の語源の話。
一説には、憑かれた、とあるようだ。
すると、
つかれた。の反対語は
ついた。になる訳か。
つまり、

今日は憑いてる(運が)。

なるほど。
ならばこの場合、
憑いてくれている(運が)。
というべきなのだろうね。

今日は憑かれている
今日は憑いてくれている

では、今僕は何に憑かれているのだろう。
そう考えてみて、どちらの文章に対しても『自分が』という言葉を当てはめようとするあたり、僕はナルシストで、内罰的だなと思う。
だってさ、自分以外の何かに結果の原因を求めたら、負けな気がするやん。負け、という言葉が相応しいかはわからないけれど。
自分に良い結果が齎されても、その原因は自分以外の何かや誰かにある。悔しいよねそれって。
悪い結果に対してだって、自分に原因を求めなけりゃ楽は楽なんだけれども、よくよく考えてゆくと、悔しくなってくる。
自分の行動に結果が伴わないのは、悔しいんだよ。
無責任は、悔しい。
だから、

今日は憑かれている
今日は憑いてくれている

自分の言葉には、しっかり自分を当てはめて生きよう。


ってな事で。
今日もみんな、おつかれさま。
おやすみん

地球上に在る泣いている人間の割合が、それ以外の人間の割合より多いとき、空が泣くのだ。
という話をどこかで聞いたなあと思いながら、まだ小雨の街路を足早に行く。
じゃあお前はきっと、少数派なんだなあ。だって、機嫌が良い日にゃ雨が降るし、嵐がきたって怒っちゃない。
そんな全世界の憂いと反比例する曲者が口を曲げながら今日は珍しく
「雨の日は、気分が暗くなるね」
と言った。
やめてくれ、最後の砦よ。どうか多数派に丸め込まれないで。いつもの調子で笑っておくれよ。

でもさ少し、わかるよ。

雨足が随分と大きな足音を立てる頃、僕は潰れた本屋でひとり、雨宿り。
この空が泣き止む頃、お前はずぶ濡れで泣いているのかな。
そうであって欲しいと願う僕は、勝手だね。
どうかせめて、この雨がもう少し止みませんように。

そう考えるだけでカァっと胸の奥が温度を上げ、そのあとを追うように余熱の尾がなめらかに身体中を撫で上げる。その熱が爪の先まで伝えば、今度は反対に身体がぶると震えて、脳が寒いと訴える。
この体内の異常反応を夜の気温の所為にすべく、僕は両手で肩を摩って言ってみるのだ。「東京の夜は明るいな。」
クリスマスが好きだ。小さい頃からほとんど最近まで、この時期は家族や友人と集まって必ずホームパーティーを開いた。オレンジ色の調光ライトを落として、パンとビーフシチューを食べる。"Have yourself a merry little christmas"が終わるとCDが止まるから、それを合図に席を立ちもう一度一曲目からかけ直すのが僕の役。トランプや下らないゲームにはしゃいで、最後は友達とプレゼントを交換した。
こうして、店のショーウィンドウの向こうに飾られたツリーのオーナメントなんかを見れば、そんな事が走馬灯のように、いつでも頭に浮かぶんだ!
ふと、マッチ売りの少女が最後の一本の灯りを見届けた後のように、目の前が薄暗くなって、またすぐ身体がぶると震えた。
ああ今日は寒いなあ。


追伸
明日は、思いっきり楽しみます。

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