親の年代の《おばちゃん》とのお別れがここ数日続きました

若い頃を知っている方々なので、歳をとってからの《おばちゃん》たちの様子は寂しい感じでした

歳を取るとはそういうことかもしれませんが、『最期をどこで誰と迎えるか』突然別れの日が来たとしても『最期を迎えた時、本人や家族が心穏やかだったか』って、その後残された遺族、とりわけ介護者にとってはとても大切なことだと、痛感しています

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個人的なことですが…
母との別れは悔いだらけです
…でも、それが、今の自分の活動につながっていて…

義母の別れは穏やかで、途中色々あったけれど、やりきった思いがあるので、『前を向いて自分の人生を楽しもう』という思いにつながっている気がします

最期…とても大切だと思います

身近な人の最期も、自分自身の最期も…

大切だからこそ、学んだり、つながったりして準備が必要だと感じます

そう、そうなんです…たぶん😅

『眠るように穏やかに亡くなった』と連絡が来ました
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『お母さんが、病院から追い出されそうで、どうしていいか分からない』と、友人から電話をもらったのがひと月ほど前です

『見舞いに行くと、主治医やソーシャルワーカーから追い出しモードでキツイ言葉を言われる』『転院先がない』と友人が泣きついてきたのです
泣き付くなんて、よほどのことだったと思います

おばさんの状態や友人の状態を考えて、勧めたのが、看護小規模多機能型居宅介護

看護小規模多機能型居宅介護にお世話になることができ、おばさんの体調も友人たちの心も とてもとても落ち着いて…

次に向かって体制を整えようとしていた矢先に、す〜っと眠るようにおばさんは亡くなったようです

《最期をどこで過ごすか》《本人だけではなく、家族の心身の状態が落ち着いているか》…『看取りの時にどんな状況かは、とても大切なことなのかもしれないなぁ』と義母を看取ってから強く思うようになりました

おばちゃんも友人も落ち着いて最期を迎えることができたようで…

ホッとしました

今夜のお通夜に参列して、最後のご挨拶したいと思います

書きたいことはいっぱいあるけれど…

書く気がしない時もある

何も浮かばない時もある

この頃《いいね👍》をしていただけて…

ずっとずっと0ばかりだったので、虚しかったけれど、読んでくださっている方がいると思うと、張りが出てきて…

ありがとうございます


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毎日書こうと思っているけれど…

むりに書こうとすると、嫌になる

なので、今日はパス‼︎

ごめんなさい

あれ?

これもとりあえずやる気のないブログになった(苦笑)

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