焚吐 リアルライブ・カプセル Vol.3 〜解放運動〜」、全公演歌い切りました。

名古屋・大阪はアンコール含め20曲、東京はファイナルということもありサプライズに+1曲という何ともボリューミーなセトリでしたが、時間は非情にもマッハで過ぎ去っていきましたね。

正直セトリを組んだ当初は「これどう足掻いても中弛みしないか…?」と不安になったし僕自身どんなに好きなアーティストのライブでも"長い"と感じたらアンコールを待たずに即会場を出るような辛抱ない奴なので、今回はとにかく皆さんの「もう終わり!?」を引き出すべく心血を注ぎました。いかがでしたか?

ひとりひとりに感想聞いて回りたいくらいですけど聞くまでもないのだろうか。皆さんいい顔してたし。

そう、顔。ツアーも2回目なので少し心にゆとりが出来たというか、己のパフォーマンスのみならずバンドメンバーの息遣いとか照明とか、以前にも増して周囲に気を配れるようになっていて、その中でも特に皆さんの顔、表情が強く印象に残っているんですね。

音に身を任せ夢中で楽しんでいる表情、曲に込められたメッセージを汲み取ろうと真剣な表情、終盤で一音も逃すまいと神経を研ぎ澄ませている表情…とてもここには書き切れません。

お客さんの数だけそれぞれ楽しみ方があり、想いがあり、そして人生があるということを再確認しました。

ライブをする上で自身に課した鉄の掟のひとつに「聴き方を限定しない」というものがあるのですが、いくら手拍子してください、タオル振り回してくださいとか言ってもそれらは結局自由参加(そりゃ応えてくれたら死ぬほど嬉しいですけど)で、皆さんが「ノれない自分」「場に馴染めない自分」を悲観する理由なんて万に一つもないんですよ。

お金払ってチケット取ってここにいる時点で焚吐っていうアーティストが好きなのには変わりないんだから、もうそれだけで充分。愛をありがとうございます。

いただいた愛には愛でお返ししなくちゃですね。これでもアーティストの端くれなので大切なことは全部曲に、ライブに込めて届けます。

それでは、また会う日まで…

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『春なのに』…華やかな季節には似つかわしくない別れや、それに伴う悲哀を歌い上げた昭和の名曲だ。ただ最近「春って、言うほど華やかな季節だっけか?」と思ってしまうほど心が塞ぎ込んで仕方ない。自分にとってはもはやこの憂愁は『春だから』なのである。

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身をやつすほどの悩みは今の自分にはないはずで、それどころか幸せを感じる瞬間は数年前より格段に増えた。

一例として、物心付いたときから就寝前に「今日あった良いこと」をおさらいするのが習慣化しているのだが、一時期はネタがなさすぎて苦し紛れに「"こちら側のどこからでも切れます"と表記された小袋が本当に一発で開けられた」なんてつまらないエピソードをひり出していた。

それがどうだ。今となっては、さらい切れないほどの幸せに満ち満ちた日も珍しくない。数年ぽっちで人間は変われる、それを身を以て体感した。

しかし幸せというのは掴みどころのないやつで、指の隙間からさらさらと流れ落ちていくのを止められない。要はこの身体は燃費が悪いのだ。一欠片の幸せで1日をやり過ごすことすら難い。省エネ至上主義の現代において"自分"という機体はさしずめポンコツ以下といったところか。

一方、漠然とした怒りや不安は排出されることなく心の内壁にへばりついたまま。それが日に日に膨れ上がり、こんな支離滅裂な記事を書くにまで至ってしまったのだ。

だが、いつまでも立ち止まってはいられない。一刻も早くここから抜け出さねばならない。幸いなことにこのポンコツには行動力という意外な武器が備わっている。まず初めに実践したのは…散歩だった。

「いや、そこはアーティストらしく楽曲に昇華しろよ」という意見もご最もなのだが、"大量の宿題を残して迎えた夏休み後半戦"さながら、不安要素を取り除かない限り何をするにも身が入らないのである。あと、それとは別に曲はちゃんと作っているから許して欲しい。うん。

話を戻すが、街灯もまばらな閑静な住宅街を歩いていると程良く空っぽになれていい。自分の身体が春特有の生温い空気に溶け込んでいき、徐々に輪郭を失くしていく感じが堪らない。

この深夜の散歩タイムでだけ、僕は僕を放棄することが出来る。割り振られた業務、ぶつけられた悪意、背負った運命、その全てを忘れ去り、あたかも焚吐なんて人間が初めから存在していなかったかのように振る舞えるこの時間が好きだ。

グルメに読書に映画鑑賞に、息抜きの方法は数あれど、自分の中で最も頭を使わずに済むのが散歩なのだと思う。しかし、それでもまだセンチメンタルは消化不良どころか魚の小骨のように喉に突き刺さったまま胃へ降りてくる気配すらない。一体どうしたものか。

兎にも角にも、皆さんおすすめの対処法があったらリプライやコメントで教えていただけると助かる。

…さて、勢い任せで書き殴ったはいいものの、全くもってまとまりのない文章になってしまい申し訳ないです。エッセイ読むのが好きなのでこういうの一回やってみたくて。次はもう少しがんばります。

昨日、『神風エクスプレス』のリリースイベントがファイナルを迎えました。

「時が止まればいいのに」、そう100回くらい祈って100回勝手に裏切られたような心持ち。

21年間、残酷なまでの早さで過ぎ去った歳月をこの目でしかと見届けてきたはずなのに、この切なさにはどうにも慣れることが出来ません。

歌っている最中も「このままコールドスリープ出来たら幸せだなあ」なんて妄想を繰り広げておりました。なんと往生際の悪い。

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「でもね、違うでしょう」僕は自分に言い聞かせます。「これで終わりじゃないんだよ」肩を落とす現在の僕を未来の僕が鼓舞します。

そうです。これで終わりじゃないのです。昨日発表したミニアルバムのリリースが控えてる…夏には久々のワンマンツアーが控えてる…まだ何も終わってなんかいないのです。

『神風エクスプレス』のサビにこんな一節があります。

"とうとう発進です"

久しく失せていた感情が蘇る。ピクリとも動かなかった心が痛いくらいに跳ねる。味気なかった日常が途端に色付いていく。

"とうとう発進です"

長い間この身を縛り付けていた呪いが徐々に解けていく…

誰かに投げかけた言葉は得てして自分に返ってくるものです。今『神風エクスプレス』を聴くと「立ち止まっている場合じゃないぞ」と言われているようで、更にそれは焚吐やみやかわくんの声ではなく曲自身の意思のように感じられるのです。

どうしてでしょうか。僕らが全国を旅したように、『神風エクスプレス』という曲も旅を経て成長したからじゃないでしょうか。そうだったらいいな。

僕は、焚吐というアーティストは、この尊すぎる思い出を胸にこれからも前へ前へと突き進んでいきます。

そんな生き方の方がきっとこの曲には相応しい。

"とうとう発進です"

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