月別アーカイブ / 2017年05月

こちらNicole Arbourは、カナダ人YouTuberでございまして、偏見に満ち溢れた過激な発言で人々を挑発することで有名な人物です。
それだけに、コメント欄に集まるNicoleに対する誹謗中傷の数はパないです。

そのコメントの誹謗中傷(mean commentと言います)の一部がこちら;

I'm surprised your dad hasn't disowned you yet. 

お前の父親がお前をまだ捨ててないのが意外。

imagine going through 9 months of pregnancy only to give birth to Nicole Arbour 
- Jesus this makes me not to want to have kids 
9ヵ月の妊娠の末にこいつ産むのとか想像してみ
- うっわ子供持ちたくねえわそんなん思うと

shes already on the stair ways to hell so screw her life. 
既に地獄に向かってるんだからこいつの人生なんかどうでもよくね。

please don't take drugs. you might end up like this. 
みんなヤクやんないでね。こういうことになるから。

i think ur exes are glad they left u
お前の元彼たちはお前を捨ててさぞ嬉しいだろうね

srsly what the fuck is wrong with her?
マジこいつ頭おかしいんじゃねえの?


しかし、このHow To Deal With Hatersの動画に寄せられたコメントの一つにこんなものが。
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英文を要約すると、「視聴者の90%はNicoleのこと嫌いだけど、よくよく考えればそいつらがNicoleの金づるだよね」という指摘をしています。

その通り。悪口がどしどし集まるということは、視聴される数もどしどし増えているということですよね。

本当にこの女のことが嫌いであるなら、まずすべきはコメントにて謗ることではなく、そもそも動画を見ないこと。視聴者数がゼロになればNicoleはいよいよ他の生計の立てかたを考えねばならなくなるはず。そうすれば必然的にNicoleの挑発的な動画の配信も止むはずです。

まぁ、皆がそう思えるわけではないから、これからもNicoleの動画には中傷文が送られ続け、そして彼女の動画はその分栄えると思います。それがどれぐらい続くか、おもしろいじゃありませんか。

知恵袋かどっかで前、「日本では英語をしっかり勉強してそこそこ得意教科だったのに、実際にアメリカに行ってみたら小学生の話していることすら理解できず、悔しかった」という話をしている女性がいました。

でも、「アメリカ人の小学生が話していることがわからない」から「英語に理解がない」ということにはなりません。

普通に考えて、小学生同士が学校の帰り道に話すことなんて内輪ネタが多くないですか?内輪ネタなんですから、たとえその会話が日本語でされていたとしても理解はできなかったと思います。

ホストファミリーの娘さんが好きな男子への想いを夕飯の席でシェアしていますが、最初は俺も何の話かわかりませんでしたよ。エデンという名の男の子に彼女が惚れているという補足説明を後から聞いてようやく「あそういうことか」と思えるようになっただけで。

そういう内輪ネタは、英語だろうと何語だろうと聞いて瞬時にピンと来るわけがありません。だから、小学生が何を話しているのかわからないのを心配する必要は全くないんです。故に悔しがる必要もありません。

他にもたとえば、高校のとき男2人がうちに泊まりにきたときにその2人が布団の上でひたすら何かの話をしていて、俺はその話を聞いていても何のことを話しているのか理解するのにかなり時間がかかりました。結局はGoProかなんかのカメラのことだったっぽいですが、他にもケミオとか筋トレとか、俺には全然馴染みがなく参加できなかった話題は山ほどありました。日本語なのに、ですよ。

つまり母国語ですらそういうことはあるんです。話題がそもそも1人の人間にとって馴染みやすいかどうかは人それぞれ違っていて、それは世界共通なはずです。何語であれ、言語はあくまで道具なのですから(俺にとっては道具以上ですが)。

考えてみれば当然なことなんですが、語学学習者はよくこれを忘れて、自分が何かを理解できないのは自分の語学力が至らないからだと早合点してしまうものです。

本当に悔しがるべきなのは、自分もよく知っている話題について話しているにも関わらず話し手が何を言っているのかわからないときです。しかしこういうときでさえ、その場で新しく聞いた単語の意味を調べるなり質問するなりすればいいだけの話で、別に感情的にならなくてもいいと思います。


それでは皆さんおあとがよろしいようで。

結婚に必要なのは愛か金か。

80歳以上の人生経験が豊富な人に訊いたところで、その答えは人によって違うというのがこのトリビアの回で明かされました。

金に苦労したかしなかったか、親からどういう扱いを受けていたか、そういう要素で金と愛のどっちが重要かの結論は変わるでしょうから、この結果は人生経験の表れですよね。「人生経験が豊富」といっても、その中身は当然人それぞれなはずです。

だから、金と愛のどちらが正解とかはないと思います。どっちかがあって幸せならそれでいいと思いますし、両方欲しいのなら両方追求すればいいのではいいのでは。

学術的には答えはあるかもしれません。心理学的、経済学的、あと神経科学的にはどうかとか、そういう議論にはそれでまた価値はありますが、現実的にそういう議論で出る結論を一般人が必ずしも知るとは限りません。

まとめると、学術的には答えは出るかもしれないが、民間レベルで誰もがそれと同じ答えに達するとは限らない、ということです。


なお、俺は金と愛のどちらが重要かなんてさらりと答えられるほど人生経験は積んでいないし、そもそも結婚などまだ先のことなので、結論は出せません。けど直感的に言えば、愛かな…。

自分の中で『〇のほうが大事』という金科玉条を設けておくと、十中八九その〇のほうが大事だと実感できる人生を送ることにはなると思います。引き寄せの法則的な見解ですけどね。

たとえば愛なんてフワフワしたもんより金のほうが大事だと今既に思うのなら、あなたにとって愛はこれからもフワフワした存在であり続けるし、金が愛より大事な人生を送ることにはなると思います。そういう人生経験を積んだ人を必要とする場所は必ずありますので、俺にそのような考えを否定する権利はありません。賛同はできませんが。

俺は根っから田舎者なので、専ら金を追求するような生き方は忙しそうだし、俺にはできそうにないなと感じるから賛同できないだけです。

つまり、俺は愛のほうが肝要だと思います。しかし、お金のほうが大事だという人がいても、否定はしません。


みなさんはどうですか。

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