舞台役者として活動を始め、現在はロックバンド・ココロオークションのミュージックビデオ出演など活躍の場を広げている松本旭平さん。今年大注目の役者である彼は、4月15日(土)より、劇団わらび座のミュージカル「ジパング青春記〜慶長遣欧使節団出帆〜」に主演することが決まっています。松本さんの故郷、宮城県にある石巻を舞台にしたこの公演についてや芸能界デビューのきっかけについて、プライベートのことまでうかがってきました!

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――LINE BLOGを始めていただき、ありがとうございます。ブログの感想から教えていただけますか?

ブログを始めてから変わったとは、LINE BLOGというと、有名な芸能人の方がたくさんやってらっしゃるので、自分も芸能人なんだなっていう意識が出てきました(笑) 公式アカウントを持てたこともすごくうれしいです。



――ブログにつくコメントは読まれていますか?

コメント、読んでます! 何回も繰り返し、寝る前に読んだりしています!



――それはうれしいですね。何回もコメントしてくださる方は覚えてらっしゃったりしますか?

けっこう覚えています。この人、コメント減っちゃったなぁとか、しなくなっちゃったな、とか気になったりします。



――写真もカッコいいです! 自撮りですか?

そうですね。まだ顔が全然売れていないので、たまたま僕のブログに飛んで来てくれた人が見たときのために、自分の写真は1枚載せておこうと思って。自分大好きな人みたいに思われるかもしれないですけど、がんばってます(笑)



――自撮り写真は見ているほうも親近感がわきますしね。

お仕事として撮ってもらった写真ももちろんいいんですけど、ブログでしか見られない写真も出していこうと思っています。



――LINE LIVEも配信してくださっていますがこちらはいかがですか?

普段あまりファンの方とコミュニケーションを取ることがないので、ファンの方もお芝居をしているときの僕しか知らないんですよね。なのでふつうに話しているところを見てもらえたり、コメントを通して絡めたりするのはうれしいなって思いますね。


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名もなき若者の役だからこそ、伝えられることがあると思うんです

――わらび座の舞台「ジパング青春記〜慶長遣欧使節団出帆〜」の主演を務められるということで、こちらのお話もうかがいたいのですが、まだ稽古には入ってらっしゃらないんですよね?(注:このインタビューは2016年12月に行われました)

まだなんです。台本ももらっていなくて。



――ストーリーは宮城県の石巻を舞台にした歴史ものですよね。松本さんも仙台ご出身ということで、東日本大震災と感覚的にかぶるところがあるのでは?

そうですね。今から400年前に東日本大震災のときと同じような津波が石巻に来ていて、その津波の2年後に伊達政宗や支倉常長が海外に向けて出港しているんです。その史実を元に作られたお話なんですけど。今まで知られていなかった史実で、最近になってわかったことらしいんです。

400年前に津波が来て、伊達政宗や支倉常長がその復興を兼ねて海外に向かったのではないかという見方があって。僕はその時代の石巻に住んでいた名もなき若者の役です。お話の中で、400年も前に今の東日本大震災のあとのように、復興に向けて動いた人たちがいた、ということを伝えていきたいんですけど、伊達政宗や支倉常長という有名な人たちを主役にしてしまうと、見るほうも“歴史もの”ということで気が張ってしまうと思うんです。でもこの舞台は、海外へ船出することを夢見る名もなき若者が主役なので、見ていただく方にも感情移入してもらいやすいと思います。



――伊達政宗や支倉常長が命を発した、欧州へ船出するための船作りに駆り出された若者の役ですね。船作りに参加するうちに、太平洋への船出に自分も憧れていく。

はい。その彼の感情がどう動いていくかというところを見せたいですね。歴史上の人物ではなく、名もなき若者を主役にしたお話というのが新しいし、すごいことだなと思っています。
あとはミュージカルなので、子どもたちにも楽しんでもらえるものにしたい、という思いもあります。



――歴史ものにそんなに興味がない人でも楽しめそうですよね。

そうなんです。ミュージカルが好きな人にはもちろん見てほしいですし、苦手だという人でも楽しめるストーリーだと思うので見ていただきたいです!

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歴史上の人物を演じるつもりで挑みたいです


――ブログにはボイストレーニングをされていることも書かれていましたが、歌の練習も必要ですね!

そうですね。僕はミュージカルは初めての挑戦なので、ミュージカル的な歌い方や発声の仕方についてもゼロからのスタートで、今準備しているところです。



――松本さんは舞台は何本もご出演されていますよね。

そうですね。ただ、今回やらせていただくわらび劇場は700人入るところで、仙台公演の電力ホールにいたっては1000人入るんです。そこまで大きいホールでやったことはないですし、自分にとって未知の経験です。しかも、1年間続く公演なので、体や喉などのケアをどうやってしていったらいいかということも考えなければいけません。そこに関しては先輩たちにいろいろ聞いていきたいなと思っています。



――1年間続く公演というのはなかなかないことですよね。

そうですね。1年もというのは、役者仲間もみんな経験がないので、驚かれました。体調を保つ方法や、体調を崩してしまったときにどうケアするかということも知っておかなければと思っています。1公演なら高熱を出しても、その日を乗り切れば何とかなりますけど、1年ですから。わらび座さんの先輩たちに教えていただけたらと思っています。



――わらび座の共演者さんたちとはもう顔合わせされたんですか?

共演の方ではないんですけど、制作発表のときにわらび座の方、何人かと会わせていただきました。わらび座にはいないタイプだと言ってくださったので、新しい風というとおおげさですけど、そういう存在になれたらと思っています。



――舞台のテーマのひとつである、歴史的な部分にはもともとご興味があったのでしょうか。


仙台出身なので、伊達正宗の存在は知ってはいました。でも詳しいところまでは知らなくて、今、一から勉強しているところです。僕は伊達正宗のような歴史上の人物の役ではないですけれど、その時代を生きた人間を演じるということで、歴史上の人物を演じるくらいの気持ちで挑みたいと思います。


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仙台出身なので、震災に関してメッセージを伝えていきたいと思っています

――東日本大震災のとき、松本さんはすでに東京に出てきていたんですよね?


そうですね。東京の高校に通っていました。ちょうど体育館でマジックの先生が来ていて、体があったまる方法みたいなことを教えてくれていたんです。そのときに校舎が揺れたので、最初みんな「え?マジック?」って思ったんですけど、「違う、地震だ!」ってなって。



――その時には仙台がどうなっているかはわからなかったんですよね。

わからなかったですね。携帯電話の使用がOKの学校だったので、携帯で調べようとしたんですけど、なかなかつながらなくて。あとから宮城のほうが大変だというのを知って。東京も余震がすごかったので、これからどうなっていくんだろう、という不安もありました。



――東日本大震災と同じ津波が来た、ということを題材にした舞台で、しかもそれを石巻で上演されるというのは勇気のいることなんじゃないかなと思うのですが。


そうですね。今も地震は日本各地で起きている状況なので、やるからには芯を持って挑みたいです。生半可な気持ちではできない作品になると思うので。
自分が仙台出身だということもあって、震災に関しては何かしらのメッセージを伝えていきたいという思いは前からありました。その立場に置かせていただけることはすごく光栄ですし、今の僕にしかできないことを伝えられるのではないかと思います。



――松本さんにぴったりな役だなと思います。現時点で他に伝えたいことはありますか?

わらび座さんは劇場が秋田にあるので、秋田とそれから仙台でしか公演をしないんです。なぜ? と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、東北という場所で見ていただくことで伝わるものがあるのではないかと思っています。遠くからでも来ていただいて、東北という場所を感じながら見ていただけたらとてもうれしいです。

僕、東北魂、ってあると思っているんですよ。東北の人たちはすごく芯が強いんです。それを伝えたいですね。それから、いろいろな地方の方たちに来ていただいて、向き合ってもらって、今の東北では復興のためにこういうことをしているんだよ、ということも知ってもらいたいです。そして、津波を経験した子どもたちにも、将来に向けて希望を持てたり、頑張ろうと思ってもらえるような舞台にしたいです。



――すてきですね。震災を機に、仙台から出ていく若者も多かったのではと思いますが、復興のためには若い人たちの力も必要ですよね。

出ていくことは悪いことではないですし、僕自身、東京に出てきているわけですけど、仙台という場所や東北という場所を好きであってほしいなとは思います。東北出身であることに誇りを持ってもらいたいですね。

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落ち続けたオーディション。それなのに自信はなくなりませんでした

――松本さんご自身のことについてもうかがえたらと思います。役者になられたきっかけは何だったのでしょうか。

僕は昔からテレビっ子で、当時やっていたNHKの番組を見て、マネしたりしていました。自分もテーブルをステージに見立てて、親を前に座らせて、自分を見て「キャーッ」って言って手を振ってもらったりして(笑) ステージにいる人への憧れは昔からあったんですけど、自分が芸能人になれるとは思っていませんでした。東北にいたこともあって、違う世界だと思っていました。芸能人は作られたもので、人形みたいな感じというか。



――異次元の世界という感覚ですよね。

そうなんです。身近な世界ではなかったので、作られたアニメみたいな感じで。まさか自分がそういう存在になれるとは全然思っていませんでした。写真館のモデルみたいなことはやっていましたけど。



――子どもの頃から整った容姿だったんですね!

自分で言うのも何なんですけど、子どものころはすごいかわかったんですよ。ポージングがかわいかったみたいで、写真館で写真を撮ったら、お店の人に「この写真、店に飾っていいですか」って言われて、飾られたりしていみたいです。

それで、僕が小学校の1、2年のときだったと思うんですけど、親が姉と僕の履歴書を事務所に送ったんです。キッズとして応募して。それが受かって、東京に来てくださいということになったんですけど、当時は姉も僕も自分たちがそういう仕事をやりたいと思っていなくて、親も東京に行かせるのはちょっと、となってやめたみたいです。



――小さい子どもだけで東京はちょっと大変すぎますしね。

はい。それが小学校4年生のときに東京に家族みんなで引っ越すことになって。そのときに転入した学校に子役として芸能活動をしている子がいたんです。「ふつうの人でも芸能人になれるんだ」と知って、親に猛抗議しました(笑)



――僕もできるんじゃないかと。

やりたいやりたいって1年間言い続けました。僕、飽き性なので、テニスをやりたいと言っては辞め、サッカーをやりたいと言っては辞めて、という感じだったので、親は続かないだろうと思ったみたいです。「今やりたいだけでしょ。芸能界はそんな甘くないよ」って言われて。でもやりたい、と1年間ずっと言い続けたら、とうとう「じゃあやってみたら」と言ってもらえたんです。



――1年間も言い続けたらさすがに親御さんも。

そうなんです(笑) そこからオーディションを受けて、事務所に入ったんですけど、まったく仕事がないまま、中学校生活を過ごして。このままどうなっていくんだろうと思いながら、何でか、自分でもわからないんですけど「俺は売れる」っていう根拠のない自信があって。その自信があったから、今まで続けてこられたのかなと思うんですけど。



――信じていたんですね。その当時、憧れていた俳優さんはいらっしゃったんですか?


神木隆之介君にすごく憧れていました。年齢が同じなんですよ。一度、神木さんが主演のドラマにエキストラで行ったときに「自分と何が違うんだろう」と思って。同じ人間で同じ年齢なのに、何でこんなに差があるんだろう? って考えました。でも神木さんに勝つ自信がある!ってその当時は思っていて。すごい自信まみれだったんですよ(笑)



――俺のほうができるぞ、と。

その自信過剰が良くなかったのかもしれないですね(笑) 自信満々でオーディションを受けていたんですよ。受かるでしょ、みたいな感じで。でもなかなか受からなくて。なのに落ちても自信がなくなることはなくて、ずっと前向きでしたね。だから今まで続けてこられたんだと思うんですけど。



――ずっと一番やりたかったのは俳優だったんですか?

事務所に入るときは、歌を歌いたいと思っていました。歌って踊りたいなって。それで武道館に立ちたいと思っていて。でもエキストラで撮影に行ったりしてみて、俳優がやりたいと思うようになりました。



――ということはミュージカルはやりたかったことなんですね。

そうですね。ただ当時、歌に対して挫折もしたんですよ。歌うことはすごく好きなんですけど、なかなか自分のものにはできなくて。なので、ミュージカルに対しては、緊張もしています。これを機に、この作品を演じ終えたあとは「ミュージカル俳優です」って言えるぐらいにはなっていたいなって思っています。


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「もっとこうしていたら」とう思いは成長の証


――プライベートの松本さんについても教えてください! ご自身ではどんな性格だと思いますか?


さきほどから言ってますが、前向きな性格ですね。基本的に落ち込むことがないので。



――すごいですよね、それ。

言われた言葉がグサグサ刺さることはありますけど、そんなに長く落ち込むことはないです。寝たら次の日、もう大丈夫ってなります。切り替えが早いのかな。そんな性格だから、芸能界に入りたいと思ったのかもしれないですね。



――芸能界ってメンタルが強くないとやっていけないでしょうね。

そうですね。僕はこれからのほうが大変だと思いますけど、前向きさは忘れないでいたいです。



――ここは短所だなと思うところはありますか?

僕、基本的にへらへらしてるんですよ。自分ではマジメにしていると思っているんですけど、へらへらしてるって言われますね。いつもにやついてるみたいです(苦笑)



――そんなことないですけど!(笑) ニコニコしていて感じがいいなって思います。


それが、僕、第一印象は悪いんですよ。「怖そう」って結構言われるんです。



――それはイケメンだからでは?(笑)

いやいや、そうじゃないです(笑) 背が高いから、人のことを見下ろすことになっちゃうんですよ。それで第一印象を良くしようと笑っていたら「へらへらしてる」って言われるし。



――それは難しいですね。どうしたらいいんだろう(笑) それこそ、オーディションとかも第一印象が大事でしょうし。


オーディションは正解がなさすぎてわからないですね。役柄にもよりますし、笑っている子がいいというわけでもないですし。正解のない世界だから自分に満足することがなくて、でもだから続けられるのかなとも思いますね。



――もっとこうしたい、というのが常にあるんですね。


この作品をやり終えた1年後に映像を見たりしたら、きっと「もっとこうしたらよかった」というのが絶対出てくるじゃないですか。でもそれってすごく大切なことなんじゃないかって僕は思っていて。その時は一生懸命やっているんですけど、そこで満足してしまったら、成長がないので。「もっとこうしていたら」を繰り返して、成長していけると思うので、自分にとってその感覚は大事です。


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――ライトな質問もさせてください。趣味と、好きな女の子のタイプを教えてください(笑)

まず趣味は人間観察です。人の心の中を見たくなっちゃうんです。歩いている人を見るのが好きで、この人はどこに向かうのかなって考えたり。カフェにひとりで入ることも多いんですけど、窓際に座って、外の通りを通る人をずっと観察したり、隣の人の会話を聞き耳を立てて聞いて、この人はこういう性格だな、とか、今言ったことはたぶん嘘だなとか考えてます(笑)



――それわかります(笑)

好きな女の子のタイプは…(笑) そこまでタイプというものがないんですけど、気を使える子はすごくすてきだなと思います。あと笑顔がすてきな子は、いいなって思いますね。



――じゃあ、松本さんのイベントとかでファンの子が直接会える機会があったら、とにかく笑顔で。

そうですね。でも緊張している感じもかわいいなって思います(微笑) 無理せず、その子の雰囲気に合っているのがいいんじゃないかな。



――では最後に、今後の夢、展望について教えてください。

今後は「松本旭平」という名前を聞いたら顔が浮かぶくらいの存在になりたい、というのが一番の目標です。それから将来的に息が長い俳優さんになりたいと思っていて、主役ではなくて脇役でも「あ、この人出てたよね」って言われるようになりたいです。脇でも輝ける人になりたいですね。



――こういう役をやってみたい、というのはありますか?

僕、明るい役よりも裏がある役に魅力を感じてしまうので、何を考えているかわからない、二面性がある人物を演じてみたいなって思っています。



――たくさんの夢、ぜひかなえてください! ありがとうございました!

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◆わらび劇場にて4月15日(土)スタート!◆


『ジパング青春記~慶長遣欧使節団出帆~』

松本旭平 公式ブログ

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演技も歌も、すべてにおいて努力家、という印象の松本さん。1年間という長い公演をやりきった時、どんなふうに成長されているのか、とても楽しみです!

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それでは、また。

(撮影/木村直軌、取材・文/藤坂美樹) 


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