女優の真木よう子さんが自主制作のフォトマガジンの制作資金をクラウドファンディングで募り、コミケに出展しようとした一件が、炎上。
謝罪して、取り下げる事態にまで発展した。

「わざわざコミケという場所を選ぶ必要性がまったくない」
「コミケを理解していないし、ヲタをナメてる」
「自費で作れ」
など、様々な意見が上がり、ご本人は謝罪され(僕だったら絶対に謝らないけど)、クラウドファンディングの運営側も謝罪されていたし、僕自身、コミケのルールや、コミケの人達が大切にしてきた部分は知らないので、今更、この件を根底から掘り起こすつもりはないし、真木さんが炎上した理由には何の興味もない。



ただ一つ。
クラウドファンディングで制作資金を募った真木さんに対して「自費で作れ」という意見と、この意見がそれなりの市民権を得ていることに対して、これから本格的にスタートする信用経済を生きていく上で、極めて危険な思想だと感じたので、その一点についての僕の意見を記しておく。
したがって、「真木よう子が歓迎されなかった理由はそうではなくて…」的な、コミケの正義および、、真木さんの炎上の真相に対する御意見は、他所でぶつけていただきたい。

今回、僕がお話するのは
『クラウドファンディングで集めたお金は、誰のお金か?』
の一点だ。


さて。

「自費で作れ(=自分のお金で作れ)」というのが、真木さんを批判した一部の方々および、その考えに違和感を覚えなかった方々の言い分だ。
つまり、その方々にとって、「クラウドファンディングで集めたお金=他人のお金」というわけだ。
なるほど。

では、『自分のお金』とは何か?
ここを軸に、問題を整理してみることにする。

コンビニのアルバイトをして、自分の時間を差し出して、その対価として頂いたお金、これは『自分のお金』だ。
アルバイト代を何に使おうと自由、誰にも咎められる理由はない。
自分の時間を差し出して、得たお金『自分のお金』なのだから。

コンビニを経営し、商品を売り、家賃や諸経費などを差っ引いて、手元に残ったお金、これも『自分のお金』だ。
ここまでは、異論はないと思う。


次に、

チケットを手売りし、ライブをおこない、その売り上げから、諸経費を差っ引いて、手元に残ったお金、これもまた『自分のお金』だ。
パフォーマーは、そのお金で家族を養い、キャバクラに行き、場合によっては自分の次の活動に投資する。
これも誰にも咎められる理由はない。
自分の時間(公演時間だけでなく、稽古時間もろもろ)を差し出して、その対価として、手に入れたお金なのだから。

ここまでのことを御納得いただけた方のみ、読み進めてください。


ライブチケットは、場合によっては数十万円に膨れあがる時もあるが、チケット自体の価値は印刷代の数十円程度。
ライブというのは、「この紙切れを買ってくれたら、これだけのモノをお見せしますよー」という、つまり"予約販売"だ。

まだ何もない状態から、「口約束」で、ただの紙切れを売って、制作資金を募り、その制作資金をやりくりして、ファンの方々にパフォーマンスをお見せする。
それが『ライブ』だ。

そろそろお気づきかもしれないが、皆が当たり前のように受け入れている『ライブ』は、クラウドファンディングだ。
「ライブをやりたいので、支援してくださーい。支援してくださった方には、リターンとして、ライブにご招待します」というクラウドファンディング。

クラウドファンディングには「金融型」「寄付型」「購入型」と、様々なタイプがある。
今回、真木さんのクラウドファンディングは「購入型」で、「○○円支援してくださったら、○○をお届けします」というもの。
完全なる予約販売だ。

「ライブ」と「クラウドファンディング」は、いずれも予約販売で、違いといえば、紙切れを介しているか、否か。
近頃のライブは電子チケットも増えてきたので、もはや違いはない。

数年前、僕がクラウドファンディングをしていたら、頭の弱い一部の先輩芸人どもが「ファンから金を巻き上げて、好きなことをしている」と批判してきたので、「ならば、金輪際、あなたはライブができませんね」とお返ししたら、2秒で死んだ。

話を戻す。

ライブの売り上げから、諸経費を差っ引いて、手元に残ったお金は『自分のお金』ということで、先程、御納得いただけたハズ。
そのお金を使って、焼き肉に行ってもいいし、あるいは、自分のフォトマガジンを作ってもいい。
誰にも咎められる理由はない。

クラウドファンディングは『金の成る木』ではない。
ライブチケットの売り上げ同様、口約束の信用度が低い人にはキチンとお金は集まらないし、他人に与える努力をサボっている人には、キチンとお金は集まらない。

これはクラウドファンディングに限った話はなく、オンラインサロン、VALU、TimeBank…全てに言える。
根本は、ライブチケットを売ってライブ制作費および生活費を集めることや、御祝儀を集めて結婚式を開催することと、何も変わらない。
その人が差し出したモノ(差し出す予定のモノ)の対価として、お金が発生している。
そのお金は、その人のものだ。

まもなく時代は、物品や体験だけでなく、時間そのものや、信用そのものが、取引の対象となってくる。
その時、プラットフォームが何であろうが、そこにお金が発生している以上、何かと交換している(何かを差し出している)という経済の絶対ルールを踏まえておかないと、かなり時代に取り残されると思う。

僕からは以上です。

 
以上のことを踏まえて、
「チケットぴあ」というプラットフォームを使って、自分の時間を差し出して、その対価として集めたお金は『自分のお金』で、
「クラウドファンディング」というプラットフォームを使って、自分の時間を差し出して、その対価として集めたお金が、『他人のお金』である理由を説明できる人がいれば、受け付けます。

どうぞ。


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