月別アーカイブ / 2020年11月

怒りを感じるときは、
それを誰かほかの人に投げつけても
抑圧してもいけません

それは、
ポジティブな方向に変容させることのできる
すばらしい現象です
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禅の学生が盤珪 ( ばんけい ) のところに来て言った。

「マスター、私には自分ではどうしようもない怒りがあります。どうしたらそれを鎮めることができるでしょうか?」 

「その怒りを私に見せてごらん」と盤珪は言った。「おもしろそうではないか」 

「いまはそれはありません」と学生は言った。
「ですから、お見せできません」 

「そうであれば」と盤珪は言った。
「それがあるときに私のところにもって来るがいい」

「ですが、たまたまそれがあるときにそれをもって来るわけにはゆかないのです」と学生は抗議した。

「予期せぬときにそれは湧いてきます。そして、それをあなたのところにもって来る前に、私はまちがいなくそれを失ってしまうでしょう」 

「そういうことであれば」と盤珪は言った。

「それはあなたの本性の一部ではありえない。もしそうであれば、あなたはいつであれ、それに私に見せることができたはずだ。生まれたとき、あなたはそれをもっていなかった——だから、それは外側からあなたのところに来たにちがいない。私は提案しよう、いつであれ、それがあなたのなかに入って来たときは、その怒りが耐えきれなくなって逃げ出すまで、自分を棒で打つがいい」 

今度あなたが怒りを感じたら、家のまわりを七回走り回り、その後で樹の下に坐って、その怒りがどこに行ったのかを見守るがいい。

あなたはそれを抑圧しなかった。あなたはそれを操らなかった。あなたはそれをほかの誰かに投げつけなかったのだ ……

怒りは精神的な嘔吐にすぎない……
それを誰かに投げつける必要はまるでない……

ジョギングを少しするか、枕を取ってその枕をあなたの手と歯がリラックスするまで叩くがいい。 

変容のなかでは、あなたはけっして操らない。
あなたはもっと醒めるだけだ。

怒りが起こっている——それはすばらしい現象だ。それはちょうど雲のなかの電気のようだ……

怒りが起こっているさなかでも、あなたが突然意識するようになったら、それは落ちる。それを試してごらん!

自分が熱くなっていて人を殺したいそのさなかに——突然醒める。

すると、あなたはなにかが変わったのを感じる。内側のギア、そのカチッという音をあなたは感じることができる。

なにかが変わったのだ。
あなたの内なる存在がリラックスした。

あなたの外側の層がリラックスするには時間がかかるだろう。だが、内側の層はすでにリラックスしている。協力が壊された……

もうあなたは同化していない。肉体が冷めるには少し時間がかかる。だが、中心深くでは、あらゆることがクールだ……

クールなとき、あなたは全世界を楽しむことができる。ホットなとき、あなたは失われている。同化している。あなたはそのなかでどうしようもなく混乱している。どうしてそれを楽しむことができるだろう? 

これは矛盾して聞こえるかもしれない。
だが私はあなたに言おう、
覚者だけがこの世界を楽しむ。 

AND THE FLOWERS SHOWERED, pp.50-72

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ひとつの行為を
情熱的に、
強烈に、
全身全霊を打ち込んで関わって、
何も手控えることなく
トータルであるべきだ。

トータルであるということは
そういうことだ。

踊るときは
ひたすら踊れば
他の世界のことは
忘れてしまうだろう。

自分のことすら忘れてしまい、
ただダンスだけがそこにある。
これがトータルであるということだ。

ダンスは完璧なものになるかもしれないし、
完璧なものにならないかもしれないが
それは問題ではない。

どんどん良くなっていることができたとしたら、
それが完璧なものであるはずがない。

あらゆるものは
もっとよくなりうるのだから、
完璧なものではない。
ありえない。
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こんな禅の逸話がある。

ある殿様が禅師から庭作りを習っていた。禅師は殿様を指導してお城に立派な庭を作るようにと命じた。

3年後に禅師がやってきた時に、その庭がトータル、「円満具足」なものになっていたなら殿様は免許皆伝を許される。

だが殿様はこの「円満具足」という言葉を分かっていなかった。私たちもみんな分かっていない。

殿様は円満具足とは完璧であることだと思ったので、庭を完璧なものに作った。

彼は何千人という庭師たちを使って、日本にこれまでなかったような完璧な庭園を作り上げた。

3年後に禅師がやってきたとき、殿様は自信満々だったし、庭の出来栄えにすっかり満足してた。

ところが禅師は普段は全く見せたことのない
ひどく困惑した悲しそうな顔つきをしていた。

殿様はだんだんと心配になってきた。
何か気に入らないことがあるのだろうか?
3年間も努力を重ねてきたのに今はこれ以上良くならないほど完璧に仕上がったのに。

禅師の沈黙が重苦しく感じられた。

とうとう彼は尋ねた。
「どうなさったのですか?
なぜ何も言ってくださらないのですか?
この庭はお気に召しませんか?」

禅師が口を開いて言った。

「この庭はよくできすぎていて
いかにも作り物らしい。
自然がこれほど綺麗に出来上がるだろうか。

もう手をくわえるところがないほど出来上がっているから、それでわしは残念に思っていたのだ。

わしは『円満具足のものにせよ』と言ったはずだが、あなたは誤解なさったようだな。

庭のどこを探しても枯れ葉ひとつ落ちていない。それは不自然ではないかね 」

殿様は言った。

「落ち葉は全て片付けさせました。随分積もっていましたからね。あなた様をお迎えするために綺麗さっぱり片付けさせたのです!」

禅師は言った。
「ざるを貸してくだされ」

ざるが持ってこられた。
彼は落ち葉が捨てられた庭の外に出た。

ざるにいっぱいの枯葉を盛ると禅師は庭に入ってきて小道にそれをばらまいた。

すると風が吹いて落ち葉が舞い始め、さらさらと綺麗な音を立てた。

禅師は満足に言った。

「さあこれで申し分ありません。

もはやできすぎではありませんから
これで欠けるところもありません。
これでもっと自然になりました。

落ち葉ひとつもなかったら
それがたてる響きもないし、
この庭は死んでいます」

完璧など気にしないで、
トータルでありなさい。

Osho

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