毎年、『西野亮廣独演会』という単独のトークショーを開催しているのですが、去年の東京公演は動員が4500人。しかし、『はねるのトびら』がゴールデンタイムに昇格して、視聴率が毎週20%を超えていた頃の『西野亮廣独演会』の東京公演の動員は400~500人。今の10分の1程度でした。

少なくとも『はねるのトびら』だけでも毎週2000万人以上の人が見てくれていたのに、
営業などで地方に行くとキャーキャー言われていたのに、単独ライブの集客となると400~500人がやっと。

ここには、『認知』と『人気』の違いがありました。

NSC(吉本の芸人養成所)時代に、NHKの漫才コンクールで大賞をとり、デビュー1年目で関西の漫才賞を総ナメ。
完全にブイブイ言わせていて、人気タレントになった僕は、その後、仕事内容選ばにもかくにも露出を求めて、東京に行き、いつしか認知タレントになり、人気タレントではなくなっていました。

テレビの世界に両足を突っ込んでいると、そこで語られるのは、視聴率であったり、レギュラー番組の本数であったり…それらが正義です。
周りからは毎日毎日「すごいねー!」と言われ、僕は成功者として語られました。

なもんで、
自分が「売れている」ということは自覚できていましたが、僕はバカなので、「認知タレントとして売れている」ということには気がつきませんでした。
「ただ、知られているだけだ」ということに。
自分に『人気』など無いということに。

世間から『認知』されるということは、それはもう大変なことなのですが、しかし、そこに『人気』が伴っていないと、状態としては、かなり不安定です。
場合によっては、たった一度の不倫で活動が止まってしまうこともあります。
(※ちなみに僕は昔、長崎の人妻と不倫をしたことがあります。とっても可愛かったですよ。)
 

活動が止まってしまうこと自体は大した問題ではありませんが、大変なのは、その後。
自分の意思で、自分のタイミングで、スタートさせることが難しいのです。

25歳の頃、「あ。人気タレントにならないとヤベーな…」と思い、テレビから片足を抜き、キャパ50人の小さな小さな劇場から再スタートをきりました。 

「『えんとつ町のプペル』を分業制で作る!」と宣言し、その制作費をクラウドファンディングで募ることにした時、「そんな作り方で本当に面白いモノができるの?」と、ほとんどの人が反対しましたが、「それでも、西野がそんなに言うなら」と多くの支援をいただきました。

『人気タレント』と呼ぶには、まだまだですが、しかし、25歳の頃とは違い『ファン(無条件で応援してくれる人)』がいたからです。

僕はよく「次は○○をしようぜー!」とデタラメなことを言います。
そのほとんどが、まだ世の中には無いモノだったりもします。
大体理解されず、「イタイ奴だな」と斬り捨てられるのですが、しかし世間の意見などどこ吹く風、ファンがいると、スタートさせることができて、それが確かなモノであれば、世間を巻き込むことができます。
『えんとつ町のプペル』がそれです。
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「『認知タレント』よりも『人気タレント』の方が上だ!」という話ではなく、「『認知』と『人気』の違いを把握しておかないと、足元をすくわれるよ」という話です。

『認知』と『人気』の両方を兼ね備えているのは、芸能界でも本当に一握りの人で、僕もできればそこを狙いたいです。
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このような『エンタメ』や『集客ノウハウ』について語った『Discover Japan 特集:西野亮廣』のサイン本がスタンダードブックストアで発売中です。
以上、圧倒的なステマでした。
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