「きもいかわ」っていう、クソカワPARTYの最後の曲があって、自分の心のいちばん誰にも触れられない部分で、さらにその中で三重にお布団引いてゴロゴロしてるみたいな曲で、はじめて助けてって言えた曲で、その曲をわかってくれる人は味方みたく勝手に思ってしまってるんですけど、
昨日、全作買って読んでる好きな漫画家さんに、数年ぶりにメールをおくったら、その曲のことを、「まるでもう一人の自分の独白を聴いている様でぞくぞくしました。すごく分かります。」とおっしゃってくださり、嬉しかった。
わたしもその人の漫画のこの感じわかるなっていうの多いんですよねとても、セリフのないコマにとても。だからなんかすごい嬉しかったな、心の黒い穴は同じ誰かへとつながる、のやつ。
その方の描く田舎のクソさが本当に好きで、登場人物のそれぞれの間が好きで、人によって時間って違うから、それを画力で弄って伸び縮みさせてるのが、マジ二次元なのに五次元で彼は重力波だから、とても好きなんですよね。
なんでこんなに漫画ならはあ好き好き好きってなるのに音楽はそうはなかなかもうならないんだろうな、まあ同業ってそんなものなのかな。
音楽が嫌い。
って文面通りに受け取るやつばっかだろうから。
だけどそれだって行間嫁っつったって、行間までしっかり描けていない私がもう悪いんでしょうからそれでよいです。勝手にどうとでもおもえばいいんだ
こんな性格の悪い戯言に疲弊して離れてしまったたくさんの人をずっと人だとすごく人だと感じたら、ただたださみしいなってふつーにおもいました

なにを誰も傷つけていないような論調で世の中に物申しちゃっているのか。自由の主義がどうしても違っちゃってるのは仕方ないだからといって「なんで」をいつもすっ飛ばして答えばかり欲しがるコンセプト無き芸術になどやはり興味が持てないな。クソだという自覚、自戒、それでも望んでしまうから真っ当に絶望できる、望みがあるから、それそのものが何より希望なんだ、ピンク着ただけでかわいくなれるわけないだろ?コード弾いただけで魔法になるわけないだろ?平和を叫んだだけで…その全てが呪いでありだからこそ本当に本当に本当に祈っている、誰よりも祈っている、そうであらんことを、その継続だけが成す美しさがあると信じているよ

↑このページのトップへ