月別アーカイブ / 2017年01月

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最新作『えんとつ町のプペル』の初版発行部数を1万部から3万部に上げてもらう交渉をする為に、自腹で1万冊以上買って、手売りで全部売り切ってやりました。

自腹額は2435万1138円です。

幻冬舎の方角から「ゴチになります」と聞こえてきます。

命懸けのスタートダッシュに成功し、『えんとつ町のプペル』は現在23万部。
出版不況なんてブチ壊してやります。

文句があれば受けてたちます。どうぞ。





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(写真はキングコング西野のInstagramより)










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去年の暮れ。
個展を入場無料で開催する為の費用を集めるクラウドファンディングを実施したところ、6257人の方から、実に4600万円以上の支援が集まった。

テレビでもこの金額が報じられ、ある番組では、コメンテーターの学者が「4600万円をどのように使うのか…」とコメントしていたが、残念だけど、学が無さすぎる。

クラウドファンディングには『寄付型』と『購入型』がある。
つまり、
「ただただ3000円を寄付します」
というのと、
「3000円支援するかわりに…」
というやつ。

僕がやったクラウドファンディングは後者で、3000円支援してくださった方には、そのかわりに、サイン入りの絵本(えんとつ町のプペル)をリターンとしてお返ししている。

たとえば、こんなの↓
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この場合だと、リターンにかかる費用は、《絵本代金+絵本の送料+配送手数料+電話代+サイトの手数料》となる。
細かく言っていくと、数千冊の絵本の保管場所や、配送作業に使う場所代なんかもかかってくる。
これなら、3000円の支援で、残る(自由に使える)お金は数百円だ。

リターンによっては、売れれば売れるほどマイナスになるものもある。

つまり、4600万円支援してもらったからといって、4600万円が使えるわけではない。
これが購入型のクラウドファンディングだ。



では、なぜ、クラウドファンディングをするか?



他の人はどうか知らないけれど、僕がクラウドファンディングをした理由は2つ。


一つ目は『予約販売サイト』として活用するため。

出版社から「『えんとつ町のプペル』の初版発行部数は1万部です」と言われ、その数では勝負できないと踏んで、「僕が1万冊買うので、スタートは3万部にしてください」と返した。

なぜ、「1万部買う」という勝負に出れたかというと、クラウドファンディングのリターン(サイン入り絵本)で、ある程度の見込み(数千冊の予約)を立てられていたから。

「1万部を個人で買う」という駆け引きの、大きな大きな後ろ楯として、クラウドファンディングを使ったわけだ。

結果、『えんとつ町のプペル』の初版は3万部となり、発売翌日には増刷がかかったので助かった。
雑誌の取材や、テレビの囲み会見などを発売日にぶつけたので、1万部だと、雑誌やテレビで紹介された一番アツいタイミングで「絵本が店頭に並んでいない」という地獄的状況をお届けして、出版社に怒鳴り込みにいくところだった。



クラウドファンディングをした2つ目の理由は、『共犯者を作る』ということ。

実はこれこそがクラウドファンディングの本文だ。

購入型だと、
4600万円も集めておいて、場合によっては赤字になることもあるわけで、少なくとも僕の場合は、そもそも『資金調達ツール』として機能させていない。
目を向けるべき数字は4600万円ではなくて、支援者数の『6257人』だ。

『えんとつ町のプペル転』を入場無料で開催する為に、6257人もの方が支援してくださった。
そして、この6257人という人は、高確率で個展会場に足を運んでくださる。

理由は「自分達が作った個展だから」


高野山を開いた弘法大師・空海が、面白い言葉を残している。

「伏して乞う、有縁の道欲おのおの涓塵(けんじん)を添えてこの願を相済え」

『涓塵(けんじん)』というのは、ほどの小さな喜捨、あるいは民衆一人一人の本心からの寄進という意味ね

現代語訳すると、
「大スポンサーの一本釣りではなく、ほんのわずかずつでもいいから、多くの人々の気持ちを集めて高野山を作った方が絶対によくね?」
といったところ。

何故か?

回転させなきゃいけないからだ。

国から金を貰って寺を作ったところで、そこに人が集まらないと、じきに痛んで、潰れてしまう。
ハコ(人が集まる場所)を作るときは、同時に、人が集まる理由も作らねばならない。

そこで空海は、「国から貰った金で作った場所にお客さんを呼ぶのではなくて、僕たち一人一人が少額ずつ出しあって、皆で作っちゃおうよ。そしたら思い入れができるから、皆、来るじゃん」と旗を振ったわけだ。

塵というのは、現代のクラウドファンディングで、空海ときたら、とっくの昔に、そこに気づいてたんだよね。

そんなに、国から金を貰って巨大なハコを作りたいのなら好きにすればいいし、良い方向に転がることもあるだろう。
ただ、エンタメ素人の行政の皆様が頭に入れておいた方がいいのは、補助金を貰うことで『集客のチャンスを逃している』ということ。

集客が伴わないハコに付いてくるのは『返す見込みのない維持費』で、つまり、借金を作る装置を国からの金で御丁寧に作っているわけだ。

その辺りのことを70ページにわたって語っております『Discover Japan 特集:西野亮廣』が本日発売です。
イベンターさんと、集客に苦戦している店長と、政治家は全員買ってください。

以上、圧倒的なステマでした。



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去年、深夜番組のノリで、肩書きを『芸人』から『絵本作家』に変更して、その翌日には、『パインアメ特命配布主任』に変更したら、結構な数の大人が「お前は何がしたいんだ!」とブチキレて、ワイドショーとかでもチクチク言われたんだけれど、ここでキレちゃう人の感覚が糞ヤベーと思った。

なんで、そこまで他人の肩書きに興味が持てるの?
そもそも『肩書き』ごときに、なんで、一喜一憂できるの?

芸人の僕なんかよりもペンを握っている時間が短いイラストレーターなんて世の中にはゴマンといるし、
パインアメの特命配布主任の僕よりも文章が下手くそなライターもゴマンといる……いや、違うな。
能力で語ると《好き・嫌い》でボヤけちゃうから、「費やしている量(時間)で統一しよう。

もとい!

パインアメの特命配布主任の僕よりも、文章を書いている時間か短いライターはゴマンといる。
ライターとして食っていく為に、カラオケBOXのアルバイトをしていたりするから。
その人がアルバイトをしている間、僕は文章を書き、ときどき売っている。

僕に限った話ではない。

又吉君より書いていない小説家はいるし、
オリラジ中田より音楽に向き合っていないアーティストもいる。

こうなってくると、肩書きなんぞには何の価値もない。何の信用もない。
大切なのは、「何者であるか?」ではなくて、「何ができるか?」だ。

くわえて、これからの時代、
ロボットが猛スピードで人間の仕事を奪っていくから、あなたの名刺に書かれてある肩書きごと無くなってしまう可能性もある。
当然、しばらく無くならない肩書きもあるんだけれど、踏まえておかなければならないのが、「肩書が無くなりやすい時代に突入した」ということ。

ホラ、ときどき、
「やりたいことが見つからない」と言う若い子達を指して、
『ゆとり世代』だの、
『さとり世代』だの、
『草食系』だの、
「夢を持て!」だの、
なんか、それっぽいことを言うオヤジがいるでしょ?
まぁ、世間のほとんどの方がそうなんだけども。


アイツら全員、バカじゃねえかと思ってます。


今の時代に生まれてみれば分かる。
スマホが猛スピードで、いろんな肩書きを終わらせていっている。
今の時代に生まれて、
「町の写真屋さんになりたい!」と言えるかな?
『ロボットタクシー』という言葉が飛び交いはじめている中で、「タクシードライバーになりたい!」と言えるかな?

目撃してんだよ。肩書きが終わっていく瞬間を。

そんな時代に、「何者か?」を問うて、夢を語らせて、職業を一つに絞らせるなんてメチャクチャなことをやっちゃってるよ。

「やりたいことが見つからない」というのが、今の時代に合った、一番正しい答えだと思う。

転職当たり前。
副業当たり前。
広い意味で起業(スタートさせることを)当たり前。
肩書きをヒョイヒョイと飛び越える癖をつけて、起業する(スタートさせる)癖をつけて、「お前は何者なんだ!?」と問い詰める癖を捨てないと、これから、かなり苦しくなってくると思う。


極めつけに、も一つ言っておくと、
僕らは、寿命がバカみたいに伸びた。
平気で100歳まで生きる。
んでもって、これを、地球史上、誰も経験していない。
国民のほとんどが老人になる時代を、幸か不幸か、僕たち人が初めて経験することになる。前例がないんだ。

60歳で退職してから、40年間生きるんだぜ。
20歳から40年間働いて、あと40年間が老後だ。
当然、年金なんぞで回転するハズがない
その時、一番苦戦するのが、起業グセがついていない《一つの肩書きに固執してきた人》だろう。
イチローは大丈夫。40年分の貯えがあるから。しかし、イチローを、イチローだけを「正解」としてしまった人はどうだろう?
たぶん、厳しいだろうな。

ご長寿先進国の日本がやらなきゃいけないことは『肩書き』の概念を捨てることだと思う。
さいあく、肩書きを捨てないまでも、
肩書きを越境して活動する人を非難する癖だけでも捨てるべきだと思う。
いや、まさか「僕のことを非難しないで」と言ってるんじゃないよ。
そうしないと、あなたの首が絞まるから。確実に。

そんな思いから、『魔法のコンパス』という本を書きました。
そうです。ステマです。

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