「差し入れは迷惑なので要らないです」と言ったところ、
「ヒドイ!」
「気持ちを受け取らないなんてサイテー!」
「要らないなら、その場で受け取って、誰かにあげればいいじゃないか!」
という声が多数上がりました。
なるほど。

ならば、こういう場合はどうでしょう?


あなたは今、友人と二人で海外数ヵ所を巡る旅の途中です。
旅行期間は2週間ほどで、今日がその初日だとします。

最初に訪れた場所で、地元の方から、

「ようこそ、お越しくださいました。これ、ウチの地元で獲れた『お米』です。おみやげにどうぞ。あ、要らなかったら、誰かにあげてもらっても全然構わないので(笑)」

と、5キロのお米を渡されました。
どうしますか?

旅行中に「米を炊いて食べる」というのは、常識的になかなか難しいですね。

"気持ちは受け取らなければならない"ので、せっかく手荷物を極限まで減らしてきたのに、残り2週間、5キロのお米を持ち歩きますか?

それとも、

さすがにこのタイミングで『お米』は要らないので、ここでは一旦受け取って、一緒に旅をしている友達に5キロのお米をプレゼントしますか?
当然、その友達は5キロのお米を持って、2週間歩き回ることになります。

それとも、せっかく貰った『お米』を捨てますか?
さすがに、そんなことはできませんよね。



『差し入れ』というのは利害関係が合致しないと、相手を苦しめることになることもあるのです。


被災地に送る千羽鶴が毎度問題になってますよね。
先の熊本でも、被災者の方が「千羽鶴はありがたいけど、要りません」と声をあげたところ、一部の方々から、
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と、お怒りの声が上がりました。


あのね…

被災地に行ったことありますか?
被災者になったことありますか?

ちなみに、僕は両方あります。
兵庫県民なので、阪神・淡路大震災が直撃しました。

真冬なのにガスが止まってしまったので、自分の地域もなかなか大変でしたが、それより、もっともっと大変な地域があって、手伝いに走りました。
たくさんの支援物資が届いて本当にありがたかったのですが、物資の区分けや数の把握などの作業はなかなか大変で、かなりの時間を要しました。
当然、区分けの時間が長引けば長引くほど、助けを求めている他の場所に手が回らなくなります。
毎日大量に送られてくる千羽鶴を片付ける時間で、瓦礫を片付ける時間が奪われてしまうわけです。
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被災者の方々が、
「千羽鶴は要りません」 
なんて、言いたいわけないじゃない。
"自分達のことを想ってくれている"ということは痛いほど分かっているのだから。

それでも、「千羽鶴は要りません」と言うのよ。

あれは文句じゃない
あれはワガママじゃない。

『悲鳴』だよ。


「助けて」と悲鳴を上げてんだよ。


千羽鶴を片付けている時間があったらね、
瓦礫を片付けたいんだよ。
暖をとりたいんだよ。
ご飯を食べたいんだよ。
震えている我が子に時間を使いたいんだよ。
線香を上げて、手を合わせたいんだよ。
1日でも早く元の生活に戻りたいんだよ。


本当に相手のことを想うのなら、もう少しだけ考えてあげた方が優しいかもしれないね。
少なくとも、「要らない」と悲鳴を上げている相手に対して、「気持ちだから受けとれ!」は大人のやることじゃないね。

『モノを渡す』という行為は、そういうリスクを背負ってるという話。

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