うちの田舎出身の有名人と言えば、野村監督。(その後に出たのは、私が小学校に上がった頃に太川陽介、もっと後には、ほとんど知られていないが大洋ホエールズ 広瀬投手、バレーボール新日鉄の小牧。あとは、ようわからん演歌歌手、何系かわからんバンド…。)

私の両親、昭和1桁生まれで(※私は両親が40歳前に生まれた末っ子)、野村監督は同年代なもんだから、「野村克也は家が貧乏で弁当を持たせてもらえなくて、他の人が弁当食べてる昼休みは教室を出て野球の練習してた(らしい)。」と、お母ちゃんがよく話していた。

癖があって好きじゃないという人は多いだろうけれど、苦労人、テスト生から這い上がった人、という話を子供の頃から聞いてたから、嫌いにはならなかったわけです。

3年前の配置替えで現在勤務している場所は、野村監督のベースボールギャラリー(観光協会の一部スペース)というのが徒歩30秒のところにあり、ドアラさんへの土産を調達に行くたびに覗いていたのですが、本日 記帳に行くと、遠方から来ておられる様子の人も。
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遠方はるばる…こんな田舎に。
偲んでもらえる人。

このギャラリー、野村監督から市がいろんな記念の品などを預かっておきながら、預かってたのを暫く忘れてて(?)、あかんアカンちゃんと展示せなって開いたのが、まだ1~2年前。
オーブンの日には、ご本人もお見えになったらしい。ご存命中に実現してたのは救い。
野村監督を偲びたいと遠方から訪れる人のために、誇りに思っている地元の者のために、そして、預けてくれた野村監督のために、しっかり管理 継続してほしい。

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