今から10年前。
「もう、ひな壇に出るのは辞めます」と宣言しました。

真意は、「今は、たまたま出させてもらっていますが、僕の実力ではいずれ確実に出られなくなるし、そもそも得意分野でもないので、自分が輝ける他の場所を探します」といったところ。

ひな壇に出られる人達を最大限リスペクトし、
己の未熟さを受け止め、ザックリ言っちゃえば、白旗を揚げたわけですが、それがネットニュースの得意技《切りとりハラスメント》に遭い、

『キンコン西野、ひな壇批判!?』

『キンコン西野、ひな壇批判!!』

『キンコン西野、「俺はひな壇なんかには出ない!」』

となりました。

そのネットニュースを真に受けた先輩方からは「西野、なんで他人を批判すんねん!」と言われ、その先輩のファンの方々からも散々っぱら言われました。

まぁ、発言する以上は、いかようにでも切り貼りされてしまう時代ですから、真意が歪んで伝わってしまうことは、悲しいけれど仕方がないとして、しかし一方で、キチンと真意を受け止めてくださった方々からも、こんなことを言われました。


「芸人が『ひな壇』を拒んだら、もう生きていけないよ」

嫌がらせだとか、イヤミだとか、そういったネガティブな類いの意見ではなく、親身になって僕のことを考えてくださった上でのアドバイス。


たしかに、おっしゃる通りで、
当時、芸人が《ひな壇に出ない》というのは、東京の交通機関で喩えるなら《山手通りと山手線とレインボーブリッジが封鎖されている》という壊滅的状況で、「じゃあ、どうやって目的地に向かうんだよ」状態でした。

しかし、その状況に自分を追い込んで、新しい乗り物を自力で開発して、そいつを運転して目的地に向かうという方法でしか、自分や自分のまわりのスタッフを守れないと思ったので、思いきって踏み切ってみました。

退路を断ち、ジタバタともがき続け、そこで生まれたのが『絵』でした。
よく勘違いされるのですが、もともと絵を描くことが好きだったわけでも、得意だったわけでもなく、学生時代に美術を専攻していたわけでもありません。
「何か見つけなければ」と手を伸ばした先に『絵』があったのです。
image

(僕の作品だけがアップされている地味なインスタグラムはコチラ
)


本当の意味での僕の芸能活動は、退路を断ち、自分でハンドルを握って進み始めた、その日からで、そこから考えるようになりました。

「どうすれば、作品が届くのだろう?」

「どうすれば、次に繋がるのだろう?」

「どうすれば、お笑いライブに足を運んでくれる人が増えるのだろう?」

「どうすれば、スタッフを養っていけるのだろう?」

「どうすれば、自分のアイデアに人を巻き込むことができるのだろう?」

「アッチに舵をきれば、世間はどんな反応をするのだろう? …チョットやってみよう」

「肩書きを捨てたら、どんな変化が起こるのだろう? …チョットやってみよう」


ひな壇(…他にもグルメ番組やクイズ番組)といった明確な食いブチは、もう無いので、自分で考え、行動していくしかありませんでした。


結果、『ひな壇に出なくても、全然食っていけるので、ひな壇に出る芸人がいてもいいし、出ない芸人がいてもいい』という結論に辿り着いたのですが、そこに辿り着くまでは、星の数ほどの試行錯誤や紆余曲折スッタモンダがあったのです。


それらを経験した上で、僕が言えることは、

特にこれからの時代、
明日がどうなるか分からないわけで、
「肩書きをコロコロ変えるな!」と皆は怒るけれど、これからロボットの進出で、いろんな職業が猛スピードで無くなり、人によっては肩書きをコロコロ変えなきゃいけなくなる未来が確実に来るわけで、
これまでの常識…たとえば「大企業に入れば安心」だとか、
たとえば「一つの肩書きで生涯をまっとうした方が人として素晴らしい」といった考えが、少しずつ、しかし確実に、通用しなくなってくる。

その時、信用できるのは、その時々の状況に合わせて、ハンドルを右に切ったり、左に切ったりする《自分の腕》で、それより何より、大前提として、「自分の人生のハンドルを自分で握っておく」ということが、とても重要になってくると思います。


「ウチは上司がクソだから…」とか、
「ウチの会社はブラックすぎる」とか、
「この制度のせいで、自分は不幸だ」とか、
そんな感じで、他人に運転させながら、後部座席で愚痴っていて、それでも前に進めていたけれど、これからは、乗り物ごと池にポチャンしてしまう可能性がある。

運転技術はクソだけど、それでも目的地に向かって走ってくれるドライバーはいなくなり、
先人が描いてくれた地図は目の前で途絶えている。

はたして、どっちに進めばいいのやら?
そんな時代です。

こうなりゃコンパス片手に、自分の頭と足で進んでいくしかありません。
それでしか、自分や、自分の家族を守っていくことができません。

ただ、それは『絶望』ではなくて、僕らの番で移動手段が変わっただけの話で、地図がないということは、つまり誰も知らないオアシスが残っているわけで、むしろ『希望』と呼んでいい。

何かを仕掛けようとすると、
その場から動くことを諦めた人達から批判が起こる。
「そっちには行くな」と声があがる。
それでも前に進んで、手ぶらで帰ってきたら、「そら、みたことか」と嘲笑される。

それでも前に進まなければ、守るべきものが守れなくなる。
先にもあげたけれど、家族やスタッフ、そして、たとえば「皆を笑わせたいな」という自分の気持ち。

そのことを理解できているから、だから前に進もうとする、あなたのコンパスになればいいな、と、この本を書きました。


『魔法のコンパス ~道なき道の歩きかた~』
image

配送サービスはコチラ



本日発売です。

あなたの人生が明るくなりますように。