月別アーカイブ / 2017年01月

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2時間、みっちりと膝を合わせて、真剣に向き合ったインタビュー取材でしたが、僕が言ってない言葉を、僕の口調で、しかもタイトルとして使われて、また、アクセス数を稼ぐ為だけに選んだ言葉(「僕が妬ましいからでしょ」)に、2ちゃんねらー的なセコさと下品さ見えて、仕事相手としてはモーレツに気持ちが悪かったので、記事を取り下げていただき、載も白紙、すべてお蔵入りにさせていただきました。

実は今回の記事がアップされる前には原稿チェックをさせてもらっていて、「こういう言い回しは辞めてください」「僕の発言を自作するのはやめてください」とお願いしていたのですが、アップされた記事にはそれが反映されておらず、完全にアウト。

僕は一人で生きているわけではなくて、
僕のまわりには相方もいますし、スタッフもいます。
そして、相方やスタッフには家族がいます。
僕に何かがあった場合には、そこにシワ寄せがいってしまうわけです。
僕は独身なので食いっぱぐれても平気ですが、フリーで活動しているスタッフや、出産を控えたスタッフ、老いた母の面倒を看ているスタッフは、そうはいきません。
梶原だって、子供を4人も育てています。

僕は僕の発言には全て責任がとれますが、
《他の誰かが作った僕の発言》の責任は、とることができません。
編集部さんの都合で、ライターさんの都合で、発言をカットされるのは構いませんが、ゼロから作られてしまうと困ります。

僕が悪く批評される分には、(…まぁムカつきますが)構いません。

そして、僕の発言が、ド素人のネット民によって歪曲される分には構いません。
質問された時に、「あれは、そういう意図で言ったのではなくて、僕の発言を暇な奴が歪曲したのです」と返せるので。

しかし、僕の発言を歪曲したのが、同じ現場にいたプロの仕業となると、話は変わってきます。
それは、『西野の発言』となってしまうからです。


今回のことで、吉本のマネージャー陣とプロモーション部をきつく叱りました。
《許される編集》と《許されない編集》ぐらい見極めなさいよ、と。
そもそも、原稿チェックで直しを入れた文章が、なんでまた直されてんの?と。

プロモーション部の人間は「先方さんには悪気はないんです」と言っていましたが、悪気がないなら尚更。かなり重症だと思いました。
つまり、アクセス数の都合で、ベージ数の都合で、編集の都合で、インタビュー相手の発言をゼロから作り出してしまうことが習慣化されているわけです。
インタビュー相手を、役者のように扱い、自分が書いた台本を演じさせているわけです。

ときどき、誘導尋問のようにインタビューをして、自分が書いてきた台本に落とし込もうとするインタビュアーさんがいらっしゃいますが、あれも、そう。

そんなに台本を書いて、そんなに役者のように他人を動かしたければ、映画監督にでもなればいい。


もったいないと思います。

せっかく膝を合わせて、せっかく、どこに着地するか分からない『会話』をしているのだから。
作られた『台本』も面白いですが、いやいや『会話』だって面白いです。

会話を引き出して、言葉が足りないと思ったら、その時は「」の外で、自分の言葉で補えばいい。
インタビュアーが会話を否定して、どうすんの。
仕事がルーティーンになってしまうと難しいのかもしれないですが、会話にルーティーンなんてないから。2度と同じ会話は、やってこないから。

今回は、とても真剣に話を聞いてくださっただけに、この仕上がりは非常に残念でした。
ただ、こうして僕を取り上げてくださろうとしたことには本当に感謝しています。
ありがとうございます。ごめんなさい。

ちょうど、取材内容が「常識を疑え」「自分の道を歩け」的なことだったので、これを僕からの返事とさせてください。

もし、また、ご一緒させていただく機会があるならば、今度は気持ち良い仕事がしたいです。


西野。






コチラの仕事はキチンと『会話』をさせていただきました。

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光る絵画展『えんとつ町のプペル展』は、昨年11月に東京で産声を上げ、12月には名古屋。
そして、現在は神戸の別品博覧会にて、入場無料で開催中。
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さて、この『えんとつ町のプペル展』が、これまでの個展と大きく違うのは、絵に光を当てているのではなくて、《絵そのものが光っている》という点。

特殊なフィルムに絵をプリントし、その後ろからLEDライトで照らしているわけです。
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そもそも、なぜ、絵そのものを光らせたか?

今日は、その狙いについて、お話したいと思います。

『えんとつ町のプペル展』にはギャラリーの照明が必要ありません。
絵そのものが光を放っているからです。
つまり、そもそもギャラリーで開催する必要性がなく、照明設備のない場所での開催が可能です。

夜の鳥取砂丘や、夜の森や、シャッター街となった商店街や、鍾乳洞でも『えんとつ町のプペル展』は開催が可能です。
個展がギャラリーを飛び出し、歩けるようになったわけです。

んでもって、私は、この「歩ける」というのを比喩ではなく、実際に、絵に足を生やして、個展を歩かせてやろうと思っておるのです。
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41枚の光る絵を、41人で背負って、夜の街を行進をするわけです。
こうすることにより、集客の必要がありません。
人のいる場所に、コチラから行けばいいからです。

大晦日の明治神宮に個展が行けばいいのです。
行列のできる店のラーメン屋の前に個展が行けばいいのです。

これまで、個展は『行く』所だったけれど、その逆。
「会いに行く個展」ではなくて、「会いに来る個展」です。

『えんとつ町のプペル展』を光らせた理由は、個展を歩かせる為でした。

歩く個展『えんとつ町のプペル展』は現在準備中。
今年、告知も何もなしで、ある夜、突然現れます。
お楽しみに(*^^*)

 


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自分の一日を50円で売る男『ホームレス小谷』がスタートさせたクラウドファンディングが糞すぎるのである。
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「他人の金で寿司を食べる寿司が一番旨い!」が口癖の小谷氏。
しかし、寿司を御馳走になる場合、やはり、それは御馳走する側のペースになってしまう。

小谷氏は自分のペース(自分のお腹がペコペコになったタイミング)で、他人の金で寿司が食べたいのだ。

そこで、彼がとった行動は『マイ賽銭箱』を作り、「神社修繕の費用に使う」と嘘をつき(だって、神社なんて持ってないもん)、そこに集まった賽銭で寿司を食べるというもの。

普通に賽銭箱だけを置いても誰も賽銭を入れてくれないので、「客寄せの為の地蔵を作る」と言い、その地蔵の制作費用も他人の金(クラウドファンディング)で作るという。

そして、そのクラウドファンディングのリターンが問題だ。
リターンは一口、3000円なのだが、
このリターンの内容が『小谷に寿司を御馳走できる権』なのだ。

お客さんはお金を払って、『小谷に寿司を御馳走する権』を買い、そして寿司代を払う。
小谷は、そこで集まったお金で地蔵を作り、その地蔵に集まったお金で寿司を食うというのだ。

つまり、小谷は寿司を食べっぱなしである。

いったい、こんな糞クラウドファンディングに誰が参加するというのだ。
気になったので、覗いてみたところ…

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結構いた。

アホが66人もいた。


小谷は、すでにこの時点で、寿司を66回食べれるわけだ。
こんな、あからさまなボッタクリが許されていいのだろうか。


そして、なんだ、このタイトル。
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「今日も特上!!!」じゃねーよ。


地蔵の角に頭ぶつけて死ねよ。

もしくは、賽銭を取り出す時に突き指をして、突き指をこじらせて死ね。


皆さんは、この犯罪について、どうお考えですか?
一度、サイトを覗いてみてください。

↓↓

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