ある画家の僕物語16

ギャラリーを訪ねたのは懇親会から数日経ってからの事だった。

もらったDMの住所を頼りにギャラリーに向かう。
銀座のギャラリーと言っていたが、住所どおり辿りついた場所は東銀座の端の端、銀座らしさがちょうどなくなり始めたくらいに住所にあった雑居ビルの名前を見つける事が出来た。
無数に存在する銀座の古びた雑居ビル。
その中でもかなり年期の入ったビルだった。ボルドー色のエレベーターのドアはところどころ錆止めが塗り直してある。

映画のワンシーンなら確実にこのあと何らかのトラブルに巻き込まれる予感が漂う光景だった。

恐る恐るエレベーターに乗りボタンを押すと、古いエレベーター特有の愛嬌のないスピードと騒音で扉は閉まった。
けたたましい音の割に遅い動きに、次からは階段を使おうなどと思っていると指定の階に到着した。
エレベーターから降りると「ギャラリーN」と小さく刻まれたガラス張りのドアが目に入った。

小規模なギャラリー故だろうか、扉は自動では開かない。
何となく、自身の意思を試されているような気がした。 「自分の力で開けてこい」

古びたドアの取っ手に手をかけ、僕は静かにギャラリーNに足を踏み入れた。

薄暗くて広いとは言えない室内に70〜80センチ間隔で作品がかかり、スポットライトが当たっていた。
室内には人の姿は見当たらない。
少し待ったが人がいる気配はやはりない。

壁にかかっている作品に少し近寄ってみる。

それぞれに作品情報のキャプションが添えられていて、タイトルと価格が記載されている。
何点かは価格の上に赤い丸シールが貼られている。

直感的にそれが売れた事を意味するのだと理解した。

作品に値段が付き、それが人の手に渡って行く。

薄汚れた銀座外れの雑居ビルの一室だとしても、ここはそうゆう世界なのだ。

僕が踏み入れた世界は紛れもなくプロの世界の入り口だった。

しばらくすると例の怪しげな画廊主が戻ってきた。 「あら、来てたの」

と言って彼女は再び事務所の中に姿を消した。

なんだか不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫みたいなおばさんだな。
そんな事を思ったけど、結局その事を伝える事は勿論無かった。

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ある画家の僕物語15

銀座には無数に画廊やギャラリーが存在する。
正直プロの画家をやっていてもその全てを把握するのは難しく、よほどのマメなコレクターでなければ、なかなかその全体図を描く事は出来ないだろう。

ここで、少し日本の画廊やギャラリーの仕組みを説明する。

日本には大きくわけて3種類のタイプの画廊、ギャラリーが存在する。
1レンタルギャラリー、貸し画廊
2委託ギャラリー、画廊
3買取ギャラリー、画廊

それぞれの間に明確な境界があるわけではなく、それぞれ順にグラデーションで繋がっている。

1 レンタルスペースと言い換える事も出来る。
基本的に積極的な営業活動をすることはなく、場所貸しの賃料が主な収入源で、未だに銀座で大層な名前がついた貸し画廊は沢山ある。
何も知らない美大生や画家を夢見る人が高い賃料を払い展示をするが、極めて稀な例外を除けばそれによって何かが動き始める事は稀だ。
想い出作り以外で貸し画廊で展示をする意味は僕は特に思いつけない。

2 若手の登竜門であり、若手が最初にアプローチすべき場所。
前述のように1.2.3はそれぞれがグラデーションで繋がっているので、貸し画廊もしつつ企画展示を委託販売でやる画廊も多い。
1との明確な違いは1は殆どの場合顧客リストのようなものがなく、販売面は作家に依存するのに対し、2はそれなりの数の顧客リストを持ち販売活動も積極的に行う傾向にある。
若手の登竜門でもあるため、低価格〜中価格帯の取り扱い作品が多く、新たにアートコレクションを始める事を考えている人にとっても割合アプローチがしやすい場所でもある。
新規顧客は常に歓迎なので、気さくに対応してくれる画廊は多い。

3 日本の美術市場で作品を販売するのであれば辿り着きたい場所。
取り扱い作品を全て買い取るというリスクを画廊が背負ってくれるので、作家としては収入の算段が立てやすく、制作に集中出来るとい意味では安定する。ただ画廊がリスクを抱える以上、作家は常に結果を求められる傾向が強い。
大体の場合、自社の画廊で展示をすることは少なく全国の百貨店の美術画廊を主戦場にしている。
独自の顧客リストも多数所有しているが、それ以上に全国の百貨店のVIPに作品を納める事が多く、扱う作品は殆どの場合中価格〜超高額だ。

まさしく敷居の高い画廊のイメージそのもので、基本的に僕も用が無ければ自分から近づくことは無い。

話しかけてきた怪しげな女性は2に位置する画廊の経営者で、僕の作品に興味を持ったらしく 「あなたの作品なかなか良いわよ。
うちで展示考えてもいいから、是非一度遊びにいらっしゃい」

そう言って僕に名刺に加えて現在開催中らしい展示のDMを僕に渡すとまた誰か知り合いでも見つけたのかふらりと人混みの中に消えていった。

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ある画家の僕物語14



入選通知が届いてから公募展初日まで、どうやって過ごしたのかはほとんど覚えていない。ただ、自分の作品が大学の外の物差しで測られ、そして評価されたという事がただただ嬉しく誇らしく、それはそれは天狗になっていたのだけは何となく覚えている。



公募団体というのは大体1番から順に部屋番号がついていて番号が若い部屋に飾られている作品ほど評価が高いというのがなんとなくの暗黙の了解だ。

僕の初めての出品作が展示されたのは16室。展示の折り返しを少し過ぎたところに展示されていた。

当時はそういった評価の事も特に知らなかったし、自身の作品が美術館に展示されているという喜びで自分の作品が何室にあるかなんて事はまるで気にならなかったし、嬉しさと、どこか白昼夢でも見てるのではないかという不安から結局何度も会期中美術館に足を運んだ事を覚えている。



公募展初日はどこの団体も大体「懇親会」があり、豪華な会場でのパーティが催される。

パーティ当日、弱冠21歳の僕はアメフト時代の名残で不必要に太い首回り故に首までボタンが閉まらないワイシャツに、結び方が甘いネクタイ、着る機会もほとんどなく、クローゼットの中で眠り続けていた時間の長さを皺として刻んでいるジャケットという、つまり新人丸出しの出で立ちで独りポツンと懇親会に出席した。

年配会員が大部分を締める公募団体の懇親会会場で誰か知り合いがいるでもなく、会場の華やかさとは裏腹に新人独りでいるのはなかなかに心細い経験だった。



それでも僕の作品は21歳という年齢も手伝って、ささやかながらのセンセーションがあったらしく、胸元についている名札を目ざとく見つけた年配作家の方に何度か話かけられたりもした。

その度に僕はカチコチに固まりながらただ平身低頭お礼を言うに終始するしか出来なかった。

僕にも新人時代というかわいい時代があったのだ笑



懇親会が中盤から終盤に差し掛かかり、テーブル上の食事の盛られていた皿が空き始めた頃

突然後ろから声をかけられた。 「あなたが中島健太?」 振り返ると真っ黒なワンピースに真っ黒なおかっぱ頭、右手に細いタバコをくゆらせた年齢不詳のおばさまが立っていた。

身長は僕より大分低い。



何となく作家が醸し出す空気と違うオーラを纏ったその人に、僕はどう反応したらいいものかと戸惑っているとその人はおもむろにカバンから名刺を取り出して僕に渡してきた。



そこにはギャラリーの名前と「代表」と頭についたその人の名前が書いてあった。



僕のプロとしてのキャリアがそっと転がり始めた瞬間だった。




新作追加されました^_^


オンラインサロン主宰中


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