ツアーが終了した。10月14本、11月16本もライブをやった。とにかくやった。

最初にレーベルから預かった手売り分のCDも完売した。いい地元のバンドともたくさん出会えた。

身体が壊れたタイミングもあったけど、今までやった中でも間違いなく最強のツアーだった。抽象的な形容詞でしか表現できなくて申し訳ない。でも実りばかりだったのだ。

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とにかく「熱を持ってやる」という毎日だった。「ステージの熱」ってじつは難しい。
一生懸命やっているフリではいけないし、暑苦しいだけでもダメだし、正確な演奏から遠のけば「熱」に繋がるわけでもない。

おそらく活字や口頭では伝えられないものなのだろう。でもだからこそ価値がある。

振り絞ったファイナルにしたい。「振り絞る」という杓子定規を楽しみにしていてほしい。メモリはらもうぶっ壊れていて、足りすぎるものになるはずだから。

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今年の夏前のある日のことだ。またまた禅寺で禅を組んでいた。

足が痛い。たいくつ。静かすぎて笑えてくる。雑念しかない。全然慣れない。禅だけに。

40分経つとぼーんと音がして禅を解く。


解かれたらゾロゾロと別室に移動する。禅仲間たちの「最近あった話」を聞く時間だ。なんかそういうのがあるのだ。

つまらなさを軍事力で例えるなら核クラスのメンバーが揃っている。

「池袋に行った。ひとがいっぱいいた」みたいなレベルの話が延々と続く。つらい。

全員の話が終わった後に和尚が話す。

和尚は「一瞬で脳波が安定する方法があるから、今からお前らにそれを教えるわ」みたいなことを言った。


⚫︎恵まれてることは何だろうか。
⚫︎自分の長所は何だろうか。
⚫︎それによって周りにどんな影響を与えているだろうか。
⚫︎それに意識を向けるとどんな気持ちになるだろうか。

を数分間考えるだけじゃ。と言う和尚。


マジかよ和尚。と思いつつもやりだす核兵器たち。僕も核に続く。

わりといい。細かいことはよく分からないが、いい気持ちになる。ぜひ核と僕に続いてやってみてほしい。


僕たちの暮らしの中にはいいことも悪いこともある。だけどじつはうまくいっていることの方が圧倒的に多い。
「恵まれていることの方が少ないよー」というひとはほとんどいない。

三食食えること、家があること、生きていること。

あたりまえになっているインフラに目を向けてみよう。

すべてのことはじつはあたりまえでない。

江戸時代の将軍よりも、今の時代の貧困者の方がいい暮らしをしている。
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和尚いわく「今起きているすべてを肯定する」というテクニックらしい。現実を大きく変える効果があるそうだ。


和尚はこの話の最後にこう付け加えた。

「あなたの人生全体で見ると今の悲しみはほんの一部です。先が見えないから不安になっているだけで、たとえ今うまくいかなくても、いずれ流れは変わります。あなたがそう決めると、それにふさわしい流れになります」

和尚!とスタンディングオベーションが鳴り響いた。150円払って帰った。

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一名のスタッフが退任した。めでたい話なのだ。

「今まで有難うございました」と言ってくれたのだが、不思議な気持ちだ。こちらが言うことなのに先に言われてしまった。

めでたさが9割だが、ほんの少しの寂しさが鳴る。そんな夜だった。
今生の別れというわけでもないのだが、スタッフ業務はここまでだ。そう思うと、一つの区切りなのだ。

「寂しい寂しい」と僕が言っていてはどうにも飛び立ちにくいだろう。

喜びの方が勝るのはウソじゃない。だけど、ここでこうして文章を書くとどうにも寂しさの苦味が増してくる。いかんいかん。
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喜び9割、寂しさ1割の夜だった。

この配合率でひとと別れられたことが何度あっただろうか。

憎んだり憎まれたり、泣いたり泣かれたり、冷めたり冷められたり。そんな別れがいくつもあった。

人間と人間の関係はあるタイミングで定期的に新鮮さを失う。何かしら新しい価値観を通して相手を見ないとやっていけない。

恋愛感情は冷める。リスペクトが無いと三年以上は続かないと言われている。

同級生は1年や3年,4年というスパンで別れてく。その期間さえ保てない関係もあるが、持った場合も自然に離れていく。

定期的に会う友達が何人いるだろうか。あなたにもいるなら、大事にした方がいい。そんなことは稀なのだ。


頑張ろう。誰かとの良い別れの後はいつもそう思う。

それぞれの夜の先でまた会う日が来るからだ。巡り会いの成分は「良い別れ」で出来ている。

またツラを合わせたとき、「あれからこんなことがあってね」が面白くないともったいない。

頑張ろう。
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「しなきゃ」や「すべき」を手放して、「したい」や「心地いい」を優先する方がパフォーマンスパフォーマンス上がると言われている。

そろそろ一般常識になってきた気もする。

ストレスによる身体と神経への脅威、ドーパミンによる優位性で人生は勝ちにも負けにも転ぶというものだ。


生きていると思い通りにいかないときがある。
無理して進むよりも根を下ろす方が、ブレイクスルーへ繋がりやすかったりする。

根性論炸裂のひとには受け入れ難い考えだけど、多くの学者が「楽しい」の優位性を説いているのは事実だ。

いつもいつでもそう考えられるほど極めてはいないが、「執着を手放す」というのはそういう話なのだろう。

まぁ、まわりの目を気にして、あなた本来の輝きが目減りするのはアホらしい。
エネルギーを抑えないで、やりたいことを通して自らの素晴らしさを表現していく方がいい。

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それに今いる世界の「こうすべき」は、あなたが思っているよりも遥かに小さい。
外に目を向けると、あの常識もその慣習もほとんどショボい。


無理しなくていいし、求めなくていいし、あせらなくていいし、うまくやれなくてもいい。

それらに執着すると、歌もどうにも鈍るし淀む。
ひとつひとつ手放すと、ライブも良くなるし、曲も良くなる。


そんなことを教わった一年だった。
すべてを体現できるわけでもないが、それもまたいい。

以前よりはできるようになったし、また少しずつ良くなっていっている。十分だ。

息をするのがしんどくなった夜は、和尚の言葉を思いだす。

「ひとつひとつ手放すと楽になる」とのことだ。


世の中には「受け取っても受け取らなくてもいいこと」が沢山ある。
調子が出ないときは、少しだけ受け取る数を減らしていく。

「付き合いが悪い」、「冷たい」、「暗い」、「自分勝手」の称号を授かるかと怖くなる。だけど執着するから怖くなるのだ。

「別にいっか」の蓄積が水面下で自分を救う。「いいやつでいること」を手放せば、その夜はもうどこにだって行ける。

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クラウドファンディングが達成された。みなさんのおかげです。ありがとう。


これでツアーファイナルのライブ映像が作れる。じつはライブ映像作品が出来上がるのは久しぶり。2年ぶりだ。ユニバーサルミュージックストアでの販売を予定している。

強いものができるように精進しておく。


そして後一週間足らずだがキャンペーンは続く。もちろん今回しか手に入らないものだらけだ。

せっかくなので一人でも多くの方にキャンペーンに参加してもらいたい。その分、クオリティが上げられたらと思う。

音楽を作ってプレイして、ということを続けているが、改めて誰かの力が無いとやれないものだと感じている。

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携帯がどんだけ好きなんだと言われそうだが、今日も携帯の記事だ。

ガラケーが2017年以降、生産中止になる。

寂しくなるが、みんながスマホを使うようになればさらに世の中は便利になる。寂しいが仕方ない。スマホが普及すればするほど、技術革新が進むのは間違いない。


それにしてもスマホユーザーとガラケーユーザーの比率って現在はどうなのだろう。たまにガラケー使っているひとを見かけはする。

ちなみに僕らが「片道4,100円」をリリースしたり「街と大都市」を作っていた頃は5:5だった。まわりにはいなかったが、全国的に見るとまだ五分五分だったのだ。

意外はことだが、その鎖国くささは日本ぽいとも思う。

ここを読んでいるひとはどうだろう。ガラケー利用者はいるのだろうか。まだ一定数はいるのだろうけど、なんとなく年配のイメージだ。

携帯メーカーは「ガラホ」という端末の開発を進めている。

ガラホという言葉が凄いのだが、「ガラパゴススマートフォン」だ。端末はガラケーでOSはスマホで造られている。これまた日本ぽい。得意の「合体」だ。
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だけど外国の端末を作っている会社は古いテクノロジーをバシバシ捨てていく。CDドライブが入らないMacBookを持ち歩くひとがほとんどだ。

最初は批判も多いけど、ITの世界では「旧式を切り捨てる思い切り」みたいなものが必要なのかもしれない。

その結果、サムソンやAppleは世界中で使われる端末を生み出した。

短期的な客のワガママを上手にサバけていたら、国産のスマートフォンも世界中で活躍できていたのだろうか。

分からない。分からないけど、年配者の批判が勝ったことによりそうなっているのだと少しキツイ。「リスクを取れなくなる」ってのは何にせよキツイ。



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日本の総人口1億2711万人に対して、1億9569万件。なんの数字だか、お分かりだろうか。


国内における、携帯電話の契約数だ。現在、普及率は150%以上になる。



新宿東南口近くに「らんぶる」という喫茶店がある。地下フロアは広大で、プールのように広い。


僕はこの店によくいる。何だか居心地が楽なのだ。


ある日も中層フロアでボーッとしていた。何もやることが無かった日だった。ふと、下のフロアに目をやった。


フロアにいる全員が、スマートフォンを触っていた。


目の前の人と話さずに遠くの誰かと話しているのだろうか


スマホ依存が問題視されているが、たしかに、距離をとって見てみると、不気味な光景だった。


なかには誰かが話しかけているのに、スマホに夢中のひともいた。

IJaBv5QWRO.jpg外でイヤホンマイクを使って電話をしている人をたまに見かける。

アレを見るといまだに僕はビックリしてしまう。シンプルに見た目が怖い。

独り言にしか見えない様相だ。大笑いしながら中空に向かって話すさまに慣れない。


人の様子を見ると僕もスマホ依存気味な気がしてくる。気をつけたくなった。もはや、スマホを使わないわけにもいかないが、人間あってのスマホだ。



良いか悪いかは置いておいて、スマホは僕たちの生活を支えている。人生レベルで現代人に欠かせなくなっていると言ってもいい。


それにしてもみんながみんなApple社のスマートフォンを使っている。僕もずっとiPhoneだけど、これほど一つの会社がケータイ市場のシェアを独占したのは初めてだ。


現在、日本のiPhone普及率は30%前後。これは、世界一の数値だ。生産国のアメリカより上なのだ。



だがむかしからこうだったわけではない。

僕が携帯電話に触れだした頃は、もっと各社がしのぎを削っていた。


言うならば、ケータイ戦国時代だった。

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NEC、パナソニック、シャープの三強に東芝、ソニー、三菱、三洋、富士通が続いた。


現在と比べると当時のシェア率は各社似たり寄ったりで、すべての会社が品質改善に精力的だった。


そしてシーンの中心は国産だった。今からでは想像もつかないが「外国の電話」なんて無かった。




日本独自の「技術」と「文化」でケータイ市場は盛り上がりまくったいた。


iモード、カメラ付き、音楽、ワンセグ、オサイフケータイ、写メール、着メロ。


すべて日本人の発明だ。


ケータイは日本人の得意技である「軽量小型化技術」と「合体技」が活きる産業だった。


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胃カメラや乾電池も日本人の考案したものだ。

CD(コンパクトディスク)も、カッターナイフもだ。


とにかく小さくしてしまう。


そしてとにかくくっつける。

鉛筆のおしりに消しゴムを付けたり、ウォシュレット(トイレ+シャワー)や、テレビデオ(テレビ+ビデオ)、ラジカセ(ラジオ+カセット)。


すべて日本人の発明だ。


日本の「ものづくり」は「すでにあるもの」を小さくしたり、掛け合わせることで、この世に無いものを作り出してきた。



カメラ搭載、着メロ、写メールはすべて、世界初の技術だった。


製作難度が極めて高いスライド式ケータイや超薄型ケータイなど、次々と新しいメイドインジャパンケータイが生まれた。


これらは日本の技術の高さを持ってしか作れなかった。


ちなみに、iPodの背面の鏡面加工は、新潟県で行われていた。あのスティーブ・ジョブズも日本の技術の高さには舌を巻いたのだ。




僕が初めてケータイを手にしたのは2003年だ。

「日本国民、総ケータイ時代」の足音が鳴り始めた発展期だった。


「カメラ付きケータイ」が市場を占め、J-PHONE(ジェイフォン)はVodafone(ボーダフォン)と、社名を改めた。


ケータイ普及率は90%を超えた。1993年の3.2%を考えると、驚異的な進捗だった。



そんな時代、僕の元にやってきた機種は「P504iS(ピー・ゴーマルヨンアイエス)」というパナソニックのケータイだった。

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当時まだ珍しかったインカメラを搭載しており、液晶画面がとてつもなく薄い機種だ。



今と違い、ケータイは「子どもが触るもの」ではなかった。もちろんセキュリティなども無い。


だから16歳になる年、大人の仲間入りをした第一歩として買ってもらえる家庭が多かった。


ほとんどが、高校の入学祝いだった。




その頃、初めての彼女ができ、一日に何通もメールをやりとりした。


今のようにLINEやSNSなどなかった。スタンプやリツイートも無かった。

華やかさでは、スマホ全盛時代と比べると、足もとにも及ばない時代だった。


それでもスマホの半分ぐらいしかない小さな画面には、僕らなりの小さな世界があった。



幼稚園の頃、秘密基地を作った感覚だった。


子どもだけしかいない閉鎖空間はいくつになってもワクワクする。親や教師、大人たちの監視下から離れたひとつのシンボルだった。


僕らは、秘密を「携帯」し、思想を「携帯」し、ロマンを「携帯」した。


ケータイには、家の固定電話では、決して味わえない「自立」が凝縮されていた。


僕らは大人の手を離れ、小さな世界だけで通じる、僕らだけの言葉を手に入れた。



ケータイの進化は、あまりにも早い。早すぎる。たかだか13年前の出来事を書いただけで、現在とのギャップに目がくらむ。


今、この文章を読んでくれているあなたの手にも、スマホが握られていると思う。


15年後、2031年には、どんなケータイライフが待っているのだろうか。ケータイは存在しているのだろうか。


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ファンの方に「物販でクレジット切れないかね?」と言われた。

衝撃的だったしその発想が無かった。でもたしかに出来たらいいよなぁと思った。


僕が大阪に住んでいたときと東京に住んでからの違いがいくつかある。内省的な変化もあるが、時勢的に変わった違いもある。

その中でも最大級の変化は「電子マネーを使う頻度」な気がする。

3.11震災以降、さらに電子マネーを使える機関やサービスが増えてきた。僕も電子サイドにどんどん染まった。

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だけど世界的に見ると日本の現金主義は突出しているみたいだ。二位以下を突き放してダントツの一位らしい。でもやはり便利だ。

小銭を数える手間はしんどいし、かさばらない。それでも日本人は現金が大好きなのだ。

「現金で持つ方が安心」という声も多いが、実際クレジットの方が安全ではないだろうか。
落としても利用停止できるし、不正利用されても保障がある。

電子マネーがもっと普及すればいいことが増えると思っているのは、僕が電子マネーユーザーだからだろうか。
国も電子マネー化に積極的じゃないように思える。

アングラマネーや高齢者が金庫に溜め込んでいるお金も分かりやすくなるし、税収も上がる。
現金の集金作業も無くなるし、人件費も削れるし、両替手数料も無くなる。いちいちATMにいく手間もいらない。コインや紙幣を介したウイルスや細菌の感染も減る。

本当にいいことばかり浮かぶ。

もちろん「記録に残らない交付金」とかワイロとかは現金じゃないと無理なのだろう。
振り込め詐欺も最近はピンポン詐欺に変わってきている。現金をタタく方が足がつきにくいかららしい。



なんだか考えれば考えるほど、この国のメインツールが現金だと脱税や隠し金なんかの犯罪と結びつく。
「現金の方が良い」という声の中にマトモなものは少ない気がする。

電子マネーが使えるようなライブハウスも出てくるのだろうか。ホームページで予約はできるようになったが、PASMOとかICOCAで入場したりドリンク買ったりできるようになる未来はまだ来ていない。

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事実だけを淡々と話すと、こちら側から決めた別れのほぼすべてに後悔している。相手側から告げられた別れは綺麗さっぱり忘れているのに不思議なものだ。

後悔が始まると良かったことばかり思い出してしまう。悪いことが限界を迎えたから別れたはずなのに、美化されるのだから愚かだ。

条件のつく人間関係はどうしても別れがちだ。終身雇用も崩壊した今では余計に強まった。チャットモンチーですらそうなのだから、例外は少ない。

利害関係にはある程度消費期限がある。お互いが変わるし、成長するからだ。

「以前はそのひとから学べることが満載だったけど、最近は特に無いわ」なんてザラにある。敬意は目減りする材質で出来ているらしい。

男女には新鮮さがいる。心理学的には3年が限界みたいだ。

ではどうすればいいのだろうか。どうしようもないのだろうか。
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僕は誰かと過ごすときに時々、「今日が最後の日」だと思うようにしている。頭の中でエンドロールを流す。

「本日最終日」と思うと、いろんなことが許せる。くだらないことも許せないこともエンドロールの中で振り返れば、最高の思い出と化す。

変な期待を抱きまくって、関係をおかしくするよりは「何も無いその瞬間」を大事にしていく方がいい。

だけど、どんなにあがき泣いたって終わりは来る。
すべての物事に当てはまる。いつかは終わってしまう。だからそれまでは良くありたい。

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広島県福山市のカプセルホテルでこれを書いている。

入れ墨が入っていないのが自分だけの浴槽に浸かり、すべての自販機に「調整中」と貼られているフロアで寝る。

蛍光灯も半数が終わっている。レストランのおばはんは何故か客のおっさんにキレ倒している。

しかし、僕は治安の悪そうな場所が嫌いではない。そんな場所で暮らしてただろうか。嬉しくないことにおかしな空間の方が馴染む。

むしろあんまりかしこまったトコはしんどい。いや、嫌いでもないのだけど肩がこる。
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今日明日明後日とツアー中国四国編だ。

もうツアーも終盤なのだと感じる。ダメージもようやく抜けてきた。

後もうちょっと。おしまいが近づくと何だか不思議な雰囲気だ。

しっかりしたファイナルにしたい。少しでも興味があるひとは来て欲しい。今年、何をやっていたか見てほしい。


と書き終わったところで、食堂のキレ倒してたおばはんがタダでゆで卵をくれた。何故だ。ワケなど無いか。奇跡が軽く降って本日閉店。
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