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先日、とある女性起業家さんと偶然同じ場所に出没していることがメッセージのやり取りでわかり急遽落ち合った。

彼女は同じ歳で、ちょうど同じ時期に事業を立ち上げたこともあり、職種は全く違うし会うのも2、3度なのだけど話は大いに盛り上がった。

その中でふとメンターの話になった。
私も彼女も、メンターがいると言えばいるしいないと言えばいない。

先日の記事にも書いたように
『誰かに依存しない生き方』
事業がある程度自分のやり方で固まった時に私は何か特定のビジネスモデルや組織に依存するのを辞めた。
それは彼女も同じだった。

山に登るときに導いてくれる存在がいると一気に登ることが出来るというのは理解できる。
ただ、それは一歩間違えると依存の関係に陥りやすい。
そして自分もそうなりそうな時があったから判る。

人に依存するのはすごく楽だ。
この人の言う事を聞いていれば大丈夫、うまくいくと、判断を他人に任せると不安な気持ちが落ち着く。
これは自分の失敗談でもあるが、そうすると自分の判断で何も動かなくて良くなるのだ。
一番、現場を見ている人達の意見を聞かずに。

失敗から学んだ。
全ての判断に対する責任は自分だという事は常に念頭に置いておかなければいけない。

私にはメンターだと思っている人が何人かいる。
契約を結んでいるわけではなく、勝手に思っているだけだ。
私の判断を黙って見守り、それは良いねと背中を押してくれたり、悩んでいる時に手を差し伸べてくれたり、ポツポツと自分の時はこうだったけど、アドバイスをくれたりする。

この人についていけば大丈夫、という人では無い。
起業家として、人として、こうありたい、と思える人たちだ。

そして私が最終的に事業の進め方の決定を下す判断基準はメンターではなく講師やチームの意見である。

メンターより顧客の声を聞き、講師の声を聞き、チームの声を聞く。

自分の事業を一番理解している、までは言わないが辛い時に一番覚悟を持てるのは自分しかいない。
誰よりも、自分が一番自分の事業を愛しているのだ。

そんな自分の事業が立ち行かなくなった時に、誰が一緒に戦ってくれるか?
誰が最後まで残ってくれるか?
それを思い浮かべると、誰に自分の事業を相談するかが理解できる。
(因みに私は基本自分の判断を信用していないので、最近は必ず協会内会議にかける(笑))

それは講師たちにも言えることで、代表が絶対という組織は作りたくなかった。
それは依存しか生まれない。

私についてきて欲しい。という言葉は、私についてきたら大丈夫ということでは無い。
一緒に、同じ夢を見て同じ船に乗って欲しいという事なのである。