_var_mobile_Media_DCIM_103APPLE_IMG_3844.PNG
最善を指し続けようと努力する行為はもちろん、全てを楽しみたい人にとって必須だと思う。ここで、最善ではないが、周囲の対処によっては結果的に一番良くなる策(世間はこれを博打などと)や、とにかく場を撹乱したりする策(ファジーなんて言ったりするのだろうか)も魅力的に映るような気もする。そうして、そんな策のテイストを知りつつ実行できるのが我々の強みなのかもしれない。

_var_mobile_Media_DCIM_103APPLE_IMG_3365.JPG
それが勝利条件のはっきりしたものならばどこかを定義することで、明確に最善の策がなんなのかを導き出せるような気がする。では、ぼんやりしたものの場合はどうだろう。

以下の写真はとりあえず載せてるだけです
_var_mobile_Media_DCIM_100APPLE_IMG_0502.JPG
ここからは自戒も込めてって感じかもしれない。
何を作るにも世界観ってやっぱり重要な気がしてます、特に人に広めたい場合には。あなたの作る作品の世界に行ってみたいですか?そして、客観的に考えて、その世界のことをほかの誰かに布教してきたいと思いますか??
なにも関係ないかもしれないんですが、チェスの途中で頭の中ではおとぎ話の世界を旅行してたりします
盤のすみっこに座ってる城砦のてっぺんから、敵の本拠地の城と歩兵たちを眺めてみたり
そんな世界観をそれにみているからこそ、たまにその世界に寄り道したいななんて
話はまた飛びますが、あくまでぜんぶが公開独り言集積所とでも思っといてください。
今の時代の世界観を楽しめますか??
楽しむ努力をしていないと言われればそれまでな気がしますが..
僕は少なくとも、あまり評価することはできないと
なんだか負のスパイラルに入っちゃってませんか。
特にここ最近は
もうすでに行き場がなくなってしまったのか長い時間SNSにしがみつき、世間で起きた事件やら出来事やらに対してああだこうだと語ってみたり、糾弾してみたり、、おそらく楽しいからではなく、あくまで暇だからやっている人間がほとんどでしょう
けれど、SNS上の出来事をなぜか世論であると勘違いするメディア、そこで騒がれ、大きな話題であるかのように見えるように工作をするメディアが増えはじめているような気がします。。
一部には学があり、本当に有益な情報を提供したりしている人間もいますが、九割がたSNS上で多様化や何々愛護活動に関して賢そうな議論を繰り広げる方々、そして特に芸能関係の方々は結局のところ
自分が目立ちたいがために、ツイッターでもっともらしくきこえるような意見を掲げてみたり、自己の写真を載せてみたりしているだけなのです
(そやつらは人の幸せなど考えちゃいない、むしろ叩き落としたい人も紛れているだろう)
けれど結局のところ起きていることは、
多数派、そして常識(?)倫理(?)に従った考え方しか許されない世の中になっていっているだけなような気がします。
逆に常識()によって認められるべき多様な意見を持った人や多様な人種、性的嗜好などに対してもそのせいで奇異な目で見られるようになっていっているような
このままいくと、世界のコンテンツがどんどん置きに行くようなものばかりになっていってしまう気がしてます。
愉快な世界観(これも勝手な考えかもしれませんが)を作り出すためにはある程度世間の協力が必要かもしれません...
巻き戻せないところは仕方ないとして、せめてできるところからで..
SNSで内容のない意見に囲まれたり
承認欲求を満たすための顔面全国大会
にもみくちゃにされて居場所を見失うよりは、(決して遊ぶことは子どもじみている行為というわけではないので)友達や職場の仲間とゲームをして楽しんだり、物語の世界で想像力を膨らませてみたり...メディアとかでは、SNSとかコネだけで有名だと勘違いされた、なんでもない人間を祭り上げてみようとするより特定の分野のオタクとか呼んで、一から十までその分野を普及するために話してもらうなり、素人()による臨場感のある面白さを提供したほうがまだマシかも...
なんていうのも全部ネット上のどうでもいい意見です
٩(๑•◡-๑)۶
半年ROMれない人間が過半数を占めた世界だから仕方ないのかもしれないけどね




↑このページのトップへ