先月から12曲ほど書いた。書いた数などどうでもいいのだけど、自分がなにかをやった、という実感を少しでも持ちたくて、こうして書いている。

曲作りをして、練習をして、自主的にトレーニング的な事をして、絵を描いて、こんな風な毎日を続けて、そりゃあもう、社会性なんてものがなくなっていくのは当然といえば当然と言える。でも中途半端に対応策を持っていて、挙動不審なのがバレないように、「ゆっくり落ち着いてはっきり話す」という演技ばかり。いつも少し経ってから自分に辟易。

北海道札幌市の冬が来ている。毎年鬱陶しいだけの冬。嫌になる。降り始めの雪は綺麗だと思っても、一週間も経てばこんな地域に住んでいる事に後悔する。でも自分のような性格は、どうせどこに住んだって同じように後悔する。

それにしても、「ツイッターやブログに出来るだけ本当に思った事を書こう」と思えば思うほど、書き終わる頃には最初に自分が書こうと思ったこととは全然変わってしまっていて、書き終わってからの自分を落ち着けて騙すことばかり上手になっていると気づく。

一定の方向に自分を持っていくことは時には必要だと思うのだけど、尖り方を間違えるのはなんだか格好悪い気もして、かといって丸くなるにはもう遅すぎる気もしてる。正直気にくわないバンドもシンガーソングライターも山ほどいるし、出来るだけ人と関わりたくないけれど、そうも言ってられない。上がったことがないのに落ち目の気分ってなんなんだよ、って思う。

そういえば今更だけど、今年結婚した。だからといって歌や曲がどうなるのか、ってことは別にない。これを見てるあなたが結婚に対してどんな印象を持っているかはわからないけど、別になにも変わりません。あなたにとって一つの事が良好になったからと言って、それで人生全部どうにかなる、なんてことはないでしょ?ただなんか言わないのも気持ち悪くなってきたから。まぁなんだ、もしもそれによって楽曲に感情移入できなくなった、とか言う人がいたら、それはこちらから願い下げ。想像力が極端にない人は嫌いなので。
よく「温かく見守ってください」って結ぶ人いるけど、見守らなくていいです。ひたすらにほっといてほしい。


いつも架空の人間に怒ったり恨んだりしているので、なにもしていないのに自分自身に静かにしてほしいと思うことがよくある。


いいね!ボタンもYoutubeの評価も、全部なくならないかな。いちいち一喜一憂したくない。いくらいいね!されたって、忘れられたら意味ないし。というか、歌を聴いてもらったり、会場に足を運んでもらったり、なにかを買ってもらわなくては続けられないもんな。すぐ傷つく自分を脱ぎ捨てたいけど無理。



一つの物事を「好きだ」、と公言することが、とてもこわかった。一つを選択していることを「見せる」、ということは、選択していないことに対して背中を見せる行為であり、そちら側から斬りつけられた時に、なにもできないからだ。そして仮に反撃するための力を持とうとすることは卑怯だ、と思っている節があった。

本当にわかりにくい導入ですみません、岡まことです。

いや、ね、あれですよ、こういうところが取っ付きににくさに繋がっているのかな、と思うこともあるんですよね。2018年はもう少しその〜、きちんと一つ一つ思ったことを恐れずやっていきたいなと思ってて。これまでも手を抜いてきたわけではないのだけど、なんだか焦ってしまっていたというか。

自分が変わることも、変わらないこともとても恐ろしく、もはや自分以外の人間に生まれ変わるしか救われる方法はないのでは、と考えていたんです。
でもなんというか、周りにはそういう自分ときちんと向き合って、結果を出そう、作品を作ろう、魅せようという人達がいて、自分もそういう風にやってもいいのかな、とようやく少しだけ思えるようになってきたというか。

疑心暗鬼、猜疑心に支配されて、「家の外の全てはなにもかも、結局のところ自分の存在を否定しているのだ」と思っていた自分を、どうにかしたほうがいいというか、どうにもしなくてもいいと思ったというか。

ええわかりますよ、なにを言っているのかわからないということが。僕にもわからないんですよねこれ。今勢いに任せてこれを書いているよ。


今日はCIVILIANのワンマンを観に行く。とても楽しみ。コヤマさんと初めて一緒にLIVEをしたのは数年前の札幌で、弾き語りの企画だった。元々僕がCIVILIAN(当時はLyu:Lyuだった)のファンで、知り合いの企画者の人に「どうしてもコヤマさんとLIVEがしたい」と話をしたのがきっかけだ。

それから色々あって仲良くなって、共に弾き語りツアーの旅に出たり、自分の音源に参加してもらったり。それから僕が東京に行く時にしばしば一緒に洋服を見に行くようになって。
僕はそれまで、好きな洋服のことをきちんと話す事がうまくできなかったのだけど、コヤマさんはとても興味を持ってくれて、話せば話す程自分の中でも色々整理されていって。それから沢山の色々な話をした。和奏さんと三人でニコニコ太郎という泡盛を飲んだ時は、僕は人生相談なんだか愚痴なんだか、よくわからない話をしていたと思う。コヤマさんはひたすら笑ってくれてた。

ええと、なんの話だったっけ。
ああ、あれだ。簡単に言うと、どんな立場になっても変わらないコヤマさんは、本当に素直で繊細で、その人間性から溢れ出る作品は素晴らしく、尊敬をしているしとても好きだ、ということが言いたかったんだと思う。

全然簡単に言えてないなぁ。

いつも「自分なんかがこんなこと書いて(言って)」というスイッチが入って、友人のことを書くのを避けてたんだけど、たぶん誰にも迷惑はかけないはず...だから今日ぐらいはよいかなと。。



タイトルに意味はありません。セイコーマートもそんなにいかないし。

札幌は短い秋の真っ最中です、たぶん。12℃。

氷点下になったらなに着よう。
今期のヨウジの白いコートが欲しい。温かくはない。

ヨウジは全体的に黒い服がとても多いのだけど、自分は黒ではない型の方が好きだ。ボトムスは黒いウールギャバで、タフでサイズバランスも取りやすくて便利だから好きだけど、アウターやトップスはある程度着方が決まってくるので、黒ではないものが欲しい。 全体的にたっぷりとした薄いものでレイヤードをする考え方は好きなのだけど、目新しくなりにくいので(あくまで自分の考え方であって、他人がそのような着方をしていても別にいいと思う。服が好きな気持ちに上も下もないし)。あと、自分は黒が似合わないので、首の下にはできる限りもってこないようにしている(MVではやむを得ず黒を使っていたけれど)。
抜染の紺のなにかが今後また出ないかなぁと考えている。次のシーズンはペイントのセットアップと、文字の書いてある、印象の強いジャケットが欲しいな。そして期中商品にもなんだかんだ手を伸ばしてしまうのだろうと思う。 

そういえば昨日作りかけの曲の続きを二行書いて、それから新しいデモCDとLIVEDVDの準備を進めていた。今月の東京から販売すると思う。デモではないCDの準備も着々と進んでいるので、楽しみにしてほしい。

最近曲を作るペースが前よりも上がっている。
というのも、「色々なリミッターが外れたから」ということと、「これまで自分に課してきたルールを無視して作っているから」だと思う。

これまでみたいな曲を作るのが一番安全だし喜んでもらえるのかもしれない、とか、新しく聴いてもらう人たちに聴いてもらいやすいかもしれない、とか思っていたのだけど、そもそもほぼ知られていないのに、そんなことを考えることに何の意味があるのだろうと思うと馬鹿らしくなってきて、だったらもう普通に思考ダダ漏れのものをまず目の前にドンと置いて、その石を削り出していく作業が自然なのではないかと思ったわけです。
別に、これまでが嘘をついていたのか、といえばそういうことでは全くなく、ただ自分が別のルールの枠組みにも適応できるようになった、というだけの話。

そういや今月は札幌で個展もあります。
これまでと比べて作品数がどうとか、この雰囲気でこうしなきゃ、みたいなのも極力省きました。
全体的に暗いし、わかりにくいし、全然売れないかもな、と思ってる(売れたら嬉しいけど、期待できなくて。なんにしてもそうだけど)。今回の個展が終わったら、今回のテーマの後編に移る前に、別のテーマで何か描きたいなと思ってる。

それくらいか。


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