月別アーカイブ / 2019年07月

人生の時間の過ごし方
1日の中で(睡眠時間を除いて)一番多くの時間を過ごしている場所。

人によって、家、学校、職場、施設…、
移動が多い人は車だったり公共交通機関だったりするかも知れません。

そこでの過ごし方は、1日の時間の大部分の過ごし方であり、
それを毎日繰り返していくので、人生そのものの過ごし方とも言えます。

僕の場合は、配達をしているので車の中で一番多くの時間を過ごします。(だから朝のブログは交通安全の話が多くなります)

走り始めたら車内は僕一人。
なので、
「今日こそアイツにガツンと言ってやる!」
という思いで独り言をぶつくさ言って過ごすことだってできます(笑)

人に聞かれていないから大丈夫?
そんなことはありません。
そういう所は必ず、人前でも出てしまっています。
本人に自覚が無いだけで。

…いやいや、そういう問題ではありません。
人に聞かれようが聞かれまいが、滲み出ようが出まいが、関係無いです。
それって自分の人生の過ごし方としてどうよ?ということです。
そこが家だろうが職場だろうが一緒です。


本物に触れることが大事
具体的な過ごし方の話になりますが、
僕は車の中ではオーディオブックやVoicyやYouTube(の音声)を聞いています。

何回かいろんな方法を試してみて気づいたのですが、最近はオーディオブックが良いなと改めて思います。
これ↓はAudible(オーディオブックアプリ。無料で入手できます)の画面ですが、
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著名人の方々の言葉を、名のある声優が伝えている。
声優の朗読だから聴き疲れも無くスムーズに頭に入ってきます。
同じ言葉を話しているのに、響かない人と、そうでない人がいます。人が発する言葉は、その人の人生を背負って発せられるからです。(そんなことを誰かが言ってましたが、本当だと思います)
機械での朗読による単なる文字情報で良いなら、すでにその方法が普及しています。
著者の作品に見合った演技の出来る声優・俳優であってこそ、伝わってくるものがあるんですね。
稲盛和夫氏の「生き方」(最近の愛読書)は、その内容はもちろんですが、聴いているだけでも心が洗われるものがあります。
これまでもオーディオブックを聴いていると仕事が上手くいくような実感がありましたが、決して気のせいではありません。
時間の過ごし方は大切とはよく言われますが、具体的に言うと、一つは本物に触れることが大事だということだと思います。

夏になり元気が出てきたので、
昼休みに出かけてきました。
_var_mobile_Media_DCIM_101APPLE_IMG_1206.JPGつくば市神郡の、普門寺。
桜の時期以来です。
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赤門の手前には時期を少し過ぎた紫陽花。

↓Google Photoも頑張って色付け加工してくれました。
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とにかく頑張ったことだけは確か。

ありがとうGoogle。
これで来年の楽しみが増えました。


今は特に目立って◯◯の時期というわけではないようですが、庭園があって草花も綺麗です。
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庭園の池の周辺に生えている「タチギボウシ」。
上が加工前、下が加工後です。

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タチギボウシを別の角度から。
奥に見える赤いのは日傘。平日なのにあそこの下にセルフサービスでお茶まで用意してくれています。
つくば道の中間点にあり、参拝客に優しいお寺です。
日傘の赤をアクセントにしたかったのに、白くなってしまったのが残念。

つくば道の普門寺付近あたりでは、家と家の間に筑波山神社の鳥居が遠くに見えてきます。
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画面中央に見える赤いのが、鳥居です。
肉眼では一目で分かるのですが、写真となると難しいです。
加工して赤を目立たせようとしましたが…、まだまだ修行が足りず上手くいきません。

「本能」について思うこと
「本能の赴くままに」などという言葉は、大抵、良い意味で使われる。

しかし、それは動物的本能ではなく、
むしろ人間ならではの理性と勇気ではないか?と僕は思うのだ。

まだまだ人類の祖先が日常的に命の危険と隣り合わせだった頃から、
本能は生命の維持を最優先する。
未知のものを警戒し、
不快を避け、
変化を恐れる。
そのためなら上手に言い訳をして自分を納得させる達人だ。

未知なる領域に挑戦し、
目先の快楽に溺れず、
環境の変化を受け入れるには、
未来を予想したり、勇気を出すことが多少なりとも必要で、
それは理性を持つ人間にしかできない。

今日も仕事中に本能が言い訳してくる場面があった。


言い訳は人生の時間の無駄
長い梅雨が明け、ようやく外を歩いてチラシ投函ができるようになった。
配達後に200枚くらい撒きに出ようとした矢先、
iPhoneの画面を見ると…
突然の雨予報。
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「アメミル」というアプリだ。雨雲の動きを見て、周辺に出たときに通知をしてくれる。
実際に雲行きが怪しくなり、風が少し強くなって、時々ゴロゴロと聞こえてくる。
_var_mobile_Media_DCIM_118APPLE_IMG_8214.JPGビミョーな空模様だ。

すると僕の本能が、「やめておけ」と警告を出してくる。
「傘をさしながらチラシを撒くのは効率が悪いぞ」
「無駄な労力になりかねない。日を改めて、今日は休んどけ」
「チラシが雨に濡れて使えなくなったらもったいない」
確かに、それは正しい。が、
僕はとりあえず雲の様子を気にしながらチラシを抱えて歩き出した。

風が強くなったり、ゴロゴロと聞こえるたびに空模様を気にしながら歩き、
30分、1時間と過ぎていく。
しかし、結局のところ最後の1枚まで撒き切っても、雨は一滴も降らなかった。

ここでもし本能の言い訳に従って家に帰っていたら、何だかんだ天気が気になって何にも集中できなかったと思う。
日が暮れて暗くなってから後悔したに違いない。
きっと何ヶ月か先、「もっとやっておけばよかったかな…」と後悔するとき、今日のことを思い出すだろう。

しかし、ウダウダ迷っている1時間半の間に、チラシ撒きは終わってしまった。
こんな何のことのない作業に、これだけ言い訳を連ねていたわけだ。
そんな自分にただ呆れるしか無い。

  • 「やるorやらない」のほんのちょっとの違いだが、その差は大きい。
  • 迷ったり言い訳する時間を減らしていくことで、その差はどんどん開いていく。
遅すぎるかもしれないが、初めて実感をもって気づけた気がした。

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