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自分の考えてる正義は

もしかすると

他の人からしたら

悪かもしれない。

全方位全てに対して

正義を振りかざす事は

あくまでも

1つの議論として

受け手が取ればいい。

それを

敵対するのではなく

受け入れる事から始まる。

正義と悪ではなく

その人の

譲れないところだと思います。

だから

みんなで

良くなる方向を

見つけていく事が大事だと思う。

ポジティブシンキングがいいと言われてるが

本当にそれでいいのか?

と思うわけです。

ポジティブだけでは

良くなくて

ポジティブの対になる

ネガティブな要因も知っておくべきだと思う訳です。

ポジティブな部分の中にも

ネガティブな部分もあるという

両義的な視点がある事により

一喜一憂しなくなると思う。

「要は平常心」を

どう作るかが

パフォーマンスの質を保てる方法だと思う。

ポジティブな要因とネガティブな要因を

両方を1つの事柄で考えれる事が出来たら

小さな事柄でも

大切な出来事に変えれる力が

養えると思う。


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「道」

とは

永遠に続いてるように思える。

が、、、

「道」を

舗装された道として考えるのか

ゴールに向かってるものとして捉えるか

どう捉えるかは人それぞれだが

整ってるだけの「道」だけが

「道」ではないという事。

歩きづらい

曲がりくねっていたり

坂道になっていたり

きっと

自分の未来と照らし合わせてみたらいい

きっと

自分の目的地がある人は

歩くのをやめないけど

目的がない人は

歩くのがつらいだろうと

あとどれくらい歩くのか

あとどれくらい時間がかかるのか

と不安になって歩けなくなるかもだけど

目指すべき方向性がある人は

いつか辿り着くっていう

安心感から歩き続ける事が出来ると思う。

有名な「吉田松陰」は

自分の「道」が終わるのを知りながら

あとの「道」を

松下村塾の弟子に任せてる

ゴールさえ見えれば

誰かに託せるという事を身をもって

証明している。

ゴールを見据えて

「今」という足元を

しっかりみて

一歩ずつ進む事が

ゴールに向かってるという

実感になるのではないか

そのゴールは

「成功」ではなく

その「道」で何をやったのか?

ではないのかと思う。

みんなが向かってる「道」だけが

正解ではなく

自分が歩いてみたい

「道」を探す事も楽しいのではないかと

最近は思います。

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