です。

月が変わり、

なんとなく筆を取ろうと思い、

ブログを更新しています。





タイトルの件ですが、

自分が学生だったとき、

国語の先生が、

学生たちに旧暦を覚えさせようと思って、

9月は、

夏休み長かったな〜と思う、長月。

と教えてくれました。

ただの語呂合わせで、本当ではありません。

いやまぁ、当たり前ですがw

でも、

9月になるといつもそれを思い出します。





昨日の朝洗面台で、それを思い出して、

もう9月になったか〜。

と思うと共に、

つまり今年度ももう半年経ったのかと思いました。

ここを1年の半分とするのは結構欧米的でもあって、

留学生なんかはよく秋に編入してきますから。

日本の大学の多くも、前期後期制をとると

夏休みを境に1年を折り返すことになります。

まぁそれは正確には10月のことになるんですけどね。



ていうか、不思議じゃないですか?

9月ないし、10月を1年の半分とする説。

そもそも1年は12ヶ月で、1月から始まるわけだから、

半分は6ヶ月で、そのスタートは7月ではありませんか。

確かに学校社会では4月、

≒季節の上でのスタートである春を基準に

1年を数えるという手法が取られています。

学校文化に一際長く身を投じてきた自分はともかく、

いろんな方が今でもその習わしを一部踏襲して

日々を過ごしているのではないかと思います。

なるほど一ヶ月前あたりに、

『今年はもう半年経ったのか』

と思ったのも束の間、

今また同じように

『今年はもう半年経ったのか』

と思っているわけです。

そうこうしているうちに12月を迎えると

半年経ったばかりのような1年が

今まさに終わっていくような感覚がするのです。



これってなぜなんだろう?



みなさんはそう思ったことはありませんか?

もし、

自分がまだ教師を続けていて、

子どもに同じことを聞かれた場合、

自分は一応、次のような答えを用意していました。



一年の中に節目を多くすることで、

人々が頑張れる機会をより多く設けられるんじゃないかな。

というものです。



受験とか、少しでも見聞きしたり、経験したことのある方はわかるかと思いますが、

人間が集中できるのって、めちゃくちゃ短い時間です。

暗記系は何時間とか、

授業なら何分とか、

スポーツやトレーニングなら何秒とか、

ものによって諸説ありますけど。

でも、どれも総じて、感覚的に、短い。

そんな人間にとっての1年は、

なにをするにしても、

高い集中のまま、

意欲的に活動し続けるには長すぎる。

1月1日に何かを始めて、12月31日に至るまで、

なんの区切りもないと、どこかで息切れしてしまいます。

それどころか、

あまりの途方のなさに、始まる前から挫折してしまうかもしれません。



みなさんスキーをしたことはありますか?

雪山のレジャーとして多くの人が楽しむスキーですが、

スキー場でない雪原は、

見渡すところ真っ白で、

どこをどう滑っていいかわかりません。

そこで用意されているのが、コースロープであったり、

途中の休憩所です。

こっちのコースは傾斜が急だから迂回しようとか、

疲れたからあの休憩所で休もうとか、

そういう設備があって初めてスキーがレジャーとして成り立って、

人が天辺から麓まで降りて行けるわけです。



1年も同じではないでしょうか?

そこに目標となる節目があることで、

なんとなく道筋が見え、

取りつく島ができ、

1年という山をなんとか降りきることができるようになる。

なんなら、そのおかげで1年を少し短く感じることができたりとかしてね。

もうちょっとで○○だから、そこまでがんばろーとか、

そういう気になれるわけです。

そして、その○○でリセットする。

リセットできたということは、

またはじめの集中力を取り戻せる機会を得たということです。

節目があるだけで、

1年の初めしか発動できなかった集中力が、

その節目の直後にもう一度使えるということになります。

節目があるだけで、

1年をただ乗り越えることができるようになるばかりか、

より集中して、

意欲的に活動する時間を長くすることができるわけです。

この節目が2つになり、3つになり。

その数だけ、最初の集中力が発動できるとするならば、

節目は多い方がいい。



偉い人たちが本気になれば、この節目の矛盾なんか結構すぐ解決できると思います。

それを、なぜ残しているのか。

これは、真実ではないけれど、

自分は、もしかしたらそうなのかなと思っています。

そんなことを、

自分だったら噛み砕いて、

ときには端折って、

可能な限り、必要な量を話すんだろうと思います。



だからなんだってね。

ここまで読んだ方は思うと思いますw

にーちゃんはなにを小難しいことを言ってるんだと。

なんていうか、

節目は、多い方がいいのです。

僕たちにとっての節目は、ライブでした。

お客さんがいる、ライブ。

みんながいる、ライブです。




もちろん今ツアー、できたことは嬉しかったです。

すんごい頑張った。

そこに偽りはありません。

でも、みんながいるライブを知っているからなー。

ツアーが始まる度に頑張れた。

ファイナルまで頑張れた。

それがなくなって久しい今年を振り返ってみると、

これまでよりなんかちょっと全体的に淡いんですよね。

それは、

お客さんがいないから。

みんながいないからかなーって。









僕が好きな歌に、

鮮やかすぎる 君がいない夏

という歌詞があります。

歌詞のまま、DEENさんの、君がいない夏という曲です。

落ちサビに不意に放り込まれた主題に、

こみ上げてくるものがあります。



イルミィがいない夏なんて、

想像もしていませんでした。

でもそんな夏が確かにやってきて、

そして、過ぎ去っていきました。

"もう慣れた"という強がりを言うことにも慣れ、

ネット配信を続けていますが、

そんな想像に難かった寂しい日々が、

今までの夏の思い出の中で、今一番鮮やかなものであることの悲しさ。

君がいない夏の鮮やかさとは。

やや涼しくなった気がする風に吹かれる朝に、

初めてその歌詞の意味を知ったような気がしました。





あぁ。

今年の夏は長かったなぁ。

そう噛み締める僕の秋が、

昨日から始まったようです。