終わったことの話をあまりしないで、今はただ穏やかに「ピザが食べたい」だの「また最近シュノーケルがいい」だの、言いたい放題言わせてもらっている。
一方の、これからの不安もなくはないのだけれど、とにかく穏やか。

と言っておきながら、時にやきもきしながら、生をかみしめるように米を食う。うどんを食う。パスタを食う。やばい。お腹が痛い。カロリー計算は明日からします。

・小学校来の友人と昼食を取り、職業観の話をした。
特に最近は「今後一生会うかわからないような人」と仕事をするのが多く、そういう人は大抵今後のお互いの働きやすさなど鑑みないので平気で人格と存在の否定をしてくる。
自分が働きやすい環境を死守したいがために他人の環境を侵してくる。
昔はそんな奴に逐一心を揺さぶられて自分を貶めてきたのだけれど、今になって必要はないと思えるようになったのはきっと年の功。
「そういう奴もいる」を、よりライトに逃げ道として使えるようになる。
同級生と、お互いのそういう進歩を確認して帰宅。

・音楽のことを考える時間が減らない。
つくづく「書きたい生き物」であると自覚する。

「言いたいことはなくなった」なんて言わなくて良さそうだ。
伝えたい想い、怒りや憎しみ、慈しみと哀しみがこんなにもあること、今はそれが嬉しい。

・それでも無力を感じることがある。被害の拡大が無いように今は祈ることしかできない、そんな無力を感じる。
ヒーローにはなれない(誰もそんなことを望んでなくて、僕もまたヒーローになりたいわけじゃない)が、やれることはすべてやる。今はそれでいいのかもしれない。

負けない。 






そのうちにまた書きます。では。

・1日のなかで、昼と夜が最初で最後にに共存するのが、この時期では19時頃らしい。
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・どんな自分だったとしても、否定するよりも受け入れてやる方が難しい、けどそのほうがいい、そんな人もいる。僕がそう。

・自身の脱退発表をしてから、ライブを2回。
「今の肩書きでここに来るのはこれが最後」がリアルになる。

つくづく絶対の無い世界だと思った。
「必ずここでまた会おう」の約束を胸を張って、親指立ててはできない。

嘘をつきたくない。
嘘をつかないということはなにも対外的な話ではなく、ポーズでもなく、自律の現れである。
だから、これは、あえて言うが、「本当のことが言えてよかった」と僕は本気で思っている。
「こんな結果になってしまい、ごめんなさい」なんて、思わない。
「こんな結果」になんてなってない。
全員が改めて気持ちを整えて次に行ける、最高の結果だと思っている。
誰も疚しい気持ちは無いので謝ることがない。

ちゃんと「辞めます」と言えてよかった話。

なんとなく「気分を変えたい」と思い、ブログをこちらに移行しました。
きっとこれからも書きたいことは尽きないし、余計なことも言いたがるでしょう。
よろしくお願いしますね。


先日、朝の金城ふ頭まで自転車で。
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海風も強く寒かったし、曇天も相まって雰囲気そのものが冷たい。

何人か釣り人がいた。
なんだか活き活きとしているようにも見えた。
彼等には彼等の、醍醐味が此処にはあったらしい。

どういうわけか、そういうところに趣を感じた僕もいて、
「言葉や曲や、例えばこのブログだって、どうせなら書くならこういう日のことを書きたい」とも思った。

用事を済まし、1時間30分ほどかけて帰る。
新しい趣味が出来そうな予感と、にわか雨に降られた早朝の話。

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