすべてへし折られて、殴られた。

殴られながらも「先生のっ…!タバコはっ…!仕事に関係あるんですか!?」とへらず口を叩いていた。 
 
また拳が飛んできた。
一応、目の前はまっしろになった。


そして保護者呼び出しの刑に加え、非常に悪質であるということで、 一番怖い先生との面談までついてきた。
国家反逆罪のような扱いになってしまった。

「勝てば官軍」という言葉をそのときに調べた。

僕らはあのとき負けた。でもたしかに戦っていた。
あれからも勝ったり負けたりを繰り返してきた。 
 
自分のやり方で。

ワガママと違って、自分のやりたいようにやってると、仲良くなれそうだった人がもっと仲良くなる。
でもごまかして繋いでた人と、繋がれなくなってくる。
ごまかして繋いでた人がけっこう好きだったり、大事だったりする。むずかし。



類は友を呼ぶ。  

そんな言葉があるけど、あれはつまり
「おなじっぽい感じのやつとは仲良くなりやすい」ということだ。 

ということは「違うっぽいやつは仲良くなれない」という意味合いも含んでしまっている。 

そして、僕たちは本能的に「人に嫌われたくない」という感情を持っている。

「好かれたい」と「嫌われたくない」は心の状態がずいぶん違う。 

試しにあてはまる人を思い浮かべて欲しい。
心や眉の角度がけっこう変わると思う。


「嫌われたくない」
この感情はなんで出てくるのかなと思った。 

「好かれたい」は子孫繁栄とか諸々で納得できるんだけど、
「嫌われたくない」ってどこから来たんだろう。

僕たちは原始の頃から群れをなして、行動することで危険を回避してきた。 
そのなごりなのかなぁとも思った。 


夜は猛獣が襲ってくるかもしれないから、見張り番を交代して眠れると効率的だし、
狩りに行く時は自分の家族を守っていてくれる仲間が必要になる。

仲間がいないと、まぁ大変だ。 
つまり人は昔から誰かといるのが自然なのだ。

そして群れの中にいるためには、嫌われてはいけないし、自分勝手なことはできない。 

「嫌われたくない」は危険を回避するための感覚として、備わって研磨されてきた。

でも、現代人は研磨しすぎたみたいだ。

「嫌われたくない」が過剰に働きすぎてきゅうくつな思いをしている人もいる。 

「本当はこうやって行動したいけど、本性まるだしにすると嫌われっかも」という人だ。

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この気持ちはとても分かる。
とても分かるが、「あなたの本性をまるだしにしてもそんなに嫌われないから安心しろ」と言いたい。 

人の本性はわりと思いやりがあるし、そんなに自分勝手じゃない。 

本性をまるだしにすることは総じて良いことが多い。


もちろん丸出しにした本性を否定されたら悲しい。 

僕たちは本性が攻撃を受けないように、多くのバリケードを作る。

本当は、かけっこで一番になりたいのに「ちょっと足の調子が悪いかも」ともらすし、
「昨日全然勉強してない!」と言って、テストに望む。

やはり「絶対一番になりたい!」「期末は中間より良い点をとる為に頑張ってきた」と
誰かに話せる人は少ないのだ。 


笑われるかもしれないし、転じて嫌われるから自分を守る。 
とりあえずバリケードを張っとけば、本性は隠れて「笑われて、嫌われる」という最悪のパターンは防ぐことができる。 


本当にこれでいいのだろうか。


不思議なことに本性をさらけ出している人と話しているとき、僕たちは妙に気持ちがいい。 

独特の安心感に包まれる。 

つられてバリケードを一枚ずつ脱いで、 気付いたら本性丸出しになってしまっているときだってある。

彼らは自分自身が「本性丸出し野郎」なので、本性を丸出しにしている人を嫌ったりしない。 

僕たちは「この人の前では自分の本性を丸出せる」と思って、安心するのかもしれない。

そしてお互いの本性を認め合えるような人同士なら、死ぬほど仲良くなれる。 

「嫌われないように本性を隠さなきゃ」の一段階上の次元に進めるのだ。



最近いろんな人に会うけど、わりとそうなることが多い。 

僕も知らず知らず丸出しになってきたのかもしれない。

逆に今までムリに合わせてた人と違和感を感じることも多い。 

その人もすごく好きな人なんだけど、丸出しにすると、どうしても価値観が遠い人だったりする。 

そしてその人を遠く感じてしまったりもする。


「異は友を突き放す」みたいな言葉は現代まで残っていない。 

僕たちは価値観が違う人とも仲良くしていけるはずだ。

「危うく泣くところだった」
「不覚にも感動した」
まるで感動したくなかったかのような言い方だ。
勿論悪いつもりで言ってるんじゃないのは知ってるし、
それも含めて「日本人はひかえめ」なのかなぁと。

本日は思いきり感動してインスパイアされる気持ち良さに、身も心も捧げようと思います。


ロッキンジャパン出演日の翌日はお客さんとして観に行った。

曲でも本でも旅でも、スポーツでも飲食でも量販店でも同じなのだけど、
この「お客さんになる」という時間を、僕はとても大切にしている。


僕にも、僕の音楽のお客さんがいる。そんな僕だって誰かのお客さんである時間がある。
そして受信者としてすごす時間を良いものにすると、発信者としてすごす時間もとても良くなるのだ。

「良い時間をすごす」とは「沢山吸収して楽しく学ぶ」ということだ。
これのコツはもう、「沸く感情に素直になり心から楽しむこと」
この一言に尽きる。

僕は本を読む時は著者が師匠だと思って、限界まで素直に読むし、
旅も絶対に素晴らしいものと思って行くし、ちゃんとした飲食店に行くときは
その店が絶対的なものだと信じて行く。


なんだか信者になってしまって、軸がブレそうなやり方に聴こえるだろうか?
ブレないための、僕なりのやり方があるから後で書いとく。

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さて、一つ悩みがある。僕は音楽を全開で楽しむのが、難しい。ということだ。

やはり自分もやっているせいで、「自分ならこうする」とか「ここがすごい」とか
やたらうっとおしい感情が沸く。
マニアックな音楽ファンみたいな聴き方や鑑賞スタイルになるときがある。
一度よぎった雑念は感動アンテナをバキバキへし折って、僕を現実に引きずり込もうとする。


評論家みたいな姿勢は感動の味を薄くする。薄くなった感動は吸収率が悪くて、
身にならないことが多い(評論や分析が目的の人は別です)。

だけど昨日は四人で行ったせいか、吸収率の低下が無く、
観るもの観るものに思いきり心を動かされて、とても気持ちのいい時間だった。


「誰かと楽しむ」は感動との食い合わせが良いのかもしれない。


僕はいつも一人で何かのお客さんになっているけど、
「誰かと楽しむ」というやり方も覚えてみようかと思った。


観たステージには朝からさんざん心をわしづかみにされた。されることができた。
存在が美し過ぎるバンドばかりで感動しまくっていた。

フェスの施設や、整備にも心を揺さぶられた。

「人が作ったものに、お客さんとして満足させてもらう」
この体験は人が何に対し、何で喜ぶのか、身を持って学ぶことができる。


約束どおり軸がブレないやり方も書いとく。
「一日置いて、立ちまくった鳥肌が立った理由を考える」だ。

高校生の時に覚えたやり方だけど、今も続いている。
これをやりだしてから僕の作るものに、オリジナリティが生まれだした。

「何」に感動したのかは表面化しているからすぐに分かる。
「バンプに感動した」「ユニゾンに感動した」
でも「何で」かは中々分からない。言葉にもできない。

この言葉にならない「何故」を考えたり、話したり、
文字で書いたりする時間がクリエイターとして、表現者として大事になった。

この「何故感動したのかを考えるタイム」が僕は単純に大好きなんだけど、
これを沢山集めることでオリジナリティが生まれるのだ。

「感性」という一つの軸のもとに集められるのでブレが起きない。
「何」ばかり集めていたら、二番煎じの盛り合わせになる。
 

余談だけど、全部終わった後にバックヤードでバンプのチャマさんに「感動しました」と伝えたら、
凄く丁寧に対応してくれた。嬉しかったし、その姿勢は憧れになった。

「お客さんとして」ではない時間だったけど、最後まで身を持って学んでしまったなぁと。そんな話。 

恥を捨てるって勇気がいる。
「はずい」って感覚を取り外して自分をむき出しにするのは、それはそれはストレスがかかる。
でも面白いのが、本人的にはドキドキだったり気にしまくってることが、
誰かからすると、「それ待ってました!」ってことだったりする。
メンヘラハッピーホーム読んで思う。
 

実はこのLINE公式ブログは毎日22時に更新している。特に意味はない。
考え方を内面にとどめておくのではなく、 外に出すことが目的でやっている。
「考え方」は一歩間違えれば固定観念になる。水と同じで一箇所にとどめておくと淀み、腐る。
そんな理由で書いているが、もし読んでくれた誰かの役に立てば最高だなと思っている。しかし
もう一つ目的がある。
今日は少しその話も書こうと思う。
でははじまりはじまり。 


自分が恥ずかしいと思っていることやコンプレックス。 

これらが実は武器になるよという旨のツイートだった。我ながら夢のあるつぶやきだと思う。

しかし短所を武器化するのは、簡単ではない。
 

たまに自分の欠点を明るく話して、場の空気を盛り上げてしまっている人を見たことはないだろうか? 

失敗談や、自らの短所を使って面白い話にしてしまうのだ。 

僕はアレを見るとカッコいいなぁと思ってしまうのである。

「自分の欠点を武器にする」
 

この離れワザをやってのけるには揺るぎない自信や、余裕や経験、その他いろいろな要素が不可欠だ。
 
そして、自分自身のことよりも、他人を喜ばすことを優先できる人。 

尊重すべき視点が自分の保身や安いプライドではなく、他者に向いている人。

そんな神の眼球の持ち主にしかできない文字通り神ワザだ。


この自分自身のことよりも、他人を喜ばすことが好きな人は凄いことが多い。

なんか色々とてつもない人が多い。 

僕も少しでもその要素が得られたら嬉しいとは思うけど、全面的にそう生きるのは容易くない。

しかし、たまにどこからどう見ても、そういう性質の人がいる。
彼らはカリスマ性の塊のようで、神々しい。

媚びているとか自分を卑下している人とはまったく違う。 

媚びている人は実は心のバリケードがあるが、欠点を武器にしている人にはバリケードは無い。 

つまり「どうせ俺なんて・・・」という悲観的な人間性では辿り着けない領域の男(女)なのだ。

それが通称「欠点武器化」星人だ。
 


それを高いレベルで実践している「メンヘラハッピーホーム」という連載記事がある。 

元メンヘラの人が過去の自己体験をおもしろおかしく検証しているというものなのだが、
僕はこの連載を読んで、ピストルで頭を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。

Webのコラムにしては珍しく有料だったが即購読した。 


黒歴史であるはずの自分の恥ずかしい過去。 

それを使って人を楽しませるということを、完全に体現しているモデルケースだった。 

その完成度や文章はとても研磨されていて、生き生きしていた。そしてものすごく響いた。


星飛雄馬も「球質が軽い」という欠点を、長所足らしめ大リーグボール1号を完成させた。 

暗殺教室にも「欠点や弱点も裏返せば武器に出来る」というセリフがあった。 

松任谷由実は「変な声」と言われ続けて、独自の歌唱世界を築いた。


短所を長所足らしめている人は好きだし、夢がある。なれたらなぁと思う。憧れている。

そして、実はこのブログの隠れた目的はそこにある。


僕にはキツイ欠点がある。

この欠点と向き合ってみることにした。
それは
に自分の考えを正確に伝えること がニガテ というものだ。

そして僕のコミュニケーション矯正施設として、ココLINEブログは更新されることになった。

伝わりづらかったツイートの真理が伝わるように書いていく原始的なやり口だ。


僕は作家であり、シンガーであり、ギターも弾く。

ステージMCではスピーチもするし、運営も面白いことをやりたいし、文章を書くのも好きだし、
創作のジャンルに制限は持ちたくないが、絵は苦手。
これらをやる人が僕だ。簡単にまとめると表現者だ。


お客さんを相手にする以上、表現は伝わらないと意味が無い。

ひとりよがりの表現から感動は起こりえない。


したがって表現は、実はコミュニケーションと同じだったりする。

表現もコミュニケーションも、どちらも結局は伝わらないとダメなのだ。

そして、僕には上記の致命的な欠陥がある。表現者として痛いハンデだ。

だけど、この欠点も、もしかしたら武器になるんじゃないかと、最近思う。


たとえば「自分の考えを伝えることが苦手」という欠点のおかげで、
LINEブログは更新されるようになったし、とりあえず自分の世界では、
思考の循環と整頓もできている。


ありがたいことに楽しんでもらえてる人もいる。


それに普段うまく伝わらないことが多い分、伝わった時は嬉しさが倍増するし、
人に伝えることが苦手な人の気持ちもよくわかる。

大雑把な伝え方で「大体一緒」と済ましたくない細かく強い考えが、自分の中にあることにも気付けた。

そもそも細かく強い考えが無ければ、歌なんて作らなかった。

そして、その欠点があったからこそ、鍛えてくれるコーチとも出会えたし、
そのやり取りの中で別の武器も手に入れられた。

なんかいいことばっかり書いてるように見えてきた。

でも僕と一緒に活動してるメンバーやスタッフやいろんな人たちは大変だと思う。

なんせ何言ってるか分からない人間と、一緒に何かを作らないといけないわけだ。

少しずつ改善へ向かえばいいと思っている(本当に)。


「長所は伸ばして、短所は武器に」はわりと生産的で良い考え方じゃないだろうか。

苦手なことを少しずつトレーニングしてなおすより、健全で暗くない。

とりあえず、その一歩目は「恥を捨てて、自分をむき出しにしてみる」ことだ。

やってみると、ドキドキするし怖い。

だけど、おそるおそる踏み出した足の向こうには、欲しかった風景が広がっていると信じている。

1.ゆとり教育概論
2.Shining Sherry
3.熊とフナムシ
4.凛として平気(新曲)
5.勝つまでが戦争
6.WEEK
7.Come Together


僕たちQOOLANDの8月6日はROCK IN JAPAN FES.2016の一日目だった。
とても暑い日だった。


出演できなかった2015年から大変なことばっかりだった。傷ついたことの方が多いぐらいだった。
大好きな音楽をやっているはずなのに苦しいのは、とてもつらかった。

まわりに教えられ、自分たちでたどり着いて、少しずつだけど、確実に情勢を変えてきた。


僕たちはレコード会社もついていないし、事務所にも入っていない。 

それでも活動が続き、大きいステージにも立てている。
これは人数は少なくても、力をかしてくれる人たちがいてくれるからだ。


自分のやり方には誇りを持っている。
でも自分のやり方がやれるのは、まわりの人たちのおかげだった。

その人たちが力を貸してくれて、認めてくれるから、僕たちは続いている。
僕たちは自動的に続いていくわけじゃない。

今日はいつもより多くの人に観てもらえる機会だった。
続いている者として、誰に観せても恥ずかしくないステージを観せたいと思った。


ステージに上がった時は、17時すぎなのに、ずいぶんと空が明るかった。

でも最後の一音が放たれた時、ふと空を見た。
目に見えないぐらいのゆるやかさで、ささやかに陽は落ちようとしていた。

さっきまでの暑さがうそみたいだった。
暑さは、じんわりと赤みがかった空に溶けていた。

目に見えないような、でも確実に少しずつ変わっていくものが美しいと思った。
そうなれる気がした。

ステージを降りて、まっさきに湧きあがったのは感謝だった。
その瞬間、一気に風が吹き抜けた。

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