僕物語24

リーマンショック中に作品が完売した事で、認知度は上がった。
だが僕は信用していた人間に裏切られ、全身全霊をかけて描いた作品自体も否定されたような気持ちに支配された。
筆を握る気持ちにもなれず、頭は霞がかったようにぼんやりしていた。
制作依頼は方々から来ていたが、体と心はそれに従ってくれなかった。
個展の前に決めていたニューヨークでの取材のスケジュールが年明け早々に待っていた。
真冬のニューヨークは恐ろしく寒く、辛かった。頭の霞は相変わらずで、眠く、寒く、それらを触り払えないことに対する自己嫌悪、という悪循環に陥っていた。
ある日、セントラルパークに隣接するメトロポリタン美術館を訪れた。
19世紀アカデミー絵画の作品が並ぶ部屋にフランスアカデミックの代表作家ウィリアム・ブグローの「母子像」が展示されていた。
ウィリアム・ブグローは僕が最も尊敬する画家だ。
ぼんやりとする頭でぼんやりと作品を眺める。
どれほど時間が経ったのだろう、自分がその作品に魅力されている事にふと気がついた。
細部の描き込みを食い入るように見ている自分がいた。
僕はまだ絵を描く事が好きで、絵を描きたいと感じていた。
頭の霞は消えていた。

ニューヨークでの取材を元に描いた作品「ベーグルとマフィンと睡眠を-3度で割った場所」は白日会という公募展でギャラリーの協賛する賞を受賞することになる。

僕は自分の作品を手元に置きたいとはあまり思わないが、その作品だけは手元に残しておけばよかったなと少しだけ後悔している。

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美術市場においては「売れる」というのは重要な尺度だ。
だが、言うまでもなく売れる事が全てではない。

日本はアートに関しては後進国だというのは僕だけではなく多くの人間が認識している事だ。
日本には多くの素晴らしいコンテンツがあるし、あえて小難しいアートで首をかしげる必要も無いと考える事もできる。

だが、美術の枠では測れない、素晴らしいアートやアーティストが日本にはいて、そういった人々に光が当たらず、創作を継続するのが難しい事は残念でならない。

H君という車椅子で生活する青年と僕は関西でのライブペインティングの際に知り合った。
それがきっかけで彼の作品にささやかな指導をさせてもらっている。
だが、それは一方通行なものではなく、彼の作品を見るたびに僕にとって大きな気づきがある。

彼の制作スタイルはデッサンだ。画面の隅から隅までを白と黒との強烈なコントラストで描き出す作風は力強く彼独特のものだ。
だが作品の力強さとは裏腹に、彼自身が抱えている障害から普通の鉛筆を握る事が出来ない。
特別製の鉛筆ホルダーに鉛筆を差し、それを使って描くのだ。
筆と違い幅広く塗るために刷毛などを使えない鉛筆での作業は非常に根気のいる作業だ。
画面全体を塗り潰す労力は健常者だったとしても容易いものではない。

そんな彼が自身を見つめて描いた作品が以下のものだ。
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あるコンクールに向け描かれた作品だ。
僕はこれを見て鳥肌が立った。
障害を持った人々は、時にメディアによって綺麗に漂白され、非常にステレオタイプな描かれ方をする事がある。

今回のH君の作品は、そういった月並みな僕の障害者に対する視線を許さないものだった。
強烈なプライドと執着と情熱が、作品からは溢れていて、感動という言葉では表せない、ある種戦慄に近いような心の震えを僕にもたらした。
これはアートだ。
直感的に僕は思った。
だが一方で、これだけの
生々しい作品をマネタイズする方法が今の日本にはあるのだろうか?とも感じた。
多くの気づきを与えてくれる彼の作品を許容する力が今の日本美術市場にはないと僕は感じる。
美術の枠を超えたアート市場が活性化する事が必要だ。
今後も彼の作品を僕のブログで紹介させて頂ければと考えている。
僕の力はまだまだささやかではあるが、彼のような情熱的で野心的なアーティストが生きれる業界にしていきたい。
そう考えている。
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ある画家の僕物語23



画家とギャラリーの画料の配分のルール、あなたはどのくらいを想像するだろう?

恐らく、今あなたが考えた取り分よりも作家の取り分は驚くほどに少ない。

最初にギャラリーと取引を始めた時に一番驚いたのはそこだ。



現行のギャラリーと作家の分配比率は制作者に対しての正当な対価と言えるのか?今でも僕の中で燻っている疑問だが、当時の僕はそこに付け込まれた。



プロになり1年ほど経った頃京都の新興ギャラリーに声をかけられた。

オーナーは「若手作家の助けをしたい」と言い、驚く程好条件を提示してくれた。

早く画業一本で生活したいと焦っていた僕はその話に飛び付いた。



最初はうまくいっていた。

相変わらず作品はよく売れ、その都度約束されていた画料が支払われた。



2008年3月、卒業を直前に控え、同年10月を予定したに大きな個展の話も舞い込んで来た。

全ては順調に回り始めたように思えた。



しかし9月、全ての事態は一変した。

「リーマンショック」

世界経済が完全に麻痺し、その波はアート業界も飲み込んだ。



多くのギャラリーが倒産に追い込まれた。

そして京都のギャラリーもその一つとなった。



10月の個展を前に、ギャラリーの資金繰りが行き詰まっている事は僕の目にも明らかだった。

だが既に作品の大部分は引き渡し済みだったし、初の個展を成功させたい気持ちもあった。



どこかでブレーキを踏む事は出来たのか、今でも時々思い返すが、結局当時の僕にはその選択は出来なかっただろう。

個展は大成功だった。

リーマンショック直後にも関わらず作品は完売し、美術業界では大きなセンセーションとなった。

だが個展会場にオーナーの姿はなく約束されていた画料は一銭も払われる事無くオーナーとの音信は途絶えた。

初個展で全ての売り上げを持ち逃げされた事実を受け入れ立ち直るには23歳の僕にはそれなりの時間が必要だった。



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