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【天野ナツメ】
登場作品:
 映画『妖怪ウォッチ シャドウサイド 鬼王の復活』
 TVアニメ『妖怪ウォッチ シャドウサイド』
年齢:13歳
学校:さくら第2中学校2年B組
性格:
 強い正義感と強い意志力を持つ少女。
 ただし、劇場版とTV版では性格設定に若干の差異が見られ、映画版では等身大の博愛性にあったが、TV版では主人公然とした気丈さが目立つ。
特徴:
〈妖怪ウォッチエルダ/エルダ魔導鏡〉所有者
家族:父・天野景太
   母・天野文花
   弟・天野ケースケ
CV:上白石萌音(映画版)
   悠木碧(TV版)
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【設定】
 前作『妖怪ウォッチ』の主人公〝天野ケータ〟の娘であり、適性と偶然から〈妖怪ウォッチエルダ〉の所有者と選ばれた。
 妖怪ウィルス〈鬼まろ〉に感染した人々が〈カオデカ鬼〉と変貌して街を蹂躙する中で、内包する孤独感を悪意に利用された級友〝月浪トウマ〟を救うべく、呪術使いの少年〝有星アキノリ〟と共に奔走。
 伝説の妖怪〈ゲゲゲの鬼太郎〉の助力もあってトウマの心を救う事は叶ったものの、今度は〈鬼まろ〉によって集められた悪意が最凶にして邪悪な巨大妖怪〈鬼王・羅仙〉を復活させてしまう。
 この史上最悪の危機にナツメ&トウマ&アキノリは〈エンマ大王〉と連携して、大激戦の末、これを撃破する。(映画版より)
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 その後、三人は〈怪奇案件(超常現象/都市伝説)〉の解決を目的としたチーム〈妖怪探偵団〉を結成。
 弟の〝天野ケースケ〟や美少女転校生〝姫乃アヤメ〟も加わり、都市伝説投稿サイト〈うすらぬら〉を通じて様々な〈怪奇案件〉を解決していく。
 やがて暗躍者〝酒呑ハルヤ/酒呑童子〟が探し求め続けた〈妖魔王〉の娘たる〝鬼姫・朱夏〟の転生である事実が発覚。
 そして、最終章では最悪の大妖怪〈空亡〉が出現。自らの分身体〈空亡ウィルス〉を人間界に蒔き散らし、感染者達の憎悪や悪意を増長させて大災厄を招いていく。また〈空亡〉自体も妖怪や人間に取り憑いて〈ダークサイド〉を強制的に引き出して変貌させる恐るべき邪妖であった。
 この強大な敵を相手取り、絶対絶命の窮地には〝朱夏〟としての側面が覚醒して圧倒的な戦闘力で退ける局面も見られた(しかしながら、それに呑まれる事も無く、事態が収まれば鎮静化して〝ナツメ〟へと戻る)。
 最終決戦では〈空亡〉に〝朱夏〟として挑み、これに勝利すると〝朱夏〟の魂魄は剥離されて〝天野ナツメ〟としての日常へと戻る。
 そして、今日も〈妖怪探偵団〉の活動は続くのだ。
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 大ヒットコンテンツに成長した『妖怪ウォッチ』の30年後を舞台にした続編であり、TVアニメ版に先駆けて前作展開時に映画版が公開。
 本作の特徴は〈妖怪ウォッチ〉が〈妖怪ウォッチエルダ〉へとヴァージョンアップし、同時に〈妖怪メダル〉も鍵型アイテム〈妖怪アーク〉に変更。登場妖怪は従来のコミカル性に在る〈ライトサイド〉と恐怖色基盤の〈ダークサイド〉という二面性を内包しており、毎回様々な怪事件を解明&解決する『都市伝説型ホラーヒーローもの』としての作品になっています。
 それまでの路線から一転したシリアス色の濃い作風は、新作発表時点で大きな話題となりました。

 さて、このナツメちゃん、私を『妖怪ウォッチ』へと引き込んだ張本人でありますw

 実のところ、私は初作『妖怪ウォッチ』を観ていません。せいぜいザッピング中に会えばチロッと観た程度です。
 嗜好として『妖怪もの』は大好物であり、決して『キッズアニメ』を軽んじている事も無いのですが……ダメでした。
 何だか〈妖怪〉が『ビックリマン』みたいで……。
 私は〈妖怪〉がとことん好き過ぎて、その演出や方向性には妥協できないんですよね。だから〝便宜的に〈妖怪〉となっているだけで本質的には違う〟のは受け付けられないんです(そういった意味では『幽☆遊☆白書』も『妖怪もの』としては捉えられませんでしたね……作品やキャラクター自体は嫌いじゃないんですが)。仮に〝オリジナル創作妖怪〟でも〝妖怪らしさ〟が備わっていればいいんです(『妖怪人間ベム』とか『デビルマン』とか『鬼神童子 ZENKI』とか)が……どう見ても『妖怪ウォッチ』の〈妖怪〉は〈妖怪〉ではなく〈ゆるキャラ〉ですから。
 だから「ああ、いまの子供達に大ブレイクしているコンテンツなんだなぁ」程度にしか感受していませんでした。
 再度書いておきますが、私は『キッズアニメ』も嫌いではありません(かつては『ポケモン』や『デジモン』や『メダロット』にも、子供達と同目線でガッツリとハマっていましたし)。
 って言うか、現在の子供達が〝何〟にハマっているのか──どういう魅力を感じているのか──そういった世代感覚を同目線で体感吸収するのが大好きですし、また、そうした刷新感覚を持たないと「俺等の時代が最高なんだ!」っていう〝排他的な懐古主義(俗に〝懐古房〟というヤツですね)〟に着地してしまう……それは非建設的でイヤ(そして、その逆もイヤ)。個人的な趣味嗜好は別として、私の〈サブカル愛〉のモットーは『温故知新』なのです。
 だから、仮に『妖怪ウォッチ』が〝妖怪らしさ〟に在ればハマれたんですが……。
 コンセプト自体は嫌いでも無かったんですよね。
 殊に〈妖怪ウォッチ〉の〝友達になった〈妖怪〉をメダル召喚して使役できる〟っていうガジェット設定は、実に『キッズアニメ』の王道にして現代的魅力を感じましたし「そりゃ子供達もケータに憧れるわ」と納得でしたから。


 さて、少々前置きが愚痴っぽくなってしまいましたが……そんな中で、ある日、本作の映画版CMを観たのです。
 衝撃でした!
「何? 今度の『妖怪ウォッチ』は〝シリアスな妖怪ヒーロー路線〟に行っちゃうの?」って。
 CMですから断片的映像にはなりますが〈シャドウサイド・ジバニャン〉のカッコイイこと!
「オレッち〈ジバニャン〉だニャン ♪ 」と〝小桜エツコ〟嬢の耳心地のいい美声を発していた愛らしさは何処へやら……〈現代風妖怪ヒーロー〉たるべき凶悪且つ粗暴なカッコよさを発散していました。
 初見で思いました──「こういうの観たかったんだ! この『妖怪ウォッチ』なら猛烈に観たい! 俺もハマりたい!」と。

 で、同時に〝ナツメちゃん〟の可愛さに一目惚れw
 マニア向けヒロインに比べてシンプルな線ですし、取り立てて〝いかにも狙った萌え感〟に無い〝平凡娘(ともすれば芋っぽい)〟な容姿ですが、その〝平凡さ〟が何とも可愛くてツボだったのです(線を描き込むだけが〝萌え〟ではないという好例)。
 断片的な映像ながらも〝上白石萌音〟のCVも〝普通娘フェロモン〟を醸してましたし(彼女の起用は間違いなく『君の名は…』大ヒットによる便乗でしょうが)。
 まだ本編も観ていないCMオンリーだったのに「ナツメちゃん、萌え!」と焦がれてましたw

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 映画『鬼王の復活』は、近年の『キッズアニメ』としてはクオリティーの高い傑作です。
 作画&動画レベルはもちろん、御約束な展開ながらも感涙できるハートフルさに在り、また最大の売りとしていた〈ホラー要素〉も児童への遠慮無しに〝妖怪の怖さ〟として演出されています。決戦では一転して大規模なヒロイックバトルへと発展し、もうお腹いっぱい大満足。

 で、何は無くても、ナツメちゃんwww
 正直、私にとっての〝ナツメちゃん〟は、この映画版(上白石版)です。
 いや、TV版(悠木碧版)も嫌いじゃないけど、個人的に例えるなら〈ウルトラマン〉と〈ハヤタ隊員〉みたいな〝別人同一人物〟扱い(何だそれ)。TV版の魅力は、後述にてじっくり語ります。

 映画版の彼女の魅力は〝平凡な等身大〟という点と〝深い慈母性〟にあります(ちなみに〝彼女自身は普通と指摘されるのを心底嫌っており、それはかつての父親譲り〟と設定されています)。
 しかしながら〝人一倍強い正義感〟と、それを行使できるだけの〝強い意志力〟も内包しています。それは登場数秒後には描かれる〝川で溺れている子供を見つけるなり、居並ぶギャラリーを躊躇無く掻き分けて飛び込み助ける〟というシーンに要約されていました(後述している通りTV版は別人化してしまった趣もある彼女ですが、この性格だけは色濃く継承されています)。
 根本的な性格は、おおらかと言うかマイペースと言うか少し抜けてると言うか……例えば〈妖怪ウォッチエルダ〉の使用レクチャーにて「出でよジバニャン!」という台詞を「出でよコチュジャン!」と叫んでみたり、面識が無いからとはいえ〈子泣き爺〉を〈鬼太郎〉だと勘違いしたり……とにかく天然なのは間違いないようです。

 キーパーソンとなる級友〝月浪トウマ〟とは幼少期からの友達ですが、現在の彼は周囲から距離を置くようになり、ナツメともあまり関わらなくなっています(ナツメの方は内心で気に掛けているのですが)。
 トウマが孤独を選ぶようになった原因は〝鍵っ子〟特有の虚無感でした。
 その病んだ心の闇を利用されて、今回の事件を大増長させたのです──「ボクの事なんて誰も気にしていない……両親さえも……だから〝ボクの存在〟を知らしめてやるんだ!」
 そんなトウマの心に対して、人の温もりを想起させたのはナツメの優しい語り掛けでした。
 トウマの深層心理に刻まれている幼年期の悲しい思い出──誕生日にも関わらず、両親は仕事優先で不在。友達もいなかった。
 ケーキを前にしても虚しい〝自分独りだけの空間〟で、泣きじゃくる時間だけが経過する……。
 そんな心理世界に意識体として訪れたナツメは、子供時代の彼に優しく諭します。
「ボクの事なんか誰も気にしていない……」
「そんな事ないよ……あなたの事を気にしてる人はいる」
 やがて玄関のチャイムが鳴るも、トウマは出ようとしない──「どうせ郵便屋さんだ」
 ナツメは苦笑いに言います──「郵便屋さん……か。トウマくん、覚えてる? トウマくんの誕生日とか、病気で学校を休んだ時とか、いつも〝郵便屋さん〟が来てた事……でも、それは違ったんだよ?」
 ドアの向こうにいたのは、幼少期のナツメと友達でした。
 こうして温かい誕生日を迎えられたトウマは、ようやく笑顔に染まります──「ボクがいてもいいの?」と。
 
 あの時、もしもドアを開けていたら……。
 冷めた想いを以て心底へと圧し殺していたトウマの感情が、悔やむ涙と溢れます。
 このシーンに於いて、ナツメはトウマに「あの扉を開けてみて?」と何度も優しく諭します。
 その先には、必ず希望的な結末に在る『もしも』が示されました。
 この台詞と演出は本作のメッセージとして非常に象徴的であり、また感涙を誘う名シーンです。

 もうひとつの軸として〝エンマ大王〟と義弟〝カイラ〟の対立も描かれますが、カイラの確執も〝エンマ大王への劣等感から来る嫉妬〟と同時に「人間と妖怪の混血であるが故に〈妖魔界〉から認められなかった」という思い込みによる疎外感&孤独感です。

 では、テーマは〝孤独〟や〝疎外感〟だったのでしょうか?
 私は違うと思います。
 それらから、もう一歩踏み込んでシンプルに〝友達〟こそがテーマだったと感じるのです。
 トウマを心の闇から救うのも〝友達〟であり、鬼太郎やジバニャンの力添えも〝新しい友達〟と見なしたからであり、最終決戦に於いて〈妖怪〉達が集結したのも〝人間の友達〟だからです。
 この〝友達〟というのは『妖怪ウォッチ』の根元的なコンセプトテーマです。演出や方向性は違えども『映画版シャドウサイド』は〝妖怪ウォッチイズム〟をしっかり継承した上で、高い年齢層の鑑賞にも耐えられる秀作に仕上がっていました。
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 TVアニメ版は、諸々の点でちょっと先行印象と異なりました。
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 まずナツメちゃんのCVが〝上白石萌音〟から声優〝悠木碧〟へと変更されています。
 まあ、本格的に女優業へと乗り出した〝上白石萌音〟が毎週『キッズアニメ』のアフレコに参加できるとは思えませんし、劇場版で〝俳優〟が演じたキャラクターがTV化に際して〝声優〟へと変更されるのは〝タレント起用あるある〟です。
 また同時に、悠木碧さんは前作にてレギュラーキャラ〝イナホ/未空イナホ〟を担当しているので、この変更は順当ではあるのでしょう。
 声優変更に伴ってか(或いは作品の方向性に沿った意図的変更かもしれませんが)、性格的には映画版の〝おっとりした癒し〟が消失して〝主役ヒロイン然とした凛とした気丈さ〟へと変わっていました。映画版の〝天然系〟な側面は無くなり〝キビキビしたしっかり者〟だったので、別人度が高いです。

 キャラクターデザイナーも映画版の〝寺澤伸介〟氏から〝山田俊也〟氏へと変更されましたが、これはおそらく寺澤氏が『シャドウサイド』と同時に放送開始となった同社作品『イナズマイレブン アレスの天秤』へと回されたためだと思えます。そのため、映画版の〝シンプルながらもクオリティの高い作画レベル〟から〝アニメーターが描き易く簡略されたタッチ〟となりました。

 余談になりますが、悠木碧が担当した〝ナツメ〟と〝イナホ〟には微々たる共通項もあります。
 まず〝女主人公〟という点(イナホはゲーム版『妖怪ウォッチ3』にて選択できる女主人公で、要は女子プレイヤー用の〝ケータ〟です)。
 次に各々が妖怪事件を解明する〈イナウサ不思議探偵社〉〈妖怪探偵団〉として活動している事。
 そして、双方には弟がおり、手を焼く姉ポジションだという事(スタンスは異なります)。
 こうした要素も悠木嬢起用と無縁では無いかもしれません。

 TV版フォーマットは映画版とは異なり、単純明快なルーティーンパターンになっています。
 基本的な流れは〈怪奇案件〉に首を突っ込んで調査し、背後に潜む〈シャドウサイド妖怪〉を暴き出して対決、負かして〈ライトサイド妖怪〉へと戻すと怪異を起こした理由を聞き出して救済の手を差し伸べます。そして〝友達の証〟として、その〈妖怪アーク〉を受け取るのです。
 ナレーションや描写演出こそ〝ホラーチックなおどろおどろしさ〟にありますが、映画版に比べると〈妖怪デザイン〉等は前作路線で纏まっているので然程怖くはありません。って言うか〈ライトサイド〉なんかは明らかに前作同様の〝ビックリマン路線〟ですから、私的には少々興醒めだったりしてw
 ただし、これらはTV版という事で、低年齢層も観る事を配慮した毒抜き処置でしょう。トラウマになっても可哀想ですから『キッズアニメ』としては〝ちょい怖〟ぐらいが丁度いいのです。
 こうした児童万人向けを意識した改訂は随所に見られ、その一端がナツメの弟〝天野ケースケ〟のレギュラー入りです。
 お姉ちゃん子の生意気ヘタレですが、その容姿は前作主人公〝ケータ〟を強く意識していました(CVも〝ケータ〟の声優〝戸松遥〟を起用しています)。彼は視聴者である男子児童の目線担当で、年上レギュラー陣によって彩られた世界観に前作同様の感覚ですんなり入り込めるように配置されたパイプ役とも言えます。
 ナツメが〝しっかり者のお姉ちゃん〟と別人化した要因のひとつには、このケースケ目線を通じて〝頼りになるカッコイイお姉ちゃん〟という憧れと感情移入を抱かせる算段もあったのかもしれません(なんか『グレート・マジンガー』の〝剣鉄也〟と〝兜シロー〟みたいだな……)。
 
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 第1話から登場している謎の転校生〝酒呑ハルヤ/酒呑童子〟は、当初から〝姫〟を捜し求めて暗躍していました(厳密には映画版ラストにはTV版の布石として登場しており、そもそも映画版の物語自体が彼の画策した事件でした)。
 この動機は時として〈怪奇案件〉を生む流れにも発展し、また同時に物語の連続性を担う縦軸と機能していました。
 序盤~中盤に掛けては強い潜在妖力を内包する〝姫野アヤメ〟こそが〝姫〟だと目星を付けて妄信的忠義を捧げますが、実際には彼女の魂の奥底で潜伏憑依していた人食い大妖怪〈女郎蜘蛛〉の姦計であり、利用されていたに過ぎません(中盤の大決戦でした)。
 しかし、終盤にて〝天野ナツメ〟こそが〝鬼姫・朱夏〟の転生体であるという事実が発覚するのです。
 この〝朱夏〟は、かつて〝エンマ大王〟が統率する以前に〈妖魔界〉を統治していた〈妖魔王〉の娘で〈次期妖魔王〉となるべき存在でした。
 酒呑童子は「エンマ大王を亡き者として再び〈妖魔界〉に君臨し、総ての〈妖怪〉を支配致しましょう」と悲願を進言しますが、ナツメは淡白に切り捨てます……「イヤ」と。父親譲りの気質なのか、ナツメにしてみれば〈妖怪〉は〝友達になれる存在〟であり、支配する気なんて毛頭無いのです。

 やがて最悪の妖怪〈空亡〉が出現すると、朱夏との因縁が明かされました。
 この邪妖は神話の時代に〈妖魔王〉に仕えていた忠臣〈空天〉が変貌した存在でした。
 朱夏は、この〈空亡〉を必ず滅ぼすという〈スピリット(前世からの強い想いや悲願)〉によって現世転生したのです。
 そして、大決戦にて明かされる真相──。
 空天は『妖魔王暗殺計画首謀者』として投獄されたものの、実は何者かに貶められただけでした。その無実を朱夏へと伝えられなかった無念と姦計者への怨念が、彼を敵意に満ちた〈大妖怪〉へと変貌させたのです。
 一方で朱夏も、捏造証拠に踊らされて、忠臣であった空天を信じられなかった己を悔います。
 永い時空の果てに怨嗟を絶って和解した両者──。
 斯くして〝朱夏〟の〈スピリット〉は果たされ、その魂魄はナツメから剥離成仏したのでした。
 
 絶体絶命の危機にて〝朱夏〟と化したナツメは無敵とも思える圧倒的な戦闘力を秘め、冷然とした神々しさにすら在ります。
 その様は一転して〈スーパーヒロイン〉そのものです。
 このキャラクター性を見ると、悠木碧嬢への声優変更は正しかったと感じられます。あの凛然とした凄味とカッコよさは声優としての力量有りきで、上白石版では演じきれなかったでしょうから。

 朱夏篇の設定は一見するとTVアニメ特有の〝長期放映スパンに於ける水増し新設エピソード〟にも感じられるのですが……どうやら構想雛形自体は『ダークサイド』企画当初からあったのではないかと勘繰っています。
 と言うのも、仲間である〝トウマ〟と〝アキノリ〟も〝朱夏/ナツメ〟に従事していた鬼〝玄冬/トウマ〟〝白秋/アキノリ〟の転生である事が明かされるのですが、これに〝酒呑童子/酒呑ハルヤ〟を加えると〝ハルヤ・ナツメ・アキノリ・トウマ〟と『春夏秋冬』になるのです。これは単に四季をモチーフとしただけではなく、最初から四人の連携連帯を意識していたネーミングではなかったのでしょうか(でなければ敵側である〈酒呑童子〉が含まれるのは不自然)。

 ともあれ、終盤は別作品にも思えるほどのスペクタクルと化し、物語は『シャドウサイド』の日常世界観へと帰結して終わります。
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 従来の『妖怪ウォッチ』からは逸脱した感にもあった『シャドウサイド』ですが、この異色作風は狙った企画意図なので批判には値しないでしょう。
 テレビ東京の担当プロデューサー〝紅谷佳和〟氏は「前作『妖怪ウォッチ』の四年に渡る放送で視聴者層に偏りが見られるようになり、低年齢層向けアニメとして定着し始めていたので『妖怪ウォッチ』という大きな柱はそのままに幅広い層に向けたいろいろな作品を提供していこうと考えた」という制作意図で本作『シャドウサイド』の展開を決断したとの事。実際(路線変更への賛否はあったものの)ゲーム&玩具の販売成績は好調で、視聴率的にもターゲット層としていた男子小学生(7~12歳)から好感触の支持をされていたようです。
 むしろ本作によって『妖怪ウォッチ』は〝元祖世界観〟と〝パラレル亜流〟という新たな路線拡張が確立し、それは現在公開待ちの新作映画『妖怪学園Y』へと繋がっています。
 この『妖怪学園Y』では〝人間キャラクター自身が妖怪憑依によって〈妖怪ヒーロー〉と変身し〈学園七不思議〉に挑む学園バトルもの〟となっているらしく、その変質ぶりは『シャドウサイド』以上に強いです(筆者としてはまたまた好みの作風なので、実に楽しみではあります)。
 そして、この『妖怪学園Y』も来年期の後番組となる事が決まりました。(って事は、次なる『妖怪ウォッチ』萌えは〝姫川ふぶき〟ちゃんかw)。
 ところで、この『妖怪学園Y』には接頭タイトルとして『妖怪ウォッチJAM 』と銘打たれています。
 この『JAM 』が何を指すのかは分かりませんが、もしかしたら企画制作の〈レベルファイブ〉では『シャドウサイド』や『妖怪学園Y』のような〝本家とは全然異なる路線の『妖怪ウォッチ』作品〟をブランド化しようとしているのかもしれません(あくまでも私的憶測ですが)。
 仮にそうだとすると、本作『シャドウサイド』が皮切りとなったシリーズ拡張への貢献度は非常に大きかったと言えるでしょう。これによって『妖怪ウォッチ』は『ポケットモンスター』とは異なる性質の『メガヒット王道キッズアニメ』として差別化脱却&長期展開が出来ますから。
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 さて〝ナツメちゃんの魅力〟とは何だったのでしょうか?
 可愛い……確かに、それは大きい。
 ですが、単に〝可愛い〟キャラなら、もっとレベルが高い〝萌えキャラ〟は溢れています。マニア向けアニメなんか飽和状態の宝庫です。
 私的には、たぶん〝普通〟だった事が最大の魅力だったのでしょう。
 それはシンプルなタッチや、マニア受けを狙ったデザインに無い容姿もそうです(上白石ボイスによる〝普通の娘フェロモン〟も、そう)。
 そして、そんな彼女に強く思い入れていたからこそ〝模範的ヒロイン像〟と別人化してしまったTV版にも付き合いたくなった。
 そして、最終的には〝朱夏〟というチートレベルのキャラクターにまで上り詰めたものの、最終的には〝天野ナツメ〟として〝日常〟へと帰還する……。
 それはあたかも〝級友の女の子〟が〝御当地アイドル〟として活動し、全国区のアイドルへと成長して芸能界に進出し、やがて電撃引退して地元へ帰ってきた感覚にも近い……と思えるのです。
 そもそも元祖『妖怪ウォッチ』は『現代版ドラえもん』を念頭に置いて世界観が構築されています。ですからセールスポイントは、あくまでも〝日常感の中に紛れる特異性〟です。
  ともすれば、ナツメちゃんに抱く〝萌え〟は〝普段の日常と地続きな模範的ヒロイン像〟だったのでしょう。
 つまりは……〝普通〟という事ですw
 それが彼女特有の魅力です。
 ナツメちゃんは〝正義感が強い模範的主人公〟であり〝無敵のスーパーヒロイン〟でもあり、それでもやはり〝等身大感覚な女の子〟としてのキャラクター性へと帰結していたのが魅力的だったのです。
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