書くぞ!
と、抜け殻になっていた頭に透明なハチマキをきつく締め直すと、僕はまた机の前に向かった。つい1時間前に書き殴った渾身の一行は、見る影も無い程魅力を失っている。何故こんなものが、と慌てて黒で塗り潰すと、またひとつ黒いシミが増えたページを睨み返す。そんな行為を繰り返しながら気が付けば3時間。僕の握り締めたペンの先が謎の図形を描く以外に、ページの空白に着地する事はとうとう一度も無かった。そうしてまた抜け殻に逆戻りした僕は、作詞作業におけるステレオタイプに則り、かっこつけ注文をかましてしまったブラックコーヒーを啜りふうと息をついた。本当はクリームソーダが飲みたかったなあ、と思った。
窓にかかったブラインドの隙間からオレンジ色の光が差し込んでいる。いつの間にか、日はすっかり暮れていた。ああ、今日も何も進展しなかったなあ。振り返れば僕は今日、4時間もの間、喫茶店でコーヒーを冷ましながら真っ白なノートをただただ眺めていただけなのだ。なんという事だ。考えて少し恐ろしくなった。費やした時間に対する罪悪感が昨日までの分と混ざってまた少しため息の濃度を濃くした。
色々な想いに諦めを付けたあと、勘定を払い僕は店を出た。美しい夕空に目が眩んだ。
しかしまあ、よくもこんなに毎日、綺麗な空が生まれるもんだよなあ。僕は夕空が本当に大好きです。
太陽は真っ赤に変わって、赤い空の手前の方は夜が混ざって紫で、雲の模様が何とも綺麗で。もしも地球に侵略者がやってきても、この空を見たらそのあまりの美しさに破壊行為を中止してくれるのではなかろうか。
なんてくだらない事を夢想しながら、赤い空をぼうっと眺めていると、ふと口の中に蘇ったコーヒーの香りが僕を現実に連れ戻した。ああ、やっぱりクリームソーダにしておくんだった、と思った。
黄昏っぱなしの空に舌打ちをした。

身体が熱い。悪寒もするし身体の節々が痛む。昼過ぎまであんなに元気に動き回っていたというのに(生体活動という意味で)。
間違いなく、熱がある。ああそうか、最近は制作で言葉ばかり追っているものだから、きっと脳みそがショートしたのだ。ははあ、さてはこれが知恵熱ってやつか。なんて考えている僕の頭はこの期に及んで何か格好付けようとしている。良い大人が体調管理を怠り発熱している時点で恐らくかなり格好悪いのにだ。まったくおめでたいやつである。
体温計が鳴った。デジタル計には38.5と表示されている。通りで、と思ってすぐ、インフルエンザが流行しているというニュースを思い出してハッとした。同時にそこで紹介されていた症状と今の体調が酷似している事に気が付いて、またハッとした。体は重いし頭もお腹も痛い。これは間違いない、あれだ、今流行りの、B型インフルエンザだ!
子供の頃、病気で学校を休むとき、台風や大雪で学校が休みになるのとは少し違うわくわくがあった。カンカンに差し込む日差しを横目に行使される二度寝。自分の部屋で聞く学校のチャイムの音。今日は見れちゃう笑っていいとも。いつもより優しくしてくれる母や友人。今日、熱があるという理由を持っている僕だけが日常から逸脱できる特権を得る事が出来たのだ。
しかし大人になればその特権はただの迷惑でしかないし、周囲からの気遣いも申し訳無く感じるようになってくる。大人になれば言うまでもなく、一刻も早く完治させる事が急務なのだ。
そんな事を考えていたらまた少し熱が上がった気がした。よし、明日朝一で病院に行こう。一刻も早くウイルスを体内から排除せねば。僕はそう決めて部屋の明かりを消した。
翌朝目を覚ますと、驚く程身体が軽くなっている。
あれ、昨日はあんなに辛かったのに。
病院に行って受診してみると、ただの風邪ですねと言われた。
おかしいな、昨夜はあんなにうなされたのに。
熱もないですし、お薬は…いいですかね?と言われた。
そんな馬鹿な、昨夜はあんなに熱が出ていたのに!
絶対にインフルエンザのはずです!と検査を要求!渋々了承する眼鏡のおばちゃん看護師!鼻に突き刺さる綿棒!走る激痛!痛え!結果は陰性!ごめんなさい!
はあ、大事でなかったのは良かったが、何だか肩透かしを食らってしまった。さて、
帰ろう、と手ぶらで病院の自動ドアを出て僕はハッとした。
ははあ、これが知恵熱ってやつか。


追伸
皆さんも風邪など引かぬよう。

「なんかこの人知ってる」
と、祖母が僕に言うようになって1年余りが経った。いつも化粧を欠かさず、熊のような黒いファーコートの間からブローチを覗かせ、優しく微笑んでくれた僕の"東京のマダム"は、もう自分の名前も憶えていない。彼女の部屋の壁の真ん中、額縁に飾られた彼女の達筆な写経が、西日に照らされ化石のように光った。
僕は愛想という言葉の意味を彼女から教わった。いつもにこにこしていて人当たりが良く、自分の気持ちは隠して表面ばかり良くする人だったが、それがいわゆる都会の人ってもんなのだろう、と僕は理由付けていた。彼女が自分の気持ちを話すときは、物事の後になってぼそっと、しかも言葉にさり気ない棘を添えて呟くのが常で、さっきまで笑顔で話し合っていた相手が帰った後に、あの人はあまり良くないわね。と言ったときは、何が良くないんだろう、と思った。しかし、彼女の波乱万丈な人生を思えば、そんな狡さも僕には格好良く映ったものだった。
そんな風に記憶旅行をしながらふと、テレビ台になっている木製の棚に目をやると見覚えのある背表紙を見つけたので、何と無く手に取りページをめくってみた。それは、昔僕の生家にあったアルバムだった。
これ僕だよ。と無愛想にこちらを見つめる少年時代の僕を彼女に見せてみると、彼女はいつものようににこりと笑って、あらこの子可愛いわねえ、と言った。それが愛想笑いなのかどうかは、僕にはわからなかった。
例えば、僕の記憶を移植された彼女は、僕だろうか、彼女だろうか。何を忘れても、誰を忘れても、自分が自分をどれだけ憶えていられるかが、きっと一番大事だ。記憶というのは不思議なもので、その人の習性や癖のような類の記憶は、きっと忘却の優先順位の最後にあり、割と最後まで残り続ける。そう思って振り返ってみると「何かこの人知ってる」と僕に言った彼女の中で僕の面影は、彼女の人格が置いてあるくらい深い記憶領域のすぐ傍でまだ辛うじて息をしているのかもしれなかった。彼女が、自分自身の名前よりも強い記憶として僕の事をその頭の中に置いてくれていたんだ、と思うと、堪らなかった。
そろそろ行くよ、と通る声で母が言う。そうか、今日は3人で外食をする予定だった。ため息を一つ、アルバムをぱたりと閉じ立ち上がろうとすると祖母は、ちょっと待って、と言って引き出しから化粧道具を持ち出し、手鏡を見ながら細い唇に紅を引き始めた。しばらくして黒いファーコートを羽織ると、微笑んで僕に軽く会釈をした。口紅は子供が引いたように歪んでいたが、そこには、あの東京のマダムが立っていた。

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