玄関の電球は切れたままもう2年は替えてない。
お茶を買い忘れたことに気づいたけど、またズボンを履いてコンビニまで戻る気力なんてあるわけもなくて、喉を潤すために冷蔵庫の隅の缶ビールをしかたなく空けたら、さっきまでしてた考えごとがなんだったか忘れてしまった。
つけっぱなしだったエアコンを切るとぼくの部屋から音はしなくなる。
そうすると心臓がどれくらいの速さで動いているのかよくわかる。
読んだっきり本棚に戻さず積んである漫画は埃をかぶっていて、まるでぼくみたいだなと思った。
iPhoneの画面の明るさじゃ明日も照らせない。

しばらく前の話。

小学校のときの友達が自殺した。
同じ時期に東京に転校してきて、同じマンションに住んでたから当時はよく遊んだ。

お互いゲームが好きだった。
でも中学にあがるとめっきり遊ばなくなった。
クラスも違ったし、自然とまわりにいる友達も変わっていった。

だからどこの高校に行ったかも、大学に行ったのかも、大学を卒業したのかも、就職したのかも知らなかった。
高校出てすぐの同窓会にそいつは来なかった。
友達伝いで自殺を知った。

それが今から何年前かも忘れた。

1年前か、2年前か、もしかしたらもっと前だったかも。

記憶があやふやだけど、同窓会のときはまだ死んでなかったはずで、あのときはなんで呼べなかったんだっけ。

ただ単に連絡先がわからなかったか、断られたか。

もしかしたら居たっけなあ。

なんかもうそんなレベルでしか思い出せない。

友達数人で「線香だけでもあげにいくか?」と話した。
でも結局行かなかった。
自殺を知らせてくれた友達は「行ってやってくれたら嬉しいけど」としか言わなかった。
そいつは、なんだかんだで足が動かなかったぼくらを軽蔑しただろうか。
もっとも、ぼくらよりもう少し離れた関係の元クラスメイトはまだあいつが死んだことにも気づいてない。

あいつがなんで自分で死のうと思ったのかも、どんな生活をしていたのかも知らない。
ただ小学校のときにあいつの家で戦わせたモンスターとか、教えてくれた漫画とか、そいつの母ちゃんが握ってくれたおにぎりの具とか、そんないくつかだけを思い出してぼくの中の自己満足的な供養は終わってしまった。

ぼくが死んだら、どこのだれがどんな風にして悲しんでくれるんだろう。

ぼくが先に死んでいたら、あいつは悲しんでくれたかな。

ぼくがあの娘に教えてあげたオススメのバンドのあの曲には、あの娘がいつか町やテレビでその曲を耳にしたときにほんのすこしぼくのことを思い出す呪いをかけておいた。

貸しっぱなしの漫画はあの娘の本棚の隅できっとホコリをかぶっていて、あの娘がいつか彼氏と同棲をはじめるための引っ越しの準備をするまで見つからない。

ずいぶん前からどんより似せむらさきの街の色。

呪いが解けるまで。

↑このページのトップへ