とくに僕なんかは先輩方や世間の皆様に「芸人なら○○すべき!」という注意を人一倍受けてきたので、その反動で、人一倍その気持ちが強いのかもしれないけれど、人の数だけ生き方があっていいと思うので、他人の生き方には絶対に口を挟まない。

ただ、アドバイスを求められたら、何時間でも時間を割いて、全力でアドバイスをする。
山口トンボには「東京に残って作家をすれば?」と言ったし、
ブロードキャスト房野には「活動を文字化すれば?」と言ったし、
ホームレス小谷には「ホームレスになれば?」と言った。

しかし、アドバイスを求めてきたわりに、アドバイスどおりに動く人は本当に稀で、ほとんどの人は「いや、でも、それだと…」と反論してくる。

ホームレス小谷は、「ホームレスになって、自分の1日を50円で売って、これからは、お金じゃなくて、信用を稼いだ方がいい」とアドバイスをした時に、「はい。やります」と即答した。
4~5年前の話だ。

1万人いれば、9999人は「いや、でも、それだと…」と反論してくるアドバイスだったと思う。

アドバイス求められたから答えただけで、当然、コチラは自分の考えを押しつけるつもりなど毛頭ないので、反論してこられたら、「どうぞ、どうぞ、お好きに」と僕は手を引く。

そしてアドバイスを求めてきた人は、だいたい皆が選んでいる生き方を選ぶ。

つまるところ、ほとんどの人は行動しない。
何か理由をつけて、何か言い訳をして、とにかく行動することをやめて、常識の奴隷となる。
常識というのは、正解不正解ではなくて、多数決だ。
大津波が迫っていても、丘の上に避難しないことを選ぶ人が多ければ、避難しないことが常識となる。

奴隷は、奴隷として生きていくことを自分で選んでいる。
声を上げることによる発生するリスクを考え、「それならば、今の方がマシだ」と自分の声を殺す。

この時、外から見ていて「もったいないなぁ」と思うのは、その人が考える『声を上げることによる発生するリスク』とやらが、情報に基づいたものではなく、想像に基づいたものであるからだ。

ここから、話はヤンワリと『革命のファンファーレ』の宣伝の方に向かうわけだけれど、
『革命のファンファーレ』には、こう書いた。

「あなたが行動を起こさないのは、勇気を持ち合わせていないからではなくて、情報を持ち合わせていないからだ」

たとえば、昨日あなたが家を出て、学校や職場までに行くことに勇気など使わなかったハズだ。
学校や職場までの導線が頭に入っているし、その道中に危険がないことも知っているから。

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『革命のファンファーレ』は、「革命の~」と言うぐらいだから、大方の予想通り、行動を後押しする一冊だ。
その後押しに、まさか精神論など使っていない。
スピリチュアル的な話には微塵の興味もない。

書いたのは、
「右に行ったら、壁がありましたよ」
「左に行ったら、深い谷がありましたよ」
「右斜めに行ったら、道が続いてましたよ」
「その先に谷があったのですが、幅が狭かったので、丸太を倒したら、渡れましたよ」
という、僕の体験談(報告書)だ。
つまり、情報だ。

行動を起こすことが全てだとは思わないけれど、「やる・やらない」は、さておき、情報は頭に入れておいて損はないと思う。



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