月別アーカイブ / 2019年01月

1月29日の夜8時過ぎに、業者さんに来ていただき、にゃんこさんと無事最後の…というか暫しの永いお別れをして参りました。
よくよく詳しく聞いたら写真や手紙も🆖が出てしまったので、それは残念でした。
何ぶん初めてで、わからないことだらけだったので、独自にネットでも調べたりしたんですが…情報を鵜呑みにしすぎてました。



火葬場に行くわけではなく、普通のワンボックスカーの車内で、発電機を使って火葬をさせていただいたのですが
我が家は住宅街の中のマンションなので、庭があるわけでもなく…ご近所のご迷惑にならない場所の確保が一番の課題でしたが、業者さんが昼間にご近所の他のマンションの依頼で、本当に我が家のすぐ近くまで来てくださっていたおかげで、スムーズに場所の確保ができました。
その場所自体は普通のコインパーキングなんですが、
私達姉妹が小学校に入学した頃まで住んでいたアパートに面した場所で。
あぁ、この子はきっと自分の亡くなるタイミングから火葬をする場所まで、全てをセルフプロデュースしていたのかなぁと思わざるをえなくらいでした。

体重や年齢の割には骨がしっかりしていますね、とは病院でも言われていましたが…火葬してお骨を拾う時に業者さんにも、「体重や年齢の割に骨太な子ですね」と言われました。
そのくらい骨がしっかりと残っていました。

骨は本当にうんと先の将来的なことも考えて、よくある骨壷ではなく、骨をパウダー状にしていただいた上で、納めさせていただきました。
Jga7QZkPOf.jpg

小さな爪や歯、指の骨は、小さなカプセルに入れてもらいました。
_var_mobile_Media_DCIM_117APPLE_IMG_7317.JPG


これから、にゃんこさんの姿や声が見聞きできない日々が約20年ぶりに始まって、本当の意味で辛い・悲しい・寂しい時もあると思いますが……
にゃんこさんが天国で安心して見守っていられる、そんなプライベートと仕事を両立できる日々を過ごしていきたいと思います。


会社の方々の、というか…次長のご理解とお気遣いもあり、私自身は本当に何も後悔なく、一緒の時間を過ごして、暫しの永いお別れをすることができました。

一夜明けて。
本音を言えば、火葬が終わるその日まで仕事を休んでそばについていたい…けれど、会社にご迷惑をおかけするわけにもいかないですし、何よりこれまで通りが一番だと思い、体調には問題なかったので出勤しました。

ただ明日・火曜日は早めに出勤して早めに帰宅して、夜の火葬までの時間を過ごしたいと思い、
次長に事情を話して、明日の勤務時間の変更をお願いして、了解をもらいました。
「明日の出勤時間を1時間繰り上げて、10時〜16時にしたいんですが…」と言っただけで、「猫ちゃん?」と察してくださり、事情も全て把握した上で快く了解してくださった次長には感謝です。

飼い主が親バカだったので、本人(本猫?)の知らないところで、意外に有名人だったからか
社内で親しい人にも、かなり気にかけてもらいました…私のメンタルまで。

こんな日が来ることを、ずーっと心の準備はしていたつもりだったんですが……
仕事中もふとした瞬間に
もう鳴き声は聞こえないのか…
ご飯やお湯を欲しがる姿もないのか…
あんなに悪戦苦闘していた血糖値の測定も、長年やっていたインスリンの注射もやらなくていいのか……と心に穴が空いたように思ったりしながら仕事をこなしていました。

率直な気持ちとしては、入退院を繰り返していても、いつも周りの私達家族や先生方の予想の斜め上をいく回復を見せてくれていたので、"まだ長生きできるはず…"と期待を込めて思っていました。
しかし今回の入院だけは《これまでと違う》ということが日を追うごとに突きつけられ、厳しい部分が多々あり、目には見えない脳の様子にやきもきさせられることもたびたびありました。
それでも先生からも事前に、『寿命が…最期が近づいているのかも知れません』とお話はあったので、『そろそろなんだな…もう長くはないんだな…』という気持ちは、複雑ながらもぼんやりと抱えていました。

昔から家族の誰かが泣いていたり、家族喧嘩をして騒いでいると、敏感に反応して、『大丈夫?』と寄り添う子だったので、もしかしたら自分が亡くなる時に、私達家族の泣き声を聞いたり、泣き顔を見たくなかったのかな…だから私達が到着する前に息を引き取ったのかな…と改めて思ったり。

母の一部仕事仲間の方にも有名?だったので、母は母で仕事先で報告したそうなんですが……
『○○さん、報告した途端に泣いちゃったよ』
とは母談です。
……サラちゃん、キミの知らないところで実はたくさんの人がサラちゃんを知ってたんだよ。
いろんな人が亡くなったサラちゃんのことを想ってくれてるんだよ。
母が、昨日は不在だった担当の先生にも、改めてご挨拶へ伺ったところ
『サラちゃんは、
本当によく頑張りました。
自慢して良いと思います。
褒めてあげてください。』
と言ってくださいました。
亡くなった原因は複数あるとのことでしたが、恐らく一番の要因は老衰でしょう…とのことでした。

今日は、久しぶりに一緒に寝ます。
(昨日は妹の横で一緒に寝てたので、順番です)


今日、1月27日・日曜日の午前10時半過ぎ。
家の固定電話が鳴り響きました。
慌てて受話器を取ると……
動物病院から
『容態が急変しました!すぐ来てください!』と獣看護師さんの慌てた声。

すぐに両親にも連絡をとり、パジャマに上着を着込み、妹とタクシーで駆けつけました。
到着すると、『2階で処置中です』というので階段を駆け上がると、にゃんこさんがいました。
サブで診てくださっていた先生が
『残念ながら…先ほど10時50分に、呼吸も心臓も共に停止しました』と。
静かに穏やかに息を引き取り、天国へ旅立っていました。
19歳と4ヵ月でした。


明日退院させる予定でいて、最期は家で迎えさせるつもりで、いろんな準備をしていましたが…入院中の病院で容態が急変し、そのまま最期を迎える形になりました。
勿論毎回入院のたびに、入院中の容態急変のリスクは聞いていましたが、最期は病院側の予想以上に容態悪化のスピードが早かったと説明を受けました。
延命措置はしないで欲しいと、以前から強く望んでいたので、苦しむことなく、眠っているかのような、穏やかな表情でした。
どんなに場数を踏まれているはずの先生でも、目を赤くされていたのが、印象的でした。

日曜日という、平日よりも家族全員が最期にすぐ駆けつけられる状況で亡くなったのは、きっとそういう事情をわかっていたのかも知れません。
最期までお利口さんな子でした。

糖尿病・腎臓・肝臓・心臓と悪く、この1年あまりは入退院を繰り返し…メインとサブの先生、退職された先生方や看護師さん達にも本当に可愛がっていただき、感謝しかありません。
『この状態でもっと早くに亡くなってしまう子もたくさんいる中で、ここまで長生きできたのは本当に奇跡だと思います。
それだけ生命力の強い子だったんだと思います』
と先生からも言われました。
最期の最期まで、強い生命力のかたまりだったんだと思います。

眠っているかのような亡き骸であっても、毛並みもよく、歯もしっかりしたままです


手つかずだったり、余ったままのご飯、シート類は全て、後日病院やその他施設へ寄付する予定です。
余ったインスリン、注射器などは後日病院へお返しします。

いつまでも亡き骸をそばに置いておきたい気持ちはあるけれど…そういうわけにもいかず。
辛い作業でしたが、火葬業者さんをネットで探して、連絡をしました。
火曜の夜には、火葬します。
最後に家族全員が立ち会って、お骨を拾ったりできるように考えた結果です。
本当は、初めて家に連れて来た時のかごに入れて使っていたクッションなどの思い出の品も一緒に火葬してあげたかったんですが…残念ながら、業者さんからNGが出ました。
写真はOKが出たので、天国でも寂しくないように、私と妹との3shotを何枚か探しておきました。



サラダちゃん
今まで本当によく頑張ったね、偉かったよ。
19年間、たくさんの思い出をありがとう。
うちに来てくれて、家族の一員になってくれてありがとう。
大好きだよ。

_var_mobile_Media_DCIM_117APPLE_IMG_7305.JPG

↑このページのトップへ