「言ったことを変えてはいけない」と思っているひとが多い。

さて、「ブレてはいかん」とは果たしていかがなものなのだろうか。


僕は新しく理想が出来たのならそれを追えばいいと思うのだ。

過去の自分と矛盾が生じたとしても構わない。イマに全力を注ぐといい。昔にがんじがらめにされているのもアホらしい。最新ベースは常にアップロードされるべきだ。


僕は昔、プロ野球選手になりたかった。イチローさんと地元の球団を常勝にしたかった。

僕は昔、歌にすべてを込めればいい。ブログを書きまくるなんて必要無いと思っていた。

僕は昔、QOOLANDを「知らないひとがいないぐらいのバンドにしてやる」と思っていた。

悔しさと虚しさは前提として、それらの前言を撤回して生きている。切腹はしていない。


驚くほどに人間は変わる。

環境は永続的ではないし、付き合うひとも流動的だからだ。

この傾向は成人になっても続く。

あなたもそうだろう。五年前の自分が何をやりたかったか思い出してみるといい。
同じところもあるだろうが、違うところもかなりあるはずだ。
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タイミングによっては「ブレてはいけない」という思考回路自体が、成長の妨げになってしまう。

環境、戦、師によって哲学は変わる。価値観は移ろう。

それは当然のことだし、後ろめたく思う必要も無い。過去の持つ拘束力は強いが、それを強くしているのは自分自身だ。
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ダルビッシュ有はプロ入り時に「メジャーに行くぐらいなら野球を辞めます」とまで言っていた。

それに対し、過去の発言との整合性を問い詰めるひとがいた。

彼は「時が経てば立場もやることも変わる。むしろいつまでも同じ考えを持っている方がおかしい」と述べていた。

もしもダルビッシュ有が過去の自分の発言に縛られていたら、アメリカでその潜在能力は開花していなかったかもしれない。
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2018年。ここにきて強く思うことがある。

批判や中傷、何かを叩くのは控えた方がいいといいうことだ。

乞食をいじめない方がいい。

泥棒を嘲笑わない方がいい。

ニュースに移る殺人犯を叩かない方がいい。


人生は何があるか分からない。生きていくって色々ある。本当に色々あるのだ。

正しいことだけでは間違えてしまうときがある。
綺麗なだけじゃ汚れてしまうときがある。
丈夫なだけでは壊れてしまうときがある。 
 

生きていたら、家に住めないときもあるだろう。
生きていたら、盗みを働かねばいけないときもあるだろう。 
生きていたら、誰かを殺さなきゃいけないときも来るだろう。


取り返しのつかないことを冒さないといけない日はいつかやってくる。それでも生きていかないといけない。

それぐらいの共感力はほしい。

もしも自分がそのひとと同じ種類の心を持っていたら、もしも同じ境遇、同じ種類の人生を送っていたら、と。

言葉にしている。日々。

詞にするし140文字にするし、ここLINE BLOG
にも書く。

何につけてもアウトプットする機会がある時代になった。これは凄いことだ。20年前と比べるとその発信のやりやすさはもう雲泥だ。

僕はもともとアウトプットとインプットの比率が9:1ぐらいで生きてきた。だからいい時代だなぁと感じてしまう。

たぶん「勉強」というものが嫌いなのだ。

「実戦」が好きだし、「学習」というよりも「考案」してきた。

もちろんインプットもいい。要ると思う。
本読んだりひとに話を聞いたり、リサーチなんかがインプットだろう。

しかしインプットで終わってしまうと、その情報はいつか忘れてしまう。
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極端に言うと「吸収したそれらを言葉にできない状態」は何も学べていないことが多い。

インプットした内容を、他の人が分かる自分の言葉にできて、初めて理解したと言える。


残念ながら「感覚」はすぐに忘れてしまう。

人間というのは忘れっぽい。
だけど言葉にできていれば再現ができる。保存もできる。

日本は論文社会だが「論ぜよ」というのはとてもいいアウトプットになる。
書いてそれを様々な方向から論ずるのがベストだ。もっと言えばアップロードしてしまうことだ。


どんなにインプットをしても、どんなに整理しても、一発のアウトプットには敵わない。

「面白かった」や「勉強になった」で終わらないようにしておかないと、いずれはもとに戻ってしまう。

「誰かに届ける」を日常化しておくと着眼点は全然変わってくる。アップロード前提の感覚はとてもクリエイティブだ。

「本を読むこと」が読書なのではない。
自分の心の中に失いたくない言葉を蓄えていくことが読書なのだと思っている。

感覚は迷子になるけど言葉は迷子にならない。言葉はいる。

もちろんこれらは「作家だったら」、「クリエイターだったら」の話に過ぎない。

でも少し意識してみると、映画も本もライブも100倍面白いと思う。

感想文をちょっと書くだけで思い出はガッチリ保存される。

モチベーションのコントロールがニガテだ。もともと持病のせいもあるが、ニガテだ。

だからやけに工夫してきた。その中でも効果が高かった三つを紹介する。

⚫︎死ぬぐらいの筋トレ
⚫︎牛角
⚫︎できることをやる

だ。

上二つはすぐに効果が出る。やっといた方がいい。
「あたいゴリラになりたくない!」という女子もやるといい。

大丈夫、ゴリラにはならない。

世の中には命を捨ててでもゴリラになりたい子ゴリ達がゴロゴロいる。そんな獣たちが生活のすべてを捧げても中々手に入らないもの、それがゴリラだ。

だから大丈夫だ。それにその発言はゴリラをナメている。

例えるなら「バッティングセンター行こうよ!」と誘われたときに「私メジャーリーガーになりたくないの!」と言っているようなものだ。何事も極めるのは容易くない。

牛角も食うといい。なんかポイント貯めたらトングとか貰える。

そして「できることをやる」が残った。これは意外とみんなやっていない。

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不得意なことはキツイ。「できないこと」は楽しくないからだ。

でも得意なことっていうのは「できる」のだ。当たり前だ。やはり「できること」って楽しい。

だから得意なことを続けるといい。するとモチベーションは上がり続ける。

つまりやる気の無さは「できない」ことから来ているケースが多い。不得意や反省に心を奪われて、やる気を失っている事案だ。

会社に勤めると不得意を詰められる。学校ではニガテを克服させられる。大人は子どもをニュートラルに持っていこうとばかりする。

そこを「いやいや俺はできることやるねん。殺すぞ」と言える勇気を持てると人生は一変する。

もちろんいい感じに友達も減る。悪口も飛んでくる。でもモチベーションは上がる。

無理に「好きなこと」を探さなくていい。「できること」でいい。「できる」は「好き」に変わり得る。
もちろんそれを上回る「好きなこと」はアリだ。やりまくるだろうから、たぶんできるようになる。

得意を突き詰めるといい。

無理にオールラウンダーにならなくていい。

不得意なことをできるようにならなくていい。

なぜならそんな時間は無いからだ。間違いなく僕らは死ぬ。


できないことはひとに頼むといい。
誰かがやってくれる。

あなたも自分の得意なことを誰かに頼まれたら嬉しいだろう。
だから無理して不得意を得意な風に偽らなくてもいい。

「できることをがむしゃらにやる」はこれからの僕の音楽の大切なキーでもある。僕だって死ぬ。絶対に死ぬのだから。

「イマ歩きたかった道を歩いてる」

「いつからそうしたかったの?」

「金が飛んでもなく無かった頃から」

「じゃあお金で買えない道を歩いてるのね。よかったじゃない」


彼女とはそんなやりとりをしてばかりだった。
最後に会ったのはもう二年前の夏だった。細かいことは覚えていないが、アイスコーヒーのおいしさだけは鮮明に覚えている。

深いわけもないがなんだか疎遠だった。久しぶりに会うことになった。進退の報告を兼ねてだった。


会うときはいつも同じ喫茶店だった。今回もだ。

新宿の外れにあるその店は何も変わっていなかった。

小さな店構えは当然、店主どころかウェイターも同じだった。もはや客までもが二年前と同じに見えた。なんだか二年前から時間が止まっているみたいだった。

奥の席に彼女は座っていた。いつもの入り口から一番遠い席だった。

彼女も何も変わっていなかった。髪の長さは二年前から一センチも伸びていないみたいだ。
僕はいよいよ本当に時間が止まっているんじゃないかと心配になり、つい日付けを確めた。


その日、東京は記録的な寒波に襲われていた。そのせいか店内は、北欧の家庭みたいな暖かさだった。

ガスストーブの音がチリチリ聞こえてくる。僕たちはアイスコーヒーを頼んだ。

ウェイターが思わず注文を聞き返した。「正気か?」と言わんばかりだった。
大げさな表情は、僕たちをますます外国にいる気分にさせた。


その日僕は「二年前と同じ店で同じ飲み物を交わそう」と伝えていた。もしかしたらそんなことで、2016年の続きから話せるんじゃないかと思っていた。


人間関係は時間が経つと錆びたギアみたいになる。何もしなければ回らなくなる。


アイスコーヒーなんかで、もちろん時空は曲がらない。だけど曲げようとするだけでいい。それだけであの日の気持ちは蘇るんじゃないだろうか。

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「道の調子は?」

「道は途絶えた」

「生きて帰ってきてくれて嬉しい」

「ありがとう。哀しくはないけどやはり寂しい」

「なんだか感情の中で一番透き通ってそうね」

「透き通るほど疲れた」

「命懸けだったのね」

「全部賭けた。万馬券にばかり」

「券はちゃんと売り場で買ったの?」

「たぶんノミ屋」

「じゃあ一割返ってくるのね」

「おかげで命までとられてない」

「また生きて帰ってこれるといいわね」

「また出かけられるか分からないけど」

「男の子たちは出かけないとね」

「男の子みんなが男になれるわけじゃないらしい」

「でもなりたいんでしょう?」

「たぶん。どうしても」

「怖さは?」

「ひどい」

「怖がってるより怖い道に進んでいる方が、安全なんじゃない?」

「過信できないぐらいの安全性が一番安全かも」

「帰る場所さえ失わなければ、きっと危険なんて無いでしょう」

「それも分かる」


もう西日が差し込んでいた。

立てかけられたメニューを見た。コーヒーの値段は450円だった。たまたま二人ともピッタリ持っていた。

一枚ずつ小銭を取り出す。

銀色の硬貨がテーブルで、ちゃりんちゃりん歌った。

アイスコーヒーはすっかり空で、細かく砕かれた氷がうっすらと紫色を帯びていた。

立ち上がると、椅子がギシッと音を立てる。一瞬ガスストーブの音をかき消した。

二年前と変わらないトーンで店主が口を開いた。

「ありがとうございました」

「ごちそうさまでした」

小銭だらけの900円はレジスターに吸い込まれ、僕たちは店を出た。

「また今度」

「気を付けて」

雪つぶてが空から降ってきた。
僕たちはほとんど同時にビニール傘を開いた。

ちょっと前に「意識高い系」という言葉が流行った。

「最近聞かないなぁ」とゆらゆら揺れる珈琲の湯気を眺めながら、これを書いている。あのおちょくりの最高峰みたいな言葉は、もうこの世から姿を消しつつあるのだろうか。

結局、意識高い「系」か、意識高い「本家」かの線引きがあやふやな言葉だった。

「高い目標を掲げるひと」がひとつの定義だったように思う。

もっと正確に近づけるなら、「崇高なビジョンを語る人間はたしかに魅力がある。でも『俺はこんな大きなことがしたいねん』という話だけでは『系』の域を出ない」というところだろう。

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たしかにいざプロジェクトが始まると「あれれ?」というタイプのひとはこれまでも沢山いた。ビジョンに行動力が伴わないとズレが生まれる。


「意識が高いひとよりも、行動力のあるひとの方がうまくいく」という法則がある。

この法則の的中率はけっこう100%に近い。でもまぁそりゃそうだろう。

多少プランが粗くても「実際にやっちまえるひと」の方がなんだかんだいい感じになる。

サンプルも揃うし力もつくし、勝負なんて多かれ少なかれ時の運なのだから、打席に立った回数で決まる。一本の勝ちで「勝ちのひと」になれもする。

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反対に精密なビジョンがあってもやらないとキツイ。

もちろんひとを集めるのにビジョンは必要だけど、ビジョンはあくまで未来のことに過ぎない。

正直いくらでも嘘をつけるし、皮算用でしかない。

一方で過去の行動は事実なので、そのひとに行動力があるかどうかを知るには過去の話を聞けば分かる。
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世の中頭のいいひとはたくさんいる。

「こんなのいいんじゃないか?」という画期的なアイディアマンもわりといる。

でも「実際にやってしまうひと」はそんなにいない。


書店に行くと「選び方」の本がわりに多い。

「仲間の選び方」や「会社の選び方」、「恋人の選び方」、果ては「友達の選び方」まである。

生きていくことは選んでいくことだ。

片方を選び、片方を捨てないといけないシーンばかりだ。

どちらを選んでも楽勝などは無いのだが、僕がひとつヒントにしているのが「そのひとに行動力があるのか否か」だ。


選んでもらうためにいつも動いていたい。

世の中「思ったことを実際にやっちゃう男」というのは少ない。

考えたり言ったり書いたりできる男はいる。

でも「実際にやっちゃう男」はけっこういない。

「系」の人々というのはもしかしたら「実際にやらないひと」のことを指すのかもしれない。


本家を保っておかないと、なかなか世知辛い。

原始時代から続く鉄則だが、肉が欲しけりゃ踏み出さないと喰えない。

草食系という言葉が生まれたせいで、ただ動かない男が図に乗ってないか?と思うときはある。

「言葉を楽しみにしている」と仰って頂ける方もいるので本日も頑張って書く。頑張る、というほどではないが。


"来るもの拒まず"というのはとてもいい。器のデカさを感じさせる。

でも開けっ放しのドアはリスクもある。誰でも入れるドアから生まれるトラブルはたしかにある。器はツケにもなる。

解散決定後に価値観の整理が脳内で行われた。

音楽のこと、市場のこと、人間のこと、人生のこと。

解散により変わるものがある。

ファンの方からすると、「好きな音楽の喪失」だろう。

では我々演者側はどうだろう。

「これから付き合っていく人間が変わる」なのだ。
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関わっていたひとが一変していく。もう二度と会わないひともいるだろう。

バンドメンバーだけじゃない。助けてくれるひとや関わるひと、その先にいるひと。いろんなひとが変わる。

解散は人付き合いが整理されるターニングポイントでもあるのだ。

でも僕はこれに気付かなかった。解散決定まで露知らなかった。

「また共に歩みたい」と言ってくれるひともいる。
「この機会に歩みたい」と言ってくれるひともいる。
こちらから「歩んでほしい」と直々に頼みに行くひともいる。

でも多くはない。

「来るもの拒まず」の理念でこれまで動いてきたのだが、ある程度バランスをとらないとなぁと思う。

なぜなら僕たちはそんなにたくさんのものを愛せないからだ。
箱の中に有り余るものは必要無い。 

自分の箱は思っていたよりずっと小さかったらしい。

思うのは仲間が集まってから進むのではなく、進むから仲間が集まるということだ。進まずして箱もクソも無い。

それにしてもこの冬は人間交差点でクラクションが鳴り止まない。

向かうひと、逆走するひと、別の乗り物に乗り換えるひと。

解散は間接的にひとの進路を変える出来事になる。

「これからもよろしく」と「今日まで有難う」が同時に鳴る。

今までいたひと、新しくいるひと、もうこれからはいないひと。

みんな違ってみんないいと思う。

全量的に計れば、出会いより別れの方が多い。

「決めていく」というのは「拾う」よりも「捨てる」方が多いのだろう。

失くして、失くして、また失くしての繰り返しだ。

だけども、それでいい。拾って、拾ってよりもきっといいのだと。

たまにアドバイスを求められる。

なるべく気の利いたことを言いたい。しかし難しい。「助言」の持つ力なんて無いに等しい。

昔の話だ。

「みんなで盛り上がれる曲を作れ」と言われたことがある。

「バラードを作れ」も言われたことがある。

「家族への愛を歌え」もある。

アホみたいな話だがマジだ。大マジの実話だ。

「なんだか知んないけどナメられてんなぁ」が心で鳴った。そして裏方への情熱みたいなものをひとつ諦めた瞬間だった。

彼は僕を作家としてナメていたのだろうし、あなた方リスナーに関しては、猿以下だと思っていた。
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アホな僕でも学んだことがある。世の中には煮ても焼いても食えぬやつがいるいうことだ。

世の中には漫画家のアシスタントさんに「ワンピみたいなの描きなよ!売れるよ!」と言える思考回路の人間が一定数いる。


彼らはイカレている。音楽バブルの蜃気楼で脳が溶けてしまっている。

沈みゆくタイタニック号にもいろんなタイプのひとがいた。
レコード会社はもう沈みゆくタイタニックにしか見えない。

そして彼らは船に穴が空いていることにすら気付いていない。

海上は大荒れに荒れているのに、未だ豪華客船の装飾に目が眩んでいる。

沈没の最中、酔っ払い続けている。

船尾は浸水しているのに女を抱き続けている。

だけど僕らは沈むまで演奏を続ける楽隊なのかもしれない。
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「世の中にはサイコが一定数いる」は揺るぎない事実だ。

「何も分かってないアホっぽいアドバイスもうしんどいっすわ」は超個人的意見だ。

でも「人の話を聞かないと成長しないぞ!」が無理のある迷言になってきたのは客観的事実だ。


と言うより人間はそもそも他人に対してそれぐらいには粗い。

自分自身にとっての話なら慎重にもなる。丁寧にもなる。


でも他人には粗い。

レコード会社の面接に受かって、業界で長らく働いてきた人間でもその言葉を吐くぐらいには粗い。


だからもう、他人の助言は置いとくといいと思う。

どうせ聞くなら言ってもらいたいひとからの助言にしとくといい。それで充分足りる。

後はとにかくやってみることだ。話を聞くもいいが、結局やるしかない。

そしてやってみてミスったときに「仕方ねーな」と言ってもらえるやつになっておくことだ。

「どうしてくれんだてめー!」と言われないやつになっておくということだ。

僕も生きていくために「やってみること」を重ねている。仮説を立て、実験する。を繰り返している。

実際にやることの破壊力は侮れない。

もう1月も後半。解散騒動から約一ヶ月が経った。時の流れはじつに早い。

だけど時間は惜しむためではなく、美しい瞬間に次々と触れるためなのだと信じたい。

これまでもいろいろな流れの中にいた。いろいろな人生をやってきた。

「全部が駄目!」という状況なんて無かった。「全部が最高!」なんてのも無かった。

良いも悪いも無い。止めどなく流れていく。そして少しでも綺麗なものに近づけばいいなぁと思う。


ようやく僕自身の「大変だ!」という時期も抜け始めた。胃がふつうだ。
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やっぱり創ったものだったように感じる。この世に無かったものを書き出して、それで自分をちゃんと救った。

イマはひとと一緒にものを創っているから余計に感じるのかもしれない。

差し出したものに対して、差し出されたものがある。

これまでも「共に創る」という経験が無いわけじゃない。でもこんなにシビれたことは無い。

「誰にも聴かれなくても創るだろう」という感覚があるうちは歩いていける。

そして、それほど自分が大切にしているものを、遠くの誰かが喜んでくれたらたまらないだろうなぁと感じもする。

「地に足をつけて」とはとても言えないぐらい自分という人間は不安定にできている。
でもこのじんとした心地から、足を離さないでやっていきたい。

自分で自分の為に「オルタナティブでいたい」と言う。

でもそもそも「オルタナティブ」って何なのだろう。

カウンターであること、型にはまらないこと、前衛的であることなんかを指す言葉らしい。

何となく「NIRVANAのこと」だと思っている。だからオルタナはカッコいいと信じてきた。

しかし、今思うと自分は全然オルタナティブではない気がする。

僕は別に何かに対してのリアクションだけで作られているわけではないし、型そのものから何かを書いている。
型の上にオリジナルは立つと思っているし、そういうところを歩いてきた。

オルタナティブなひとは雄弁な口を持つ傾向にあるけど、誠実な耳を持っているひとが少ない。

だけど僕は大事なひとたちの話を聞くのが好きだ。
 
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客観的に全然オルタナティブじゃないなぁと思った。だけどオルタナティブかどうかなんてどうでもいいのだろう。

保守的だろうと既存的だろうと、自分が自分の中に確固たる意志を持てればそれで歩いて行ける。

その意志というのが「自らにちゃんと胸打たれるか否か」だ。「自らの作ったものにちゃんと胸打たれるか否か」とも言える。

「自分で自分を尊敬できるか?」と自己啓発本に書かれていることが多い。それはもうどっちでもいい。
「自分で自分を」とか言われてもわけわからん。

だけど「自分の作ったものが好きか嫌いか」は分かる。それに嘘はつけない。

「奇をてらったものがオルタナティブであるか?」という問いがある。Noだと考えている。

奇抜というのはスタンダードに対してのリアクションに過ぎなかったりする。

「胸打たれるもの」を追いかけると、やはり普遍的な、スタンダードなところに導かれるらしい。

これからの道を拓いてくれる新しいものを並べている。じんわりと感じている。

僕は物覚えが悪い。
記憶する、暗記するというアビリティがとても低い。

週末は古い知り合いと話す機会が多かったのだが、覚えていない話だらけだ。

17歳の頃の話、20歳の頃の話が飛んできた。

思い出せることの方が少ない。そして思い出せることはほとんどロクなものではなかった。

困った日の話は思い出せて、恵まれた日は霞んでいた。
だけどそんな背筋の凍りつく過去がイマの自分を作っている。


僕もあなたも「これまで」の集大成で出来ている。
この摂理は呪いのように解けないし、過去や昔や思い出は残像のごとくたまに蘇る。

それでも昨日とは一文字でも違う言葉を、一瞬でも違う朝を、一歩でも東に、と思うのだ。昨日を超えたいのは人間の本能だろう。
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京都の後に大阪へ行った。

暮らしていた街はうねるように変わっていた。でも僕だってあの頃の面影も無いのだろう。

思えば街やひとだけじゃない。世の中だって変わりに変わった。

あの年Windows Vistaや初音ミクが発売された。
革命とされたあれももう前時代のテクノロジーと言ってもいい。

同年、mixiという新たなインフラが整い始めた。
あれは色々なアラが暴かれる前夜だったのだろう。そしてその時代を知る前に、ZARDの坂井さんはこの世を去った。

浅草に建つタワーの名前は「スカイツリー」に決まった。

松下はPanasonicと名を変えた。

アメリカでは黒人の大統領が誕生し、タワーレコードが倒産していた。

秋葉原ではたくさんのひとが死んだ。


それら驚きの新ニュースがもはやただの史実だ。

10年経てば、ほとんどのものが原型を留めてはいられないらしい。皮肉なことに変形しないと保てないようにできている。
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満遍なく過去になる。良いことも悪いこともちゃんと霞んでいく。

だからこそあしたを面白く、だと思う。

散ろうが終わろうが、あしたは要る。未来も希望も無いとどうにもやりづらいじゃないか。

「変われる強さ、変わらぬ想い」という言葉がある。

変形しても曲は残り、ひとは続く。散ろうが終わろうが川の流れのように続いていく。

ここからの10年はさらに早く流れていくのだろう。

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