月別アーカイブ / 2019年03月

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先日ビートハプニングというイベントでデッカちゃんがDJをしてくれた。私がゴイステや銀杏が好きなのを知っているからかすごく銀杏やゴイステをかけてくれた。
お笑い芸人や音楽は素晴らしい。お笑い芸人や音楽は人を孤独にさせないから素晴らしい。
私が中学生の頃は"エンタの神様"や"あらびき団" "はねるのとびら"お笑い全盛期だった。
私はテレビを観た翌日は学校の友達と芸人の話や音楽の話をしたんだ。ひたすらね。あの時間は本当に楽しいし今でも芸人の話や寝る前に聞いた面白かったラジオ、音楽の話をするのは大好きだ。
私が色んな音楽を聴いたり、もっとたくさんの芸人を知るきっかけを作ってくれた男の子がいたんだ。彼はね凄く色が白くて細くて背が高くてバスケ部でめっちゃくちゃ大人しくていわゆるサブカルが好きな男の子。
休み時間になると永遠に芸人の話や音楽の話、漫画の話をした。どもりながらボソボソ話してくれたんだ。
彼は名前が少し変わっていたんだ。ほんの少しね。私はちっとも違和感なんてなかったけど、数人のいじめっ子は彼をバカにしてた。
黒板にデカデカと彼をバカにするようなことを書いていた。彼はただ『悔しい。屈辱だ。』なんて言葉を漏らしながら黒板の文字を消していた。私も悲しかったから一緒に消した。
毎日夜な夜な彼とメールをしていたんだ。
どの先輩とヤッたとか、元彼に根性焼きされたとか、今好きな音楽とか漫画とか好きなテレビの話とか。
彼は私とメールすると元気でるとか言ってた。そんなに彼氏に酷いことされても生きてるとかすごいとか!
バカにしてるんだから褒めてるんだか。笑

私は中学2年以降ちゃんと起きれた日なんてなかった。親もわたしを構う暇なんて無かったし、昼前にチャリで登校してチャリを近所のマンションの駐輪場に勝手に置き、学校に着いたら漫画を読みながら教室の一番後ろの窓側の席で携帯をぽちぽちいじっていた。
でも誰にも迷惑をかけていなかったし学生生活で人を困らせたこと。と言えばスカートが鬼短くパンツ丸出しで男の子を困らせてたことくらいしかなかったので先生達も怒らなかった。

ある朝彼から空白メールが届いた。わたしは、なんだ。間違いメールか。と思い気にせず学校に途中から行った。登校しても教室に彼の姿はなかった。
クラスメイトは今日休みだねなんて話してたな。
私は『あっなんかメール来てた空メールだったけど』
とクラスメイトに言った。
昼前に緊急下校になった。
帰りに職員室のある廊下を偶然通ると担任の教師が頭を抱えているのが見えた。
ふと嫌な予感がよぎり彼の家まで走った。
彼の家の前にたくさんの警察や消防車救急車が居た。今でもあの光景が頭にこびりついている。バカな私でも状況が分かった。どんなにバカでも状況が理解できてしまった。
自分の部屋で震えていたら彼が自殺したという情報がもうクラスに回っていた。
クラスメイトから『今日空メール来たって言ってたよね?あれ空メールじゃないかも』って連絡が来た。
急いでもう一度メールボックスを開いた。
メールは空メールではなくものすごく下を押しまくると『もう死にます。最後にあなたと〇〇ちゃんと〇〇ちゃんのことが好きでした』
というメールだった。実際にはもっと長文だった。
きっと私が携帯を学校に持ち込んでたのを知っていて最後に助けのメールだったんだと思う。
もし私が気付いたら助けてもらえるって最後の彼なりの賭けだったんだと思う。
彼は死んだ。彼の家はすごく大きかった一軒家で中庭もあった。バスケ部だからか中庭にバスケットゴールもあった。
皮肉にも彼はバスケットゴールに制服のベルトで首を吊って死んだ。
第一発見者のお母さんから聞いた話だ。

彼が死んでから私は相談を彼から直接受けていた。いじめを目撃していた。という理由で、警察にほぼ毎日事情聴取をされた。
誰がいじめてたとかどんなメールが来たかとか根掘り葉掘り色々聞かれた。学校側には毎日カウンセリングを受けさせられた。親には精神科に通わされた。
誰かがあなたのせいじゃないよ。いじめてたやつが悪いんだよ。と言っても私は今でもメールに気づけなかった自分のせいだと思っている。
彼のお母さんは黒板の悪口を消してくれたり毎日メールをしてくれたりありがとう。と私に言ってくれた。それだけが救いだった。
そして、お線香をあげに行くたび彼のお母さんといろんな話をする。

誰かが死んでしまっても時間というのは進んでしまうもので。彼が亡くなってからも時代は進み漫画や音楽お笑い私自身も変わった。

彼が大好きだった浅野いにおのおやすみプンプンは完結した。私が中三の頃、彼から教えてもらったおやすみプンプンはまだ途中だった。彼はプンプンと自分を重ねていたと思う。
だからと言うのはおかしいけど、私は浅野いにおの漫画が大好きだけど大嫌いだ。あんなもの根暗やメンヘラ製造機だ。何が愛子ちゃんだ。プンプンだ。最後に愛子ちゃんが首を吊って死ぬシーンで浅野いにおを恨んだ。心底恨んだ。

彼と一緒に聞いていたRADは人気アニメの主題歌を歌うようになっていた。誰にも端っこで泣かないようにと君は地球を丸くしたんだろ?って歌が代表曲だったがその代表曲も変わってしまった。


あと色んなお笑い番組が終わってしまった。
テレビからYouTubeに移りお笑い芸人よりもYouTuberなんてものが流行るようになってしまった。





私は彼と楽しんだ中学を卒業し、高校も無事入学卒業ができ、看護学校に入り卒業して看護師になった。そして彼も大好きだった音楽もはじめた。
彼の好きだったデッカちゃんともライブができた。すごくすごく嬉しかった。
まだまだ先かもしれないけどいつか彼が好きだったバンド達とも一緒にライブができる日が来るかもしれない

死ななければ自分の努力次第でどんな景色だってどんな未来だって手に入れられる。漫画の続きだって読める。私もよく自殺未遂をするけど彼が亡くなった時のどん底の悲しみや彼の親のことを思い出すとなんとかとどまれる。
死にたいときは自分の好きな音楽お笑い漫画を思い出してほしい
イヤホンを耳にぶち込んで脳が溶けるまで音楽を爆音で聴いてほしい。
お笑い芸人を見て顎外れるまで笑ってほしい。
漫画を読んでたくさんの世界を知ってほしい
そしていつか、なんでもいい。
音楽やお笑い漫画のように生産できる側になってほしいそして色んな人を救ってほしい
若い時に死ぬなんてしなくていいんだそんな消費しなくていいんだ。
生きてたらきっと自分の好きなバンドや芸人と同じステージに立てることだってある。
そして色んな人を救える。希望を捨てちゃだめだ
もちろんおじさんたちも。何をやるにも遅いなんてない。きっとない。
学生の君たち!いじめられて困ったら喧嘩のやり方や口喧嘩のやり方やられたらやり返す極意を教えてやる。
そして私がたくさん鼓膜破けるまで君の隣で歌ってあげる。
何があっても負けちゃダメだそして誰かを守る大切さも忘れないでほしい。
困っている人がいたら助けてあげなね。助ける勇気はのちに度胸に変わるよ。
私も死なない。みんなにまだまだ色んなこと報告したいからね。新曲だよ。〇〇と対バンだよ。遠征行くよ。とかまだみんなに報告したいことあるもん。だからお互い生きようね。

彼が生きていたら彼はどうなっていたんだろ
私は彼のような子達を救える音楽できてますか

ごめん番外編中学日誌を一旦とりやめ
明日にでも書きます(^◇^;)









学校に行けてない中高生、会社に行きたく無い社会人お金のことで悩む人間恋愛で悩む人間生活できるか心配な人この先働けるか心配な人音楽で売れるかわからないとか心配な人とか

大丈夫。大丈夫。
あなたが自分に勝てるような人なら大丈夫
一歩踏み出して色んなことやってみないとわからないしその一歩で人生変わると思うよ
やらなきゃわからない行かなきゃわからない
取り敢えず悩むなら行動してみよ
わたしもがんばるからさお互い頑張りましょうね
あと音楽ねみんな悩むしわたしも悩むきっと大丈夫。作り続けてればいいのできる
辛くなったらDMでも送ってちょうだいね
どんな悩みも聴くよ 
打開策一緒に考えようね大丈夫大丈夫

そんな幸せな中学幕開けをした椎名さん!いや!学校は地獄でした!地獄!地獄!
勉強ができなさすぎてほんとに毎日居残り勉強したり、スカート短くすると先輩にボコられたり、いやぁ足立!怖すぎる!
でも私は見つけちゃったよね。あの、校庭と体育館とプールだけがバカでかくてなんだか切なくて悲しくなって孤独を知ってしまう学校というブラックホールの中で楽しみを見つけてしまったんだ。
部活に入ったんだ。ソフトボール部。
校庭をぐるぐるね、
〇〇中〜ハイオー!ハイオー!ハイオー!って掛け声かけながらグラウンドを爆走りしてるバカげた姿に無いちんぽがおっ勃ったんだ。
こんなバカな集団がこの世にあるのか?って
もうドキドキしたよ。清原女版みたいな選手になるんだって校庭の砂利をだっさい靴ですり潰しながら誓ったよ。
そこから部活にすぐ入った。先輩はマジで可愛くて有名なギャルばかりでものすごく嬉しかった。
メイクも恋もソフトボールも先輩たちに教えてもらった。
私は一年で基本ベンチ。ポジションは足が速かったのでセンター。運動神経が悪くって、動いているボールが見えなく基本バント左打ち。そして盗塁だけはお得意の猿女だった。

部活のギャルの先輩とひっついてばっかりの私だったけどある試合で変わった。
区大会の夏の試合だ。あの日あの先輩よりかっこいい先輩をまだ見たことない。そしてあの先輩に一つのことに熱心に打ち込む姿勢を教わったんだと思う。人は本気の目をしている人に釘付けになっしまい夢中でその人を見てしまうんだと思う。

真夏の暑い日、照りつけるようなバカな太陽の下私達ソフト部(私はベンチ)は塩を舐めながら試合をしていた。土日の朝からバットやボールを背負いエナメルバックのショルダーにこっそりと携帯や制汗スプレーを忍び込ませバスや電車を乗り継ぎ試合に挑んでいた。もうその時点で疲れてるっつうーの!
そんな中、試合をやっている先輩に冷めた目を向けベンチから早く帰りてえなという気持ちで応援歌を歌っていた。
私がぼーっと感情のこもっていない応援歌を歌っている間に大接戦が行われていた。大事なことは大体ぼーっとして知らないうちに繰り広げられている。
なんと知らない間に最終回こちらが守りきれば勝ちという大接戦になっていたのだ。
が、しかしもう試合途中にピッチャーはボロボロであった。ほぼ熱中症のような感じで保冷剤で身体を冷やして試合をしているという状態だった。
私はウーン途中でピッチャー交代かな?という気持ちで見ていたので最後までやり遂げようとしている姿勢に、心底びっくりした。おったまげ。目から鱗だ。
彼女はしんどいという弱音など吐かずにただ黙って保冷剤で体を冷やし黙って投げ続けていた。
そう。ずっと黙って。球に精一杯の力を入れて。
相手にぶち込んでいたんだ。
私は彼女の横顔を、マウンドに立ち豪速球で投げるあの姿を忘れることはないだろう。
アウトーっと審判の声が真夏のグラウンドに響いた。彼女は守りきったのだ。自分のそのマウンドから投げる球で勝利守ったのだ。
わたしはそれから彼女と仲良くなり彼女の中学卒業までほぼ2人でくっついて部活を楽しんだ。
彼女のことを、あの試合ですごく人として好きになった。

そして彼女が卒業と共に私はソフト部をやめた。

今はどうしているかわからない。
自分のマウンドから投げる豪速球で、自分の手で、勝利を守りきった彼女も今はただのOLかもしれないただの主婦かもしれない。
彼女はほんとにソフトボールの選手になりたいと言っていて、他のギャル先輩たちと違ってたからもしかしたら選手になってるかもしれない。

何もわからない。が、きっと彼女は今もストレート直球ど真ん中の正直さ、真面目さ強い気持ちで生きていると思う。
それでいい。それだけでいい。


私はたまにライブ前に彼女があの真夏のグラウンドでがむしゃらにそして真剣に豪速球を投げていた姿を思い出す。
その記憶を胸にステージに向かう。

そんな試合を見たくらいで人生変わらないと思われてる方もいると思う。けど私はいろんな出逢った人見た光景が積み重なり大きなものになっている。財産だ。どんな人もわたしの生きる上での力や支えになっている。


小宮さん、またいつかどこかであなたに会える日が来るといいな。あなたが泥だけでボールを投げていた姿を思い出すだけで。思い出すだけで、力が湧いてきます。わたしもできる。って思えます

もし会えたらまたキャッチボールやりましょう。

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