『差し入れ』をする人の気持ちは、とてもよく分かります。
「これを差し入れすると、喜んでくれるハズだ」で動かれているので、そこには1ミリの悪意もありません。

ただ、"差し入れされる側"にも事情があります。
タレントさんだったら、なんとか体型を維持する為にカロリー制限をされている方もいらっしゃるでしょう。

僕なんかは単純に手荷物がストレスなのと、
さらには、食べきれないナマ物の差し入れが大量に捨てられている場面を、もうこれ以上見たくないので、食べ物(生き物)が悪戯に処分される前に、前もってお断りしています。

そこまで話すと、
「ああ、あなたはそういう考えなのね(あなたには、そういう事情があるのね)。じゃあ、次からは差し入れは辞めておくね」
となって、ほとんどの方は、それで話が終わるのですが、

一部、
受け取れない事情をご説明した上でも尚、それでも
「『差し入れ』は御厚意なんだから、受けとるべきだ
という方がいらっしゃいます。
僕はこういう考えがすこぶる嫌いです。

20170722_090956.pngこれは書評家の杉江松恋さんのツイート。
僕は杉江さんの文章は好きですが、この考えは大嫌いです。

こうなってくると、もはや誰の為の『差し入れ』か分かりません。
被災地に贈られる千羽鶴の問題とよく似ています。
生きるので必死な被災者の方々が、「千羽鶴は要りません」と声を上げているのに、「善意を踏みにじるのか!」と怒鳴る人が大量発生する問題です。

僕は阪神淡路大震災の被災者で、週末になると、かなり被害の大きかった地域のお手伝いに行っていました。

その時に保管場所とボランティアスタッフの時間を割かれたのが、『厚意で寄せられた必要のない救援物資』でした。
気持ちはものすごくありがたかったのですが、それさえ無ければ、真冬に家を無くした方々に、もっと早く温かい御飯を提供できました。

「千羽鶴は要らない」は、「もっと良いものをよこせ!」と言っているわけではありません。
その心は、「大量に送られてくる千羽鶴に人員や保管場所を割かないといけないのですが、今は、そんな余裕がありませんので、何卒」です。

「要りません」
と言うのは、とても勇気が要ることです。
「善意なんだから受けとれや!」
「送った側の気持ちを考えろ!」
という非難の声が飛んでくることが容易に想像できるので。
それでも、東北の方々、熊本の方々が、「要りません」と声をあげます。

それは『悲鳴』です。

「今は持てません。助けてください」という悲鳴。

送る側の気持ちもものすごく分かりますが、受けとる側を喜ばせてやろうと考えるのなら尚のこと、受けとる側が勇気をもって言った「要りません」は、汲み取ってあげて欲しいなぁと思いました。

何度も言いますが、僕はファンの方からの『差し入れ』は要りません。
親や友達やスタッフからの『差し入れ』なら、キチンと最後まで責任もって受け取れるので頂戴しますが、ファンの方まで範囲を広げてしまうと、受け取れなくなり、処分されてしまうので、あらかじめ言っておきます。
僕はファンの方からの『差し入れ』は要りません。

大人なので、欲しいものは自分で買います。
手荷物はストレスです。
思考の妨げになるので、身の回りのモノは必要最小限にしておきたいです。
食べ物を粗末にしたくありません。
スイーツひとつとっても、卵(鳥の命)が使われています。
ファンサービスで生き物の命を粗末にしたくありません。
送る側のエゴ(需給のミスマッチ)で、奪われる命があっていいわけがないと思っています

想像してみるといいと思います。
『ファンサービス』が理由で、ゴミ箱に大量に捨てられているニワトリを。
こういうことを言うと、「無精卵だったら、いいだろ!」と、また押し付けてくる人が出てくるのかな?

食事は必要な時に必要な分だけで結構です。


あくまで、これは僕の考えです。
ファンの方からの『差し入れ』を喜ばれる方もいらっしゃいますので、そこは人それぞれ。
ただ、僕は『差し入れ』は要りません。

これでも、まだ「差し入れは受けとるべきだ!」と道徳を強要しますか?
生まれた時代も、育った環境も、迫られている状況も、皆、違います。
人の数だけ道徳があるのだから、「あなたは、あなた。私は私」で良くないですか?
それとも自分の道徳を押しつけたいですか?

仕事場に向かう道すがら、こんなことを書いていたら、ホームセンターで中古の安い冷蔵庫を発見。
梶原くんに、この冷蔵庫を差し入れしてあげよう。
絶対に喜んでくれるハズだ。
ファンサービス旺盛なヤツだから、受け取らないわけがない。