もうこの世のどこにもいないと思うと、本当に悲しくて仕方がない。
遺書まで書いて、命を断つ準備を整えて、それでも死を選んだほどの彼の苦しみはどれだけのものだったんだと考えると、とてつもなく辛くなりました。

テレビも映画もほとんど見ないので、最近の俳優さんはほとんど知らない。でも三浦春馬さんは唯一好きだった。すごく好きだった。

訃報を聞いて、かたちにしておきたい思いがあった。
その頃を思い出すことは、閉じた傷をあえてまた開くような作業ですが、今ならそれをまた閉じられる強さがある。そしてそれを伝えておきたい人がどこかにいる気がするので書きます。

去年の秋頃、私はとても追い詰められてました。
心がぼろぼろになり、毎日吐き気がして、毎日泣いていました。仕事をしていても、少しでも張り詰めた糸を緩めてしまうと、涙が止まらなくて、トイレに入って何とか気持ちを抑えて、どうにか平常心を取り直す。
大丈夫だ大丈夫だと言い聞かせて、もうほとんど手のひらに残ってない自分が生きている意味を、なんとかして溢さないように必死に必死に繋ぎ止めるように生きていました。
もともと心は強くなく、その割には何故か大変な人生でしたが、それでも意地でも幸せになってやると思っていたのに、それが初めてできなくなりました。

こんなに苦しいなら、死んでしまった方が絶対に幸せだと次第に思うようになりました。

例えるならば出口のない海に閉じ込められて、息ができないのに気を失うことも出来ず、苦しくて苦しくてたまらない。これからも一生それが続くような気持ちでした。

それでも最後の一歩を踏みださずにいられたのは、それを話せる人が1人いたからだったのかなと今思います。私は気が狂ったように母に四六時中、大丈夫だよね?大丈夫だよね?と尋ねていました。母は何度も何度も、絶対に大丈夫、絶対に大丈夫と何度も伝えていつも泣いている私を必死に諭していました。

しばらくそんな日々が続きながら、何とか何とか、毎日をやり過ごしました。

そしたら、そのあと何故か目の覚めるよなショッキングなできごとがたくさん起きました。普通だったらきっとずっしり落ち込んでたはずなのに、かえってなんか意味があるんじゃないかとおもいはじめて、少しずつ開き直ることができました。そのあと自粛生活がやってきて、スローに考えられるようになったことで生まれて初めて自分をリセットして、また新しく生まれ変わることができました。
今考えると、とてもとても不思議な流れだった。
ちゃんと初めから救われることが決まってたみたいに。

今、私は前よりもずっとずっと強くなって、今までで1番自分の足で立って、できるだけ生きて、やりたいことがたくさんあります。

本当に心が死んでしまうことがあるかも知れない、
希望なんてもう一生持てない気がする時があるかも知れない、
ひとりきりな気がすることがあるかも知れない。

でも、どうか、もう少しだけ必死に耐えて時間が過ぎるのを待っていて欲しい。
思いもよらない未来がちゃんとあるから、大丈夫なんだってどうにか伝えたい。

傷付いてしまった人がまた歩き出せるように、
御守りみたいな、武器のような、鎧のような、
そんなものを人生をかけて作れるように、生き続けていけたらいい。
本当に死にたくなるほど辛い時、音楽なんて何の役にも立たないことも知ってる。

だからこそ今、いつの日かそんなものが作れることが出来たらと思う。

せめて、三浦春馬くんの選択が春馬くんにとっての幸せであればいい。
でも、あまりにも悲しすぎる。
だから、どうかどうかじっとその時を耐えて、
生きていて。

また空が綺麗に思える日がきっと来る
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