月別アーカイブ / 2017年07月

漫画『ワンピース』の1巻~60巻までがWeb上で期間限定で無料公開された。

これからワンピースを読み始める人からすると、コストがかかりすぎてしまうので、1巻~60巻までの無料公開は"新規顧客獲得の為の戦略"であることは間違いないんだけれど、
それよりなにより、

「『価値あるものを無料にしちゃうと市場が壊れる!』と半年前に叫んでいた声優さんや、そのファンや、クリエイターさん達は、無料公開が販売戦略のスタンダードになりつつある今、どう立ち振る舞うのだろう?」

と呟いてみたところ、

「ワンピースは期間限定の無料公開だ!」
「ワンピースは、1巻~60巻までの無料公開だから、『えんとつ町のプペル』の無料公開とは違う!!」

というコメントが山のように届いた。

もはや何に怒っているのかが僕には分からない。
価値あるものを無料公開したことを怒っているのではなくて、無料公開期間の問題だったのかな?
『えんとつ町のプペル』の無料公開することは全然オッケーで、無料公開期間が長すぎるから、なんか許せないのかな?

ちなみに、
「ワンピースは1巻~60巻までの一部分を無料公開であって、全編無料公開ではない!」
というご意見に対しては、
「60巻の前までしか買っていない方にしてみれは、全編無料公開ですよ」
とだけお答えしておく。
1巻~60巻を『一部分』と捉えられるのは、最新刊まで(全体像)を追えている人だ。


僕が半年前に『えんとつ町のプペル』を無料公開した時は、『お金の奴隷解放宣言』と題して、
「僕は絵本を買えない子供に無料で見せたいし、絵本は最後までネタバレして、ようやく『買う・買わない』の判断が始まるから、全編無料で見せた方(フリーミアム戦略の方)が売り上げが上がる」と明確にお伝えしている。

「すべてのものにお金を絡めるという常識は、そろそろアップデートした方がいい」と。 
「その方がクリエイターの可能性があがる」と。


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そんな中、こんなツイートが回ってくる。 
(エゴサーチもしてるけどね☆)
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もう本当に、一部の皆様が何に怒っているのか(アウト/セーフのライン)が、まるで分からない。
「購買を促す為ならオッケー」ということかな?
プペルの全編無料公開は販売を促す為でもあります。

そんな僕の気持ちを、まるまる代弁してくださったツイートがコチラ↓
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単純に僕が嫌われすぎているから、聞く耳を持ってもらえないというのもあるが、
ちょうど時代の転換期なのだと思う。
テクノロジーが動くと、すべてが動く。
お金が発生するポイントは大きく変わってきているし、それに伴い、常識や道徳も変わってきている。

「無料公開は子供の為とか言っておいて、結局、売り上げかよ!」と言われるが、両方だよ。
何故、「どちらか一つにしろ!」となっている?

もう何年も言い続けているが、『信用』が力を持つ時代になる。
貯金よりも、貯信だ。
子供を喜ばせたら、その信用はキチンと返ってくる。
前々から言っているけど、義務教育のカリキュラムに「クラウドファンディング」を入れた方がいい。

半年前、『えんとつ町のプペル』を無料公開した時に、「炎上商法ですか?」と世間の皆様に言われた。
そういえば、4年半前にクラウドファンディングをした時も、「クラウドファンディング?は?炎上商法ですか?」と世間の皆様に言われたな。
インタビューなどでも、よく「炎上させようとしてるんですかぁ?」と訊かれる。

『炎上商法』とかそういうんじゃなくて、
喩えるなら、
駅員さんが大変な思いをして切符を切っている時に、「『自動改札機』というものを導入しませんか?」と提案しているだけで、
馬車で移動している人達に対して、「そんなに効率良く移動したいのなら、皆で勉強して『自動車』というものを作りませんか?」と提案しているだけなんだけれど、

それが「提案」なのか、「おでんツンツン男」なのかの判断がつかない、過去の識に骨の髄まで洗脳されてい人達は、
口癖のように「炎上商法」という言葉を使って、いつも未来を遅らせる。


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『革命のファンファーレ ~現代のお金と広告戦略~』(幻冬舎)






























「お客さんと一緒に町を作ってます」と言うと、だいたいスベる。
「は?何、言ってんの?」がリアクションの定番。
「町を作っているお客さんは、給料が貰えるの?」
と訊かれるので、
「いや、皆、自分達でお金(制作費)を払って、作ってますよ」
と答えると、さらなる混乱に陥る。
ついには「宗教じみている」と言う人まで。
もっとも、全てのエンタメは宗教であるので、その指摘も、あながち間違いでもないけれど。
ちなみに僕は創価学会の人でも、幸福の科学の人でもありません。
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当然、僕にだって、誰にも立ち入らせない(核となる)部分はあるのだけれど、しかしながら、「俺が作ったものを見ろ!」という、表現者とお客さんが上下関係になるメディアには興味がなくて、
何年も前から言っているが、僕が作りたいのは「全員クリエイター、全員オーディエンス」となるような水平メディア。
自分達が食べる肉を、自分達で焼く『バーベキュー』をイメージしていただけると◎。

国内外で開催されている『えんとつ町のプペル展』は、そのほとんどを、お客さんが運営し、まもなく観客動員60万人を突破する。
『えんとつ町のプペル』は1万人で作り、一応著作権は僕にあるが、道徳を反しない限り、2次利用もオッケーにしている。当然だ、あなた達が作ったのだから。
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水平メディアを確立させる為には、お客さん同士の横の繋がりが生まれる場所作りは必要不可欠だ。
僕がライブを作る時は、ライブ終演後に、同じライブを観に行った人達が集まれる場所も同時に作る。
お客さんの打ち上げ会場を、ライブのエンディングでアナウンス(指定)する場合もある。
「あの店に行けば、今日のライブを観に来た人達(同じ趣味を持った人達)が集まってますよ」と。

ライブ終演後だけでなく、お客さん同士が集まれる場所もあった方がいいだろうと思い、『おとぎ町』という待ち合わせ場所を作った。
水平メディアは今はまだマイノリティーで、揶揄される機会も多いが、断言してもいいけど、時代はまもなく水平メディアに舵をきる。 
理由は「国民全員が情報を発信できるようになったから」。
純粋な(受け身100%)のお客さんなど、もう年輩の方しか残っていない。

「参加型」というと、まだそれは上下関係だ。
そうではなく、確固たる待ち合わせ場所だけがあって、あとは横並び。
ピラミッドではなく、曼陀羅のような。

「おとぎ町」は今、埼玉に作っているのだけれど、「都内でも集まれる場所があるといいね」という話になり、五反田に「おとぎ町」のスナックを作ることにした。
ここで夜な夜な「次はアレをしよう!」「その次はコレをしよう!」と語り合う。
僕は朝が早いので、ここで朝活もしようと思っている。 

ついでと言っちゃあなんだが、
長い時間を共に過ごすのに、たった数分間の面接で採用・不採用を決めるのは僕は苦手なので、ウチのスタッフをこのスナックでスカウトする。
当然、副業は完全オッケーだ。
なんてったって、代表が副業しまくっているのだから。

お客さんをスカウトしようとしているのだから、いよいよ境界線はなくなった。
ここまで書くと、もはや「お客さん」という呼び方に違和感を覚えている人も出てきたかもしれない。
僕がその一人だ。

ウチでは「セカンドクリエイター」と呼んでいるよ。
水平メディアを作る上で欠かせない才能です(*^^*)
































YouTubeに続々とアップされてくるパインアメの公式ステマソング『STAY MY LOVE』のカバー。

中国の民族楽器を使った『STAY MY LOVE』や、
ボイスパーカッションの『STAY MY LOVE』などなど、皆、あの手この手で『STAY MY LOVE』をお届けしている。

そんな中、徹底的にフザけ倒した『STAY MY LOVE』が現れた。
『STAY MY LOVE(ダンスバージョン)』と名付けられた、この曲のPVの凄まじいところは、ステマをする気が1ミリもないところにある。

パインアメをコッソリと映すどころか、終始、パインアメしか映っていない。
なんて潔いんだ。
そして、その潔さに笑ってしまった。
ご覧ください。
これだ。



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