新宿MARZでライブだった。あしたはキノト。


ライブの誘いがずいぶん増えた。

演りまくってるからかな。ありがとうです。もっと誘い来て欲しい。qooland.staff@gmail.comまでどうぞ。


オファーはイマほとんどOKしている。
予定が空いていたら基本GOしているんじゃないだろうか。あらゆるところに行って、勝負したい。
「対バン」という呼称があるなら、「勝負」は的外れな表現でもないだろう。

でも共演の方々もそのつもりのはずだ。
「俺らのこれが一番カッコいい」をやっているのだと思う。相対的にか絶対的にかは置いといてだ。

そこは僕も同じだ。でも、だからこそ面白い。それはきっと「勝負」なのだ。
フロアのみんなが見たいのも、手抜きなんかじゃなくて、本気のステージだろう。
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凄まじく脳筋な話をすると、ライブは格闘技だと思っている。

自分のやってきたこと、過ごしてきたこと、それらをフロアに向かってぶつける。そして自分に負けたら何かを失う。


そう、ちゃんと「失う」のだ。
自分自身に負けたぬるいライブを続けると、グループは緩やかに死ぬ。

自分自身の心もそうだし、グループとしての活力、味方の幻滅。あらゆるものが総動員して死と破滅へと向かう。

解散の理由で「音楽性の違い」というワードがよく出てくる。あなたも聞いたことがあるだろう。

「音楽性」と聞くと作りたいものや、表現したいジャンルの話と思いがちだ。


しかし本当にそうだろうか。
オリジナルの歌を作ってきたくせに、今さらジャンルについて述べるだろうか。

だから解散理由の真実は不仲だったり、金銭のトラブルだったりというケースが多い。

そしてそれをさらにほじくり返すと、何気に多いのが「クソみたいなライブしか出来なくなかったから」という理由だ。
仲が悪かったり、気持ちのコンディションがおかしいと、ステージからゴミ溜めの匂いがする。


意外かもしれないが、クソ同然のライブをしているだけで、バンドなんてあっさり解散する。

「ライブ」というだけあって、文字通り自分自身を叩きつける。本音も生き様も習慣も非言語化レベルで伝わる。

だからこそいいライブは自分を生かすし、本気の拍手なんて貰えた日には、生命力そのものを頂いている感覚だ。

反対にクソみたいなライブをしていると、どんどん自分が死ぬ。
訳もわからずうつになるし、デパスが欠かせない暮らしになる。やればやるほど死にたくなる。

そしてなぜか悪いライブは連鎖する。一旦ドツボにハマると中々抜け出せない。怖い。

ぶったるんだステージを見せられるのは、フロアのみんなも不愉快だろうが、演っている方もつらい。静かに自爆している感覚は恐怖という言葉なんかじゃ到底足りない。

そんな危険物に2日連続だの6日連続だので手を突っ込んでいる。気軽に本数をやりまくっているように見えて、じつは一本一本が命がけなのだ。

大袈裟でもなく、「ライブをたくさん演る」というスケジューリングは、ヘタすると解散に近づく選択でもある。

バンドたちの「一本一本一生懸命やってます!」なんて言い草は社交辞令ではない。

わりとマジなのだ。自分らが死ぬからだ。


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格闘技と違うのは、即死かゆるやかに死ぬかの違いぐらいだ。

「自分自身に負けたら終わりに向かう」は「命がけ」という共通項はだ。ここは僕の中で揺るがない。

他人のせいにしてもその他人は責任を取ってくれないし、その他者依存は確実に自らを蝕む。

あしたもいいライブをしていたい。僕たちが生きるために。良くするためだったらなんだってやる。

「This is QOOLAND1/4」のライブ音源5,6曲が2/4の来場者特典です。
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「運命」とか「一生涯の関係」とかをすぐ口にするひとが苦手だった。物事や日常の価値を劇的して、ブーストしないと気が済まない気質なのだろう。

僕が冷たいのかもしれない。
でもそんな酔っ払った関係よりも、ダサくてもつまらなくても、僕らを支えるのは頑丈な毎日の積み重ねだったりする。

イマ一緒に音楽を作っている人間たちと出会った何でもないあの一日は運命だったのだろうし、イマは会えない友達と最後に会ったあの日も運命の分かれ道だった。

だけど、それは全部後から分かる。
後になって、「アレって運命だったね!」と整合する。

整合する前から運命を口にするとどうにも大切なものがボヤける気がする。丁寧さに欠けてしまい、問題から目を背けているように感じる。

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ラッパーがグリグリ押し付けてくる感動では感動できないのは昔からだった。なんだかそれが苛烈している。

僕も前よりは、何かが良くなるようにひとつでも凄くなるように、日々を使うようになった。そうしてなんとなく分かって来た気がしている。

今日もあしたも、じっくり丁寧に繰り広げていきたい。後からやっぱ言いたいは言いたいのだ。「嗚呼、アレは運命だった」と。

1/4の音源が2/4の特典です。
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西武新宿駅のホームに立っていた。太陽がガラス越しに突き刺さるせいで、気温以上に暑く感じる。

この西武新宿線は普段乗らない電鉄なのだけど、最近とても好き。
レコーディングスタジオが武蔵関駅というところなので、この夏は数回乗るようになった。

車窓に田舎めいた風景が何度も映し出される。
このフィーリングは小田急線にも京王線にも感じるが、西武新宿線はそのスピードがじつに早い。
ものの数分で新宿とはかけ離れた別次元に連れて行ってくれる。

武蔵関という駅に着くと、空がこれでもかというぐらい青かった。そんなに離れていないのに新宿とは透明度が違うように思えた。

_var_mobile_Media_DCIM_100APPLE_IMG_0685.JPG知らないのに降りたくなる駅がたくさんあった。
行きたい場所には行っとける人間でいたい。やりたいことも会いたいひとも全部そうだ。

自分の中の欲求が減ってくると要注意だ。何かしら状態が良くないのだろう。

どんどん暑くなるけど、熱いものを作った。お楽しみに。


1/4の音源が2/4の特典です。
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難しいところや相反するプロジェクトを簡単に諦めないひとがいる。凄いと思う。難しい負荷を積み重ねると、成長の速度も凄まじい。

ユニクロの「安いけど高機能」やアップルの「シンプルなのに唯一無二」も同様だろう。

こういう部分って、ふつう諦めてしまう。対立的な要求に対して、アクセルを踏めるひとは少数派だ。
困難な試みに直面すると、効率的なやり口を探してしまうのは人情だろう。

対立的な要求は「高品質にしたいならそれなりのコストがかかるよ」や「シンプルにすると原始的になって、差別化は難しいよ」などと諦めの論理も探しやすい。

聞き分けがいいのも大事だけれど、「そりゃごもっともですけど、でも俺は足掻いてみるわ」を貫くのも大事らしい。
身体をねじりながら矛盾する要求をアクロバティックにクリアしていくのだ。


音源の制作中、僕たちにもそんなシーンが訪れた。
音のイメージや要求を文章で伝えないといけない場面があった。

少しやりとりするも、序盤でボキッと折れた。

「抽象的なものを文章で伝えるのは難しい」
「いろいろ言っても難しい」
「直接やりとりした方がいい」

やらが飛び交った。僕もそう思った。「そらそうじゃ。ムズすぎるやん」となった。

「離れている場所で、制作を進めるのは困難を極める」というのは間違いない。

でも離れているところで少しでも進めていけば、スタジオに行ったとき、目指せる標高がずいぶん違うのも分かっている。出来なかった。

でも菅さんが実際にやりとりして、一定のクオリティまでたどり着いた。
奇想天外なやり方ではなく、ひとつずつ丁寧に「伝えよう」と「受け取ろう」がキャッチボールされただけだった。

論理で抽象的なことを取り扱えるひとの特徴って、言葉が上手いとか文章が上手いとかそういう次元ではなかったりする。スピリッツとかハートとか気合いみたいなものに感じる。

「凄いひとはやっぱ凄いなぁ」とIQを2ぐらいにしたくなる現象だった。自分自身も、もうちょいマシになればなぁとも思う。

常識とか「普通はこう」とかを取っ払うのがイノベーションのキッカケと言うけれど、些細な部分を諦めないことからなのかなぁと骨身に沁みた一件だった。

1/4の音源が2/4の来場者特典です。
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渋谷でゲリラライブだった。ライブが久しぶりに感じる。会えたひとたちありがとう。


「ひとの話を聞かないやつはだめだ」と昔先生に言われた。
当時はすげーこと言うなこいつと思ったが、あれから何回も同じフレーズを聞いた。果たして本当なのだろうか。

僕も人間を何年かやって来た。
そして今のとこの見解は少し違う。

「ひとの話をよく聞くこと」が大切なのだけれど、大切な枕詞が要る。

それが「あなたの知っている」だ。
僕たちは「知っているひとの話」を聞かないといけない。

「知らないひとの批判」なんて聞くと頭がアレになる。聞いてはいけない。

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「よく知らないひとの批判を自分の心に入れないこと」 ってすごく大切だ。

ネット社会が反映してから、よく知らないひとの批判が入ってきやすくなった。

現実社会でも知らないひとが家にいきなり入ってこようとしたら嫌だろう。というかヤバイだろう。それと同じだ。戸締まりしよう。

簡単に言うと「よく知らんやつにケチ付けられても耳を塞ごう」ということだ。

「お前誰だ。消え失せろ」というスピリッツがいる。


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この手の話をすると「批判意見から学ぶこともあるんじゃない?」というカウンターが飛んでくる。
確かに有るは有るが、そんなもの100に一つぐらいだ。

そんな玉石混合の場所で、良いものだけに触れるなんて人間ワザではない。

むしろやっていることに迷いが生まれたり、鋭さが失われてつまらなくなるリスクの方が高い。

ひとの脳は情報を見るだけで、無意識下にインプットされてしまう。当然、パフォーマンスや思考力は落ちる。


知らないやつがいきなりあなたの家に入ってきて、何かしらメリットもあるだろうか。
100に一つぐらいならあるかもしれない。でもどう考えても危険なことの方が多いだろう。それと同じだ。よく知らんやつは家にあげない。心にもあげないだ。


そんな危険を犯すぐらいなら「あなたのよく知っているひとの話を聞く」の方が何倍もいい。

あなたが信頼できるひとの話は、わけのわからんやつの話とはクオリティが違う。
「心のこもった話」って、そういう簡単なレベルで到達する。


「選択肢を増やす」「たくさんの情報に触れる」「広い視野を持つ」が薬となる場面は多い。

でも薬だって用法、容量を間違えると毒になる。


正論に押しつぶされないように夏をくぐり抜けたい。あなたも夏とかつまんねーやつに負けないでほしい。


1/4の音源が2/4の来場者特典です。
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「先日ドラえもんのひみつ道具でほしいなら何?」の議題を設けた。(もしもボックスはNG)


この話は1時間以上は話せるし、どんどん発展していく。友達と試してみてほしい。僕は日本国民全員がそれなりにドラえもんに詳しいと思っている。


しかし「なぜこの話は盛り上がるのだろうか」と考えていた。
そのひとの求めているものが分かるからだろうか。たしかに、ひとは欲しいものを教え合うと仲良くなれるケースがある。


そして「タイムマシン」と答えるひとが意外と少ない。
もしかしたら僕たちは、未来にも過去にも意外と興味が無いのかもしれない。

反面、どこでもドアは意外にも人気がある。
タイムマシンは「今の暮らしを良くする」ではないけれど、どこでもドアは「今の暮らしを良くする」に繋がるからだろうか。

だけど、どこでもドアについて考えるといつも少し寂しくなる。


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どこでもドアが発明されたら、世界中の流通システムや交通システムが洗いざらい無くなるだろう。
車も電車も飛行機も無くなる。国境という概念も必要なくなる。宇宙船地球号の真の誕生と言える。


だが、失うものがある。

「時間」という大きなものの代償はなんだろう。たぶん、「情緒」とか「趣き」みたいなものだ。

宇多田ヒカルのtravelingは歌えなくなるし、電車男のようなロマンも見られない。
時刻表トリックも使えなくなるし、あらゆる脱出系パニックフィクションもこの世から消える。


携帯電話の誕生はそれかもしれない。

命がけの待ち合わせが無くなった。「ごめん、今日行くの無理になったわ」が不可能だった世界を僕たちは生きていない。80年代って、遅刻がとてつもない大罪だったんじゃないだろうか。想像を絶する。
でも、その中で生まれたロマンがきっとあったのだ。

「きっと君は来ない。一人きりのクリスマスイブ」という歌詞を今の時代書けるひとはもういない。
 
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「足りないからこそ起きる面白さ」がこの世には存在する。

江戸時代に比べて、炊事洗濯掃除などの家事が楽になった。でもそのせいで基礎体力や筋力が落ちてしまい、結果体温が下がって病気を招いているというケースもあるようだ。


「足りない足りない」と言っているかもしれないけれど、じつはそれ故に手に入っているものもある。そんなことばかりだ。足りすぎていると満腹中毒になる。

困ったら静かな海とか見にいくといい。あそこにはタイムラインも悩みも数字も無い。何もない。欠落が有る。


8/21は「This is QOOLAND 1/4」の音源数曲が来場者特典。お楽しみに。
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置きたら身体が痛い。


筋肉痛かと思ったけれど、一昨日合法的に殴られすぎたせいだった。馬鹿な頭がもっと馬鹿になると思った。だけど、なんだかんだ低気圧も感じた。



人間をそれなりに長くやっていると、テンションを守るのが難しい日がある。 

あなたにもテンションを守るためのワザがあるのではないだろうか。



コンビニスイーツなのか、恋人との密会なのか、酒なのか分からないが、有ると無いでは有った方がいい。というより、自分なりに自分のテンションを守る術を持ってないと、真っ逆さまになる。 


世の中にはやりきれない日が沢山挟まっている。

そのローな日をどういなして進むかだ。 


023


昨日は友達といたのだけれど、遊ぶような友達がそんなにいない。

僕には「友達と遊んでリフレッシュ」という手札が無い。



「友達」という手札を心のよりどころにしているひとからしたら想像を絶する状態だろう。

もちろん、僕にはなんてことない。その手札を頼りにしてきたことなんて一度も無いからだ。



なんだか寂しいひとみたいだけれど、そんなに寂しくはない。


ひとにはそれぞれ自分の身と心を温めるものがある。それでいいんじゃないかと思う。僕には僕で依存しているものがあるし、それを失うとキツイなぁと思う。ひとによって違う。それでいい。


みんな今日もここに来てくれてありがとう。



This is QOOLAND2/4に来てくれたら、1/4のライブ音源を数曲プレゼント。前回来れなかったひとも来れたひとも思い出してほしい。1/4があったから2/4が出来る。

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大阪市淀川区にある町十三(じゅうそう)。19歳から22歳まで僕はこの町で暮らすことになった。

十三駅は大阪最大のターミナル梅田駅の隣りということもあって、立地や交通の便はとても良い。
だが飲み屋を中心とした歓楽街であり、治安は決して良くなかった。そのせいで不人気なのかわりと家賃は安かった。

僕は無知と怠慢からそのあたりの情報をまったく調べず、この十三に家を決めた。

大人たちは不良が発生しない環境を必死に作ろうとしていた。夜の11時に町唯一のコンビニは閉まり、常に父兄や警察の巡回があった。もはや治安を良くするためなら、いかなる文化も施設も断絶しそうな勢いだった。自動販売機一つ設置するのに、PTAやら自治会やらの会議がいくつも必要だった。TSUTAYAができたのは僕が18のときだった。

そんな保護に保護を重ねた、無菌室のような環境で僕は育った。
それがいきなり歓楽街での一人暮らしだ。温室からアフリカのサバンナに放り出された気がした。とてもつらかった。

だが十三で暮らした最初の1カ月、18歳の4月のことは今でも忘れられない。

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暖かくなりはじめ、町には新生活に胸を躍らす学生や新社会人があふれていた。

地元の駅から市営地下鉄で三ノ宮駅まで30分。そこから阪急電鉄に乗り換え、28分で十三に到着する。三宮から十三に行くまで、いくつかの河川を通る。

車窓から覗く草木の緑と空の色がすごく綺麗だった。


十三に着くと、駅に何人もの酔っ払いが寝転んでいた。遠くでおおよそ聞き取れない怒鳴り声が鳴っていた。


パチンコ屋の騒音が外に漏れまくっていて、耳が割れそうだった。
ゴミと吐瀉物が散らばる地面の先にはおびただしい数の自転車が並んでいた。

家を決めに来たときはこんなに汚い町に見えなかった。不動産屋に車で連れてきてもらったからだろうか。


さっきまでの青く見えた空が灰色がかって見えた。
気がつくと実際にグレーがかっていた。次第に大粒の雨が降り注いだ。


僕は駅の売店で傘を買い、近くのラーメン屋に入った。朝から何も食べていなかった。このとき食べたラーメンの味をまるで覚えていない。数分後に起きる事件のインパクトが強すぎた。


店を出ると傘立てに置いていた傘を盗まれていた。衝撃だった。僕の育ってきた温室環境からすると「傘を盗まれる」ということは大事件だった。


傘一本が惜しい惜しくないという話ではなく、「誰かの物だけど、俺が雨に打たれるのは嫌だ。コイツが困ってもいいから盗もう」という絶対的な悪意がすぐそばにあったという事実。そして、それが自分自身に切っ先を向けたことに、僕は恐怖した。


傘一本で血の気が引いたのは、人生後にも先にもあの一度きりだ。今、財布を盗まれても、あの一本の傘が無くなった心的ダメージには及ばないだろう。それぐらい衝撃的だった。

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おそらく傘を盗んだ人物は僕が泣こうがわめこうが、心を痛めない。目の前で僕が死にそうになっていても、助けないのではないかとさえ思う。その事実が怖かった。
僕の身を案じない人も、この世には存在するということがたしかに具現化した。


大人たちはいつも僕を心配した。

保護し、危険にあわないように守ってきてくれた。そんな僕が初めて世間の荒波に触れたのがこの「十三傘盗難事件」だった。


その後、僕はその町で暮らし、人生史上最悪レベルの貧乏生活に突入する。

アルバイトもなかなか受からず、受かっても適合できずに苦しんだ。ピンクチラシを配布するアルバイトすら、まともにやれなかった。
社会悪のような仕事すら人並みにできない自分を呪った。


一日の食費を800円までとした。限りある食費を野菜には使わなかった。空腹を満たせないからだ。
コストパフォーマンスの概念は腹持ちしか無く、野菜が不足した生活を送った。ビタミンが不足して、うつになっていた。


しばらく、路上ライブとメイドカフェでギターを弾いて歌う活動のみで生活する日々が続いた。

メイドカフェの仕事は路上ライブをしていたときに見つけた。
オーナーからそこで歌ってくれと頼まれやっていた。一回5000円貰えたのは貴重な収入源だった。


路上で歌う活動は日常化していた
ゴミの散らばる道ばたにあぐらをかいて歌うのは楽しかった。小綺麗な地元に住んでいた頃の僕が見たら、腰を抜かしそうな絵面だったと思う。

だが、妙にしっくり来たのだ。
それまで嫌いだった汚く野蛮な町と、そこに住む人々の魅力は一度座り込まないと気付かなかった。

自転車のサドルよりも低い位置から目を凝らさないと、見えない星がたくさん瞬いていた。


っ払いは1000円と1万円を間違えて僕のギターケースに放り込んだ。

ニューハーフにギターを貸したら、僕よりもはるかに上手かった。

貧しい祖国の話をしてくれるアジア人が何人もいた。路上で知り合った女のひとはみんな泣いていた。


それぞれの人生があり、必ずしも汚れたものではなかった。むしろ、僕の地元では聞けないようなドラマが人の数だけ存在した。


彼らの歌もいくつか書いた。書かざるを得ないような歌がいくつもあった。
今思うと、あの人たちの経験をあのとき聞かせてもらったのは、お金に換えられない価値があったんじゃないだろうか。


十三では苦しいこと、理不尽なこともたくさんあった。それでもあの町で暮らしてよかったと思う。

素直に感謝している。僕がずっと地元で暮らしていたら、おそらく音楽を続けていられなかっただろうから。


いろいろな種類の「正しさ」が混ざり合ったあの町で、僕は僕にとっての「正しさ」を探し続けた。

あのときに味わった「町に問われ、それに答える」という経験は僕の人格の核となる部分を形成してくれた。

先月、久しぶりに寄ってみたが、以前よりも綺麗になっていた。あの頃より空の色も青く見えた。

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「褒めて伸びるタイプ」という言葉があるけれど、むしろ褒めて伸びないひとなどいないというのが、今のところの結論だ。

 

それでもひとはひとをなかなか褒めない。

「あんまり褒めると調子に乗るから」という理由だろうか。


人間、調子が出ていないよりも調子に乗っているぐらいの方が諸々パフォーマンスが良いのだけれど、やはり褒めない。



そう考えると「自分の調子が出ていないから他人を褒めないのかな」と思う。


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どちらにせよ「調子に乗ると鍛錬を怠ってダメになる説」の信憑性を大事にしすぎな気もする。

知り合いのバンドのスタッフが「褒めるとこいつらは駄目になるから!」と言って、いつも説教していたあの日を思い出す。



「褒めない」以外にもつまらない連鎖がどんどん繋がって、つまらないものがアウトプットされている惨状はよくよくある。関わらないようにするしかないし、入ってきたら取り除くしかない。


負の連鎖を断ち切るのは難しい。やりかえさない強さがあるひとは本当に強い。


訳の分からない連鎖に付き合っているほどヒマでもない。ただでさえ暑いのに。

去年の7月23日に下記の記事を書いた。

感受性を研ぎすました方が良い話

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