あと一週間ほどであの忌まわしき行事がやって来てしまう。10月31日…荒ぶる渋谷…多忙な警官…探すまでもないウォーリー…そう、ハロウィンだ。

町内会や近所の小さなパン屋は今年もその"たかだか平日"を大層楽しみにしているようで、カボチャのランタンやどうせクリスマスに流用するであろう色とりどりの電飾だとかをそれっぽく並べて来たるべく日に備えている。

というかそもそもハロウィンってなんだ。知り合いの話によれば秋の収穫を祝う誉れ高き行事らしいのだが、いくら何でも形骸化しすぎだろ。植物へのリスペクト0かよ。もう今年からハロウィンは"脱穀の日"とかに改名して「国民一人につき茶碗一杯分の米を手作業で脱穀する」みたいなノルマを課せ。誰ひとり外に出るな。

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…と、ここまで読んで気付く方もいると思うのだが、これは僕の超個人的なハロウィンへの不満を書き連ねただけのくだらないハロウィンdis記事だ。よってハロウィンを生き甲斐にしていたり、ハロウィンを侮辱する輩を親の仇の如く恨んでいる方々は直ちにブラウザバックを。

何にせよあなた方の価値観を否定する意図は一切ないのでこんな記事気にせず好きに楽しんでください。本当に。

…さて、予防線も張ったことだし単刀直入に言わせていただくと僕はハロウィンが苦手だ。敢えて"嫌い"と言い切らないのには幾つか理由があり、その①コンセプト自体は結構好きだから、その②美味い菓子が食べられるから、という至極単純なものである。

特に菓子は「ハロウィン撲滅隊」みたいな連中が絶品スイーツと称して毒物やゲテモノを売り出さない限り基本的に我々を裏切らないだろう。というか純粋に栗、カボチャ、サツマイモが大好物なので、なんだかんだハロウィンの恩恵にあずかってはいるのだ。

だがしかし、それ以外の要素は概ね嫌い。人混みも酔っ払いも激化するポイ捨ても痴漢も心の底から嫌い。仲良くペアルックしているカップルも嫌い(ミニオンズかゾンビどっちの仮装をするか、みたいな些細な理由で揉めて世界中のカップルが一組残らず破局すればいいと思う)。

たぶん僕は心の奥底で自分のことを救いようのない欠陥品だと思っているので、たとえハロウィンじゃなくても常に"人間のコスプレ"をしているような心持ちで生きている。「お前はどこかしら欠けた人間だ。だから裏切られた。いじめられた。人としての尊厳を踏みにじられた」という幻聴を振り切るためにガムシャラに生きている。

なのに奴らはどうだ。わざわざ"人間のコスプレ"なんかしなくともその辺で適当に買った猫耳でも付ければいとも簡単に別の何かに転身出来る。正直死ぬほど羨ましい。

思い思いの仮装に身を包んだパリピを目にする度「えwお前音楽とか大層なもんで武装しといて未だに人間にしかなれてないの?ダッサwwwお生憎様だけど俺ら生まれつき人間だからお前みたいな出来損ないに構ってる暇ないんだわwww」と責め立てられているようでめちゃくちゃ憂鬱な気分になる。いや、被害妄想甚だしいのだが。

ポケモンに例えるなら、ダンボールで作ったハリボテを構えて必死にピカチュウのフリをしてるピチューの横で、生まれつきピカチュウの奴らが次々とライチュウに進化していくような…(飽くまで例え話なのでピチューが劣っているとかでは決してない。だってピチューかわいいもん)

これってもはや「ピチューにはピチューの幸せがある」みたいな綺麗事で片付けられるような問題じゃないと思う。僕だってピカチュウの背丈でしか見られない景色が見たいし、ピカチュウでしか出来ない経験がしてみたい。

そのためには大事に抱え込んでいる"かわらずの石"(ポケモンやってない方にはとことん不親切なたとえですみません)をさっさと捨て去るべきなのだが、それがなかなか出来ない。心の奥の奥にこびり付いた劣等感がそれを許してくれない。

こんな半端な気持ちで仮装してもそれはただ単に"ピカチュウのハリボテ"から"ライチュウのハリボテ"に着替えるだけの行為であり、虚しいだけだ。ゲームでもスポーツでも一足飛びに成長が出来ないように僕もまずは完全に"人間"にならなきゃいけない、そう強く思う。

…と、まあここまで愚痴れば割とスッキリして一旦冷静になるのだが、この焚吐ってやつ面倒臭すぎるな…?ああ、自分か…

ぼちぼち指が疲れてきたのでまとめると、書いているうちに気付いたのは「僕が一番嫌いなのって結局"ハロウィンを背景にしたとき真ん中に突っ立っている自分というザコキャラ"じゃね?」ということだ。

仮装、装飾、馬鹿騒ぎ、それらへの嫌悪感の起源となっているのはどうせほとんどが嫉妬だし、改めてハロウィンやそれを愛する方々に何の罪もないってことが浮き彫りになっただけの記事だった。なんだこれ。

今回は気付いたら勝手に自爆していたわけだが、これからも何か物申したいことがあったら懲りずにぶちまけていくので暇なときはぜひ覗きに来て欲しい。クソ、怒りの矛先を失ったせいかちっとも上手く締められない…

あ、そういえばNewシングルが丁度ハロウィンに出るので…というか運良くハロウィン当日に渋谷でリリースイベントやるので…これを機に好きになれるといいな…うん…

おしまい

昨晩は久々に幼馴染と会った。親友というものの定義はよく分からないが「彼を親友と呼ばずして何を親友と呼ぶのだろう」という程度には付き合いが長いし仲も良い、と思う。

そんな彼に二週間ほど前LINEで突然「黒いラーメン食べたすぎない?」と訊かれ、正直食べたすぎることはないのだが何となく面白そうだったので二つ返事で「食べたい」と返した。幼馴染の約束の取り付け方なんて大抵そんなものである。

いつも直前で決めてバタバタするので「集合場所どうする?」と送ったらすかさず「学校帰りに合流するからこの時間にこの電車に乗って来て欲しい」と乗換案内のスクショを送り付けられた。どうやら電車内で合流してそのまま目的地に向かう、ということらしい。特に不都合はなかったのでそれで了承したが、あまりのスピード解決にしばらく僕の思考が停止したのは想像に難くないだろう。

当日、というか昨日の19時半頃、正月ぶりに会ったN氏はなんだか妙に大人びていて驚いた。半年ほどで急激に背が伸び…というのは僕ひとり座っていた故の気のせいだとしても、顔付きだとか服装だとかが前会ったときよりも格段に"成人男性のそれ"らしくなっていたのだ。ちょっと悔しい。ただ一度口を開けば記憶の中のN氏と何ら変わっておらず安堵した。

それから目的地に着くまでは僕の伊達メガネが曲がっていることをいじり倒されたり、「見てこれ、昼に食べたパスタのシミ」「じゃあ反対側にも似たようなシミ付けてシンメトリーにしとかないとね」などと猛烈にくだらない話をした。

30分ほどの乗車時間を少しも苦に思わないほど会話は弾みに弾み、あっという間に最寄り駅に到着。重度の方向音痴でお馴染みの僕は端から頼りにされていないため、ラーメン屋までの道のりはN氏がひとりでがんばってくれた。

店に着き、当ブログ的にもここからやっとこさラーメンのレポに入っていくわけだが、百聞は一見にしかずということでまずはこちらをご覧いただきたい。

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はい、勝利。美味しくないわけがない。N氏に「せっかくだし麺の写真撮っておかなくていいの?」と言われた気がしなくもないが、さっさと食べたかったので聞こえないふりをして麺をすすり始めた。今言えることはただひとつ、友の忠告は素直に聞き入れるべし。

お見せ出来ないのが残念だが(自業自得)、話に聞いた通り麺が真っ黒い。その独特な風味もさることながらスープやチャーシューも旨味が凝縮されており大変美味だった。気になる方は「ラーメン ハマトラ」で検索。

二郎や中本、油そば等パンチの強いラーメンももちろん良いが、原点に立ち返り舌をリセットするという意味でもたまにはこういったシンプルなラーメンも食べておかなければなあ、と痛感した。

完食後、大満足で店を出たものの、そのまま解散するのは名残惜しかったため近くのカフェで適当に駄弁ることになった。初めこそは近況報告や今現在ハマっている物事について話していたが、次第にヒートアップし最終的にはディープなジモトークへ。何しろ十数年来の付き合いなので、昔話なんか始めようものなら朝までノンストップで語れてしまう。

そうしているうちに話に登場した"思い出の地"へ行きたくて仕方がなくなり、解散予定時刻をとうに過ぎていることも忘れ、ふたりして電車に飛び乗った。N氏は出会った当初から住所が変わらないため毎日のように目にしている光景かもしれないが、中学卒業と同時に隣町へ引っ越した自分にとっては久々の帰郷(?)である。

しかし「いざ来てみたはいいものの自分ひとり興奮してN氏が置いてきぼりになるのだけは避けたいな」などと心配していたら、地理に詳しいN氏が「昔ここには川が流れてて…」だとか「ここら辺は地盤が丈夫だから住むのにはもってこいだよ」だとかマップ片手に語り出すものだから自然と笑みがこぼれた。

日付けが変わってもふたりでひたすら歩き続け、最後に一番思い入れのある〇〇公園へ向かった。良い意味であの頃と代わり映えしない景色を横目にふわふわとした気持ちで歩く。「あ、ここのケーキ良いよね」とか独り言みたいに呟きながら歩く。

そうしたらまもなく着いた。〇〇公園跡地に。結果から述べると公園は取り壊され、そこには新築マンションが建っていた。

確かに道中N氏がそう教えてくれたけど、あまりにショッキングで無意識に記憶から消そうとしていた。ただ目の前にあるのは錆びたブランコでも砂場でもなくマンション。今朝ツイッターを開いてようやく昨晩が中秋の名月であったことを知ったのだが、それよりも何よりもマンション付近に乱立する街灯の方が遥かに印象に残ってしまった。

ぶっちゃけ新築マンション(特に中層)は好きだし見ていて楽しいことには違いないが「わざわざ〇〇公園を犠牲にするこたぁなかっただろ」と身勝手すぎる怒りが湧いてきて無性に泣きたくなった。タイミング的に色々と気が滅入っていたのもあったしむしろ一発泣かせてくれ、とさえ思った。

でもあれこれ思いを巡らせているうちに「これも大人になるための通過儀礼なのかなあ」なんて結論に至る。脱皮した蛇は二度と元の皮に戻れないし、僕も21歳相応に切り捨てるべきものがあるってことでは?とりあえずそういうことにしておこう。

過去との決別に未来との対峙。最近何かと病みがちだが、きっと踏ん張りどきなのだ。とりあえずそういうことにしておこう(めちゃくちゃ便利だな、このフレーズ)。

その後、徒歩でN氏の家まで行き、解散した。お互い忙しくて次に会えるのは来年かもしれないが、それまでに"白いラーメン"が食べられるラーメン屋を探しておこうと思う。

焚吐 リアルライブ・カプセル Vol.3 〜解放運動〜」、全公演歌い切りました。

名古屋・大阪はアンコール含め20曲、東京はファイナルということもありサプライズに+1曲という何ともボリューミーなセトリでしたが、時間は非情にもマッハで過ぎ去っていきましたね。

正直セトリを組んだ当初は「これどう足掻いても中弛みしないか…?」と不安になったし僕自身どんなに好きなアーティストのライブでも"長い"と感じたらアンコールを待たずに即会場を出るような辛抱ない奴なので、今回はとにかく皆さんの「もう終わり!?」を引き出すべく心血を注ぎました。いかがでしたか?

ひとりひとりに感想聞いて回りたいくらいですけど聞くまでもないのだろうか。皆さんいい顔してたし。

そう、顔。ツアーも2回目なので少し心にゆとりが出来たというか、己のパフォーマンスのみならずバンドメンバーの息遣いとか照明とか、以前にも増して周囲に気を配れるようになっていて、その中でも特に皆さんの顔、表情が強く印象に残っているんですね。

音に身を任せ夢中で楽しんでいる表情、曲に込められたメッセージを汲み取ろうと真剣な表情、終盤で一音も逃すまいと神経を研ぎ澄ませている表情…とてもここには書き切れません。

お客さんの数だけそれぞれ楽しみ方があり、想いがあり、そして人生があるということを再確認しました。

ライブをする上で自身に課した鉄の掟のひとつに「聴き方を限定しない」というものがあるのですが、いくら手拍子してください、タオル振り回してくださいとか言ってもそれらは結局自由参加(そりゃ応えてくれたら死ぬほど嬉しいですけど)で、皆さんが「ノれない自分」「場に馴染めない自分」を悲観する理由なんて万に一つもないんですよ。

お金払ってチケット取ってここにいる時点で焚吐っていうアーティストが好きなのには変わりないんだから、もうそれだけで充分。愛をありがとうございます。

いただいた愛には愛でお返ししなくちゃですね。これでもアーティストの端くれなので大切なことは全部曲に、ライブに込めて届けます。

それでは、また会う日まで…

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