2018.04.07 「We are QOOLAND」
1現実と非現実
2叫んでよ新宿
3week
4都民
5隣人
6部屋とアイドル
7ブルーアルバム
8さよならNEVADA
9反吐と悪口
10志士雄
11白夜行
12孤高の人
13フレンドシップさようなら
14ロストデイ
15凛として平気
16I hate
17片道4,100円
18風の歌
19ブギーサウンド
20LET IT DIE 〜夜のやり方〜
21Today Today Today&Yesterday
22膝を割らないうちに
23良い子と良い事
24毛利探偵事務所
25熊とフナムシ
26ある事ない事
27今日まで有難う
28あしたを面白く
ec1
1はこのうた
2ドグラマグラ
3Shining Sherry
4映画と週末
5Come Together
6勝つまでが戦争
ec2
1ゆとり教育概論

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演るも演ったり35曲。Zirco Tokyoの最高動員記録をガッチリ更新。

極限状態での三時間公演。お付き合いありがとう。

とにかく無事終了。

散々歌を通して伝えたし、ここではあんまり書かなくていいか。

僕の文章はLINE BLOGから、noteという場所にお引っ越し。

テキストにさらに特化しているので、使いやすい。読みやすかったら嬉しい。

ラストライブの映像も出来次第noteで配信する。

いろんな「終わってること」がある。

終わってる会社、終わってる関係、終わってる人、終わってるバンド、終わってる人生。


先日。会った「ひで坊」なんてひどい。

シャブやって人殺して刑務所入って、最近出てきたばかりらしい。


服役を終えて、罪を償ったから今は真っ当な存在なのだろうが、まぁ終わってる。ほとんどのひとがひで坊と話したら「コイツ終わってんな」という感想を抱くだろう。

「覚せい剤やめますか?人間やめますか?」の理屈で言うなれば論理的に終わってる。

でも、不思議だ。終わってても彼はわりと楽しそうだった。


エンドロールが悪くない映画のような、諦めないロスタイムのようなささやかな興奮もあるのかもしれない。

終わりは迎えているのだろうけど、終わってからの余白がそれなりに捨てたもんじゃないものってある。

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僕も終わっていた時期がある。

あの頃は、あらゆることを諦めてひたすら呼吸の回数を重ねていた。
世の中のすべてが気に入らなかったし、自分がどうなっても構わないと思っていた。眼前に広がる未来は真っ暗で腐りきっていた。


今はどうだろうか。終わってるつもりはないが、急に終わるかもしれない。分からない。


でも終わってからも足掻かないとなぁと思う。というより足掻いていたい。諦めると、ダサくなる。

いや、終わってる時点でクールもダサイも無いんだけど。
でも諦めるともっとダサくなるのも事実らしくて。


終わりたくないけど、どこまでいっても自分を保つか保たないかを決めるのは自分自身だ。

できる限りそこにいたいし、できる限り手を伸ばしていたい。あなたもそうだろう。

そんなひとの心臓を叩くためにステージが続いている。照明は未だ落ちず、黙りこくる様相を見せない。
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名古屋アップセットだった。もっと名古屋来たいなぁ。待っててくれるひとおるところには行きたいなぁ。
久しぶりの場所に行くと、果てるまでに何度会えるのかと考えてしまう。


ほとんどのひとが組織、グループ、集団に属していると思う。僕もそうだ。

集団の特性として、「何かを試しやすい集団」と「何かを試しづらい集団」がある。

これは「組織の空気」みたいなものなので、曖昧だが明確にあると思う。あらゆる面で前者が勝る。
何かを試してみて、仮に損害が出たとしても「試し」なのだから問題は無い。挑戦して実益が出なくても、「挑戦した」ということは紛れもなくキャリアになる。

「試す」には推進力がある。物事を前に進めるパワーだ。

苦難に包まれているときや、情勢がマズイときの特効薬は「試しに動くこと」だと思う。

ヤバイときに「待ち」に固まっていてもジリ貧になるのが世の常だ。「待ち」を使うときは「待ち」のリスクのデカさを背負うことだ。「待ち」は麻薬だ。

そして大切なことがひとつある。
「変化」は大変だしカロリーも使うけど、人間はそもそも「試す」のが大好きな生き物だという事実だ。

恒温動物である人間は恒常性維持機能がある。
そのせいで、環境の変化に強いストレスを感じる。

だけど、「とりあえず試す」に関しては快楽物質が出る仕組みになっている。

何でもかんでも試してきた。とにかくひたすら試して、ここまでやってきた。

個人でも集団でも「試してみる」が壁を破るキッカケになるときかある。

今、あなたが大変なら何かしらワクワクすることを試してみてほしい。きっとうまくいくぜ。
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ゲリラライブで京都グローリーだった。もはや関西にまで魔の手が及びだした。ていうか力を貸してくれてありがとうございます。グローリー。あしたは名古屋へ。

 



Kindle Unlimitedという新しいAmazonのサービスにハマっている。

月額1,000円以下で電子書籍が読み放題なのだ。全部が全部ではないけれど、けっこうな本が読みまくれる。


10年前の「そんなことできるわけないやん」が溢れ返っている。凄いスピードで「できるわけない」が「できる」に姿を変えている。


「本がいっぱい読めるから」という理由はあるけれど、最新サービスから貰っているものがある。



安易で大げさな言葉だけど「勇気」みたいなものだ。


「ヒント」みたいなものかと思っていた時期があるのだけど、アレはじつは「勇気」だったんじゃないかなぁと思う。


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うまくいくか分からないことだったり、前例がなかったり、いろんな反対があったりをくぐり抜けて世の中にたどり着いたサービスがいくつかある。


を見ると未来過ぎてワクワクする。実験と完成の最中みたいなものが山のようにある。


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ロックバンドだってそれは示せるんじゃないかなぁと思う。


誰かにとっての「勇気」かもしれないし、「ヒント」になるかもしれない。

一朝一夕にもできないし、楽にたどり着くものではないのだろうけど、遊びながら楽しみながらやっていった先の物事はつまらないものにはならない予感がしている。


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リリースツアーをやる。企画概要は下記だ。


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「名古屋来て下さい」

「大坂来て下さい」

「滋賀来て下さい」

「札幌来て下さい」

「広島来て下さい」 

「千葉来て下さい」

I wish you would come London!」 

「博多来て下さい」

「仙台来て下さい」 



これらのセリフをよくいただく。ありがたい話だ。


しかし、その言ってくれた当人の街にライブしに行くと、いざ当人が来れなかったりする。もはや悲劇だ。



試験、仕事、悩みなど来れない理由は様々あると思うけれど、「来てください」と発してくれたひとと巡り会えないことほど寂しいものは無い。




だが、この「日付け指定して呼んでくれたら行く」というやり方ならば、被害を最小限に食い止められる。大掛かりな待ち合わせだ。


つまり、「何月何日らへんなら俺空いてるから、俺の街に来てくれ」と言ってくれたらいいのだ。そしたら行く。




「行くぜ!」
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4月末から当日情報解禁のゲリラライブをやってきた。

当日に都内でいきなりライブしても来れないひとだらけだ(もちろん「ヒマなひとが来れたらいいな」でやっているのだけど)。

じゃあ反対に「観たいひとが絶対に観れるツアー」ってのもいいと思う。ファンと約束して決めるって最強に確実だ。

少なくとも、QOOLANDを呼んでくれたひとはQOOLANDを絶対に観れるツアーだ。
 
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「イベンターさんやバンド、ライブハウス、いわゆる『プロ』じゃないと、バンドにオファーできない」が普通なのかもしれない。


でもiPhoneができて、SNSができて、一億総クリエイター時代なのだろう。

みんなが歌を録音してYoutubeにアップできる。写真を加工してSNSで共有できる。

みんながみんなの「好き」をアウトプットできるようになった。

2017年、スティーブ・ジョブズの夢がここまで膨らんでいる。

じゃあ「誰しもが自分の町にバンドを呼べるシチュエーション」っていうのがあっても面白いんじゃないかとも思う。

2017年、メジャーとインディーズの垣根も無いような時代を、僕とあなたは生きている。

90年代の音楽ファンよりもできることがたくさんある。それは恩恵だし、資産だ。

とにかく僕たちはブッちぎれたライブをやっている。もっと多くステージに立ちたい。観てほしい。

「バチクソに気合い入ったライブをやりたい」と「そんなライブが観たい」を巡り合わせたいだけだ。機会が無いと演れない。



いくつかの質問に答えました!!!!!!!!!
Q_呼んだら絶対来てくれますか?

A_絶対じゃないです。ごめんなさい(⌒▽⌒)


Q_要は「日に、XXQOOLAND見たいです」ってメール送ればいいんですよね?

A_そうです。そうして下さい(⌒▽⌒)


Q_何日までにメール送ればいいですか?

A_早ければ早い方が実現の可能性が高まります。なぜならライブハウスが埋まってしまうからです。
 
基本、ライブしてほしい日の2ヶ月前なら大丈夫です。

たとえば、10月1日に「10月9日、大坂に来てくれ」というメールを送られても実現可能性は低いです。意外とライブハウスのスケジュールって埋まっていたりします。がんばってさがすけどね(⌒▽⌒)


Q_具体的な場所指定はOKですか?

A_提案はもちろんOKですが、実現可能性が変わります。

たとえば「10月5日、新宿のどっかに来てくれ」と「10月5日、新宿LOFTに来てくれ」では前者の方が圧倒的に簡単に決まります(⌒▽⌒)
 

Q_具体的な日付け指定はOKですか?

A_OKです。ただ、ピンポイントよりも「10月5日~10月8日の三日間のどこかで千葉に来てくれ」というような依頼は実現しやすいです。

『10月5日 千葉look』でもいいわけですし、『10月6日 稲毛K's Dream』でもいいわけですし、『10月7日 柏PALOOZA』でもいいわけですし、『10月8日 柏ドランカーズスタジアム』でもいいわけです。相当な確率で実現するでしょう(⌒▽⌒)


Q_11月3日関東に呼んでもOKですか?11月1日~11月8日は東北の期間になっていますが。

A_期間をずらすと優先順位は下がってしまいます。期間中、東北で手一杯になっていたら行けません。ごめんなさい。でも行けたら行きます。呼ばれる限りはなるべく行きたいです。メール下さい、東北の誘いが無かったら行きます(⌒▽⌒)


Q_アコースティック編成はアリですか?

A_バンドフルセットの演奏が可能なところでお願いします。ドラムとかおもくそ叩きます(⌒▽⌒)
 

Q_演奏曲、セットリストのお願いはできますか?

A_できません(⌒▽⌒)


Q_関東近郊ってどこまでですか?

A_江戸時代から続く概念でOKです。茨城県・栃木県・群馬県・埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県を指します(⌒▽⌒)
 

Q_沖縄は九州地方の扱いですか?

A_はい。九州地方です(⌒▽⌒)

Q_中国地方は無いんですか?
中国地方は関西と一緒だと考えておりました(⌒▽⌒)

Q_北海道は無いんですか
 北海道は東北と一緒だと考えておりました
(⌒▽⌒)
 

Q_「あのバンドとやってほしい!」みたいな共演者の希望はできますか?

A_できません。共演者の指定は不可です(相手の予定や状況次第になってしまうので)。

もしQOOLANDとそのバンドの共演がご希望の場合は、そちらのバンドさんに打診してみてください。QOOLANDは誘われたらOKする所存です(⌒▽⌒)
 

Q_何日にあのバンドと神戸でやってほしい!みたいな大まかな感じでも大丈夫ですか?

A_「あのバンドと」が無ければ相当実現可能性は高いです(⌒▽⌒)
 

Q_問い合わせ期限はありますか? 

A_2017年12月5日です(⌒▽⌒)
 

Q_近くのライブハウスのブッキング担当の方に声かければイイ感じですか?

A_それでも全然構いません。でもライブハウスの人って怖めですよね。

そんな人はqooland.staff@gmail.comまでメールくれたらいいです(⌒▽⌒)
 

Q_街ってのは京都市、高槻市みたいな市ぐらいの都市ですか?

A_いや、村とかでも構いません。でも基本的にライブハウスは大型の駅の近くが多いですね(⌒▽⌒)




「QOOLAND呼べるらしいで」が拡散されていけば、嬉しい。拡散してくれ。


軽音サークルの企画とか、音楽制作専門学校の課題とかも大歓迎だ。


おもくそ本気で演る。乞うご期待。

 

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悩みの種別ランキングをやると首位確定の項目がある。

「うまくいかない人間関係」だ。

古今東西ナンバーワンじゃないだろうか。

なんだかんだ言っていくつになっても、みんなここで悩んでいる。表層的には違う悩みに見えても紐解けば、大体が人間関係の悩みだ。 



そしてうまくいってない関係のほとんどが「相手が変わることが、良くなることだ」という見方が影響している。「相手が変わらないからうまくいかないんだ。ファックオフ」という見方だ。



世の中には変えられることと変えられないことがある。自分でコントロールできることと、コントロールできないことだ。



イラつく相手の話し方や大好きなひとの心、嫌いなひとの癖、殺したいひとの態度みたいなものは基本、変えられない。
無理に変えようと思うと、自然体とはほど遠い強引なやり方ばかりになる。



反対に自分の感情、習慣、能力、性別なんかは変えられる。



うまくいっていない関係は「相手が変わらないと、この関係は良くならん!」とお互いに思っているケースが多い。そして、「なんでやつは変わらないのか?」と愚問を繰り返している。


 
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これではコントロール権が自分に無いままだ。


「今、この状況を作っている自分の原因はなんじゃろう?」と考えられるようになるにはトレーニングがいる。

戦後の◯×思考法で教育されてきた僕らは、依存心が高くなる人間形成を促されている。

6+4=□というやつだ。イギリスの算数は□+□=10だ。

今生きているほとんどの日本人は、「用意された正解以外はすべて間違いだ」というシステムをずっと浴びてきている。

むかし、「雪が溶けたら何になる?」に対して「水になる」と答えた子は正解で、「春になる」と答えた子は不正解になるという話があった。


でも、後天的に主体性を身につけることはできると思う。
創造力が去勢されて、問題提起側に依存しまくった僕らでもやればできるのだ。

主体者意識が強いと気持ちが沈む時間だって、短くて済む。

反対に「あいつが変わらないとダメだ」は被害者意識、依存心をこじらせまくる初期症状にもなり、危険極まりない。

主体者的に生きるか、被害者的に、依存者的に生きるかで、他人の反応はずいぶん違う。

ひとはひとによって態度を無意識に変えるからだ。「誰しもに平等に」というのは意識レベルの話だ。

たしかに相手のせいにしておく方が楽だ。「自分が今できること」について考えるのはしんどい。

でもそうしないと、状況は好転しづらいのも、また事実だ。

最初はちょっとした腰の持ち上げだけなのだろう。たしかに少し面倒だが、歩み寄るってその程度の話だ。

そこをやるかやらないで、着地するところがずいぶん変わりそうだ。目の前にある苦痛は、意外と苦痛でもなんでもないのかもしれない。 
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「口ではうまいこと言うけれど信用ならぬやつ」ってひとがいると思う。大概の場合は行動が伴っていないからだ。


口であれこれ言うよりも、実際の行動の方がはるかに雄弁だと思う。
「俺は俺なりにがんばっている」と声高に叫ばれても、そう見えなければ見えない。人間は行動が見えないと、なんだか腑に落ちない生き物だ。


ラーメン屋のガンコ親父が「このラーメンにマジ命かけてっから!」といくら叫んでも、カップラーメンもどきみたいなものを出してきたら「は、はぁ、そうなんすか」としかならない。

心を動かすのはそれだけ難しい。これは僕がやっている「曲」や「ライブ」にもそのまま当てはまる。



仕事でも恋愛でもひとを見なきゃいけない場面が来る。

「こいつ信用できるのかな?」って場面だ。


「一緒に仕事しましょう!」も「付き合って下さい!」も一緒だ。本質的には「俺を信じてくれ。楽しませてやっから」ということだ。


 
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※タカギとボブ・マーリー


そのときにそいつの見分け方がある。それが行動だ。

立派なことを言ってたり、甘いことを言ってたら信じたくなるのは人情だ。腑に落ちなくても信じたくなる。「大丈夫かなぁ?」のまま進んでしまう状態だ。


「俺と仕事したら100億とかちょろいぜ」だの「中国にいっぱい土地持ってる」とかの言葉は魅力的だ。「君をずっと探してた」だの「一生大事にする」とかも同様に、信じたくなる。


でも、その発言をジャッジの基準にしすぎない方がいい。当たり前だけれど「口では何とでも言える」というやつだ。

実際にそのひとが何を今やっているか、どういう動きをしているかの方が、ソースとして信憑性がある。蓋を開けたら「全然あかんやん」ということがあるからだ。


反対に、あなたが、「ひとの心を動かしたい」となるときだ。受動者ではなくて、主体的に回るときだ。

そのとき、「行動」は一番信用してもらえるソースになる。


誰かの心を動かしたいとき、動かせるだけの行動をしていると、いろいろと自然になる。
している人間の言うことは、何だかすんなり聞けてしまうものらしい。反対に、自分ができていないことを調子良くのたまうと痛い目見そうだ。

スポーツや絵画でも、バーチャルとリアルでは伝わってくる迫力が違う。

口ベタだったり、スルスルっとひとと仲良くなれない僕らは「実際にやっている」が持つ説得力に、もっと依存して生きてもいいのかもしれない。
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昨日が水戸で本日が渋谷。
連日で告知されている公演。

たくさんライブをしていると、4,5本目のライブがパッと思い出せなくなる。

恋愛について言われる「男は名前をつけて保存、女は上書き保存」という慣用句があるが、まさしく上書き保存されている感覚だ。

もちろん4,5秒もらえれば思い出せる。
でも、「前回よりももっと良く」や「最新こそ最強」と心がけていると、4,5回も前ってずいぶん前になってしまうのだ。

「一本一本のライブを大切にしてやっていく」って、後生大事に思い出を愛でることではないらしい。目の前の一本に無我夢中で取り組むことみたいだ。

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僕たちならライブだけれど、仕事も勉強もスポーツも恋愛も同じかもしれない。

後生大事に守りに走ると、うまくいかない。
全量的なものが目減りしないように、守備志向に傾倒してしまうと負けてしまうらしい。

「昨日と同じぐらい」とか「昨日手に入れたものを失くさないように」とか考えると、縮小し崩壊を招く。

「リスクを取らないことが最大のリスク」は暮らしを豊かにする数少ない絶対的な摂理だ。
「うまくいくか保証の無い選択」に慣れておかないと、それこそ後からリスクになる。ニブくなる。

9.27発売の「あしたを面白く」というタイトルは気に入っている。リスクを取って面白くしていきたい。
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僕は都民だ。首都に住んでいる。「東京さ言ったら都会なんだろ?」とお思いかもしれないが、東京にもいろいろある。

昨日、白丸駅というところに行ってきた。

一日の乗降者数が都内最低の秘境駅だ。もちろん無人。でも都内は都内だ。

新宿から西武新宿線に乗り込み終電の拝島を目指した。平日の昼ということもあり、車内はガラガラ。

途中、玉川上水駅があって少し感動。
ここで大宰が死んだのかと思うと、時を越えた気分になる。
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青梅線に乗り換えて奥多摩線に乗り換える。何故かドアの開閉がボタン式だった。自分で開けて自分で閉める。何故だろう。

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到着。新宿から二時間かからないぐらいだろうか。

屋久島やキュランダなどいろいろ見てきたが、ポイントはここが都内だということだ。都内でコレはすごい。
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駅には人間もいないし、乗り越し精算が出来ない。

ICカードの残高が無かったら後日自己申告らしい。チャージしといて正解だった。

奥には自殺志願者へ向けたスパイシーなメッセージでお出迎えだ。
どうでもいいが、「気づいていのちの大切さ」の心に響かない感じには改善の余地がある。

降りて歩くも、とにかくひとがいない。
いろんな秘境に行ったし、山も登ったがここまでひとがいない場所に行ったことは無かった。

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これ多摩川なのだ。
小田急沿線や京王沿線に住んでいるひとからしたら衝撃だろう。

汚くない緑だった。

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地獄への入り口みたいなトンネル。真ん中だけ洞窟のままだった。理由は知りたくもない。

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民家が一応あるが、ひとの気配はしない。
左に映ってるパイプみたいなのがカッコよかった。巨大な配管とかカッコいいよね。

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東京都と書いてある。MIYAKOの定義が難しくなってくる看板。歩いて奥多摩駅を目指す。

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到着。終電だけあって、栄えている。

「気が晴れぬ。新宿からできるだけ遠くに行きたい」と思ったのだが、いい遠さだった。座標軸の距離以上に都会との距離を感じられた。

都会で生きるのが嫌になったら白丸で生きるというやり方もある。
「振り下ろさない手段」を持ってると持ってないとでは、心の余裕がずいぶん違う。

国連での核保有国の発言が通りやすいのと同じだ。「最後の手段」が自分の「最初の手段」を押し上げてくれたりもする。


中島らもの命日らしい記事を書こう。

アル中だなぁと思う。そう、絶賛アルコール中毒なのだ。

飲みまくっているアル中ではなくて、飲んでいないアル中だ。


もう1年以上もやめているのに、酒が飲みたくて仕方ないのだ。この感覚って普通に怖い。「油断すると手を出してしまうものがある」って恐ろしい。正直、人間として比較的危ないところに位置している。


薬物中毒は精神依存から身体依存にフェーズが進むと、一生抜けられなくなるという。果たして僕はどの段階なのだろうか。


もし身体依存に片足を突っ込んでいるなら、「もう飲まない方がいいで」という段階なのかもしれない。


現状、深刻な段階なのであれば、別に全然それはそれでいい。諦める。酒だって一生やめてもかまわないのだが、単純に自分がどうなのかを知りたい。


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元々「適度なレベルでやめておく」ができなかった。


美味くもないのに手放せなくて、ずっと飲んでいたツケが回ってきたのだろうか。


「飲んでいないのに急遽飲みたくなる」ってなんだか業の深さを感じる。



そういえば飲みだした年齢は早かった。飲酒キャリアがわりとひどいんだった。

学生のときは、飲みたくて仕方ないとき、タオルに消毒用アルコールを吹きかけて吸い込んだりしていた。



「ほどほどに楽しむ」ができない人間は手放すしかない。中毒ってそういうものだ。減らすが通じないときは「断つ」しかない。


「なんで酒やめたの?」とたまに聞かれる。



「アル中だからだ」



という答えが一番正しい気がしてきた。「バスケットマンだからだ」みたいだ。


アル中に関して詳しいひとがいたらいろいろ教えてほしい。

ぶっ壊れるほどの強度の運動でかき消そうとしている。「性欲はスポーツで発散しなさい!」という保健の授業ぐらい無理やりなロジックだ。効果はあるけれど。


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