美術市場においては「売れる」というのは重要な尺度だ。
だが、言うまでもなく売れる事が全てではない。

日本はアートに関しては後進国だというのは僕だけではなく多くの人間が認識している事だ。
日本には多くの素晴らしいコンテンツがあるし、あえて小難しいアートで首をかしげる必要も無いと考える事もできる。

だが、美術の枠では測れない、素晴らしいアートやアーティストが日本にはいて、そういった人々に光が当たらず、創作を継続するのが難しい事は残念でならない。

H君という車椅子で生活する青年と僕は関西でのライブペインティングの際に知り合った。
それがきっかけで彼の作品にささやかな指導をさせてもらっている。
だが、それは一方通行なものではなく、彼の作品を見るたびに僕にとって大きな気づきがある。

彼の制作スタイルはデッサンだ。画面の隅から隅までを白と黒との強烈なコントラストで描き出す作風は力強く彼独特のものだ。
だが作品の力強さとは裏腹に、彼自身が抱えている障害から普通の鉛筆を握る事が出来ない。
特別製の鉛筆ホルダーに鉛筆を差し、それを使って描くのだ。
筆と違い幅広く塗るために刷毛などを使えない鉛筆での作業は非常に根気のいる作業だ。
画面全体を塗り潰す労力は健常者だったとしても容易いものではない。

そんな彼が自身を見つめて描いた作品が以下のものだ。
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あるコンクールに向け描かれた作品だ。
僕はこれを見て鳥肌が立った。
障害を持った人々は、時にメディアによって綺麗に漂白され、非常にステレオタイプな描かれ方をする事がある。

今回のH君の作品は、そういった月並みな僕の障害者に対する視線を許さないものだった。
強烈なプライドと執着と情熱が、作品からは溢れていて、感動という言葉では表せない、ある種戦慄に近いような心の震えを僕にもたらした。
これはアートだ。
直感的に僕は思った。
だが一方で、これだけの
生々しい作品をマネタイズする方法が今の日本にはあるのだろうか?とも感じた。
多くの気づきを与えてくれる彼の作品を許容する力が今の日本美術市場にはないと僕は感じる。
美術の枠を超えたアート市場が活性化する事が必要だ。
今後も彼の作品を僕のブログで紹介させて頂ければと考えている。
僕の力はまだまだささやかではあるが、彼のような情熱的で野心的なアーティストが生きれる業界にしていきたい。
そう考えている。
HP↑

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