です。

わからない方は、前回までを参照。



「ねぇ、グリコしよ?」

姉は、後ろで手を組みながら、こちらに歩み寄ってそう言った。

「グリコ?グリコって、あのジャンケンして…?

「勝った手に対応した言葉の数だけ進む、あのゲーム」

「なんでまた。」

「そうすればさっきみたいに離れ離れになんなくて済むでしょ」

「結局どっちかが勝ち続けたら同じじゃないか。大体そのゲームは階段でーー」

「ジャンケンポン!」

ジャンケンは不思議だ。

それまでどんなに騒がしくとも、ポンの後に必ず時が止まる。

あの手を出した瞬間の感覚は、嵐の後の静けさとも違う、ファンタジーな力が働いているような気さえする。

不意に唱えられた"その魔法"に、

ぼくが召喚したハサミは、

姉が繰り出した岩石によって、

たちまちただの鉄屑へと帰されるのであった。

「グ、、、リ、、、コッ!」

ぼくから少しだけ離れて、彼女がこちらを振り返る。

姉がなにを考えているのかはわからない。

なんでこんな遊びをしているのかも。

今になって思い返せば、このときのことは謎ばかりだった。

それでも、別によかった。

懐かしかった。

ぼくは、姉と共に過ごしたことを覚えていないけれども、なんだかその頃に時を少しだけ巻き戻せたような気がした。

「ジャンケンポン!」

そしてまた、時の魔法が唱えられる。



目的だった店がまさかの臨時休業。

すごろくでいうところの"ふりだしに戻る"をくらったぼくたちは、渋々駅前まで戻ってきていた。

駅に着くまではぶすくれていた姉も、田園都市線に乗った後は外の景色にだいぶ機嫌を治したようだった。

「ていうかさっきのゲーム」

姉が首だけでこちらを振り返る。

「目的地がわかんないんだから、ぼくが勝てるわけなかったじゃん。ぼくが大勝ちしてたらどうするつもりだったの?」

「そんときはそんときよ。」

そう言って、先ほど飲み干してしまったはずのコーヒーをストローですすった。

透明の容器の中で、再び氷が顔を出す。

これはぼくも悪かった。

そりゃそうか。

「ねぇ。グーだけなんでグリコなのかな。」

窓の外を眺めながら姉が言った。

子供の頃にすでに何百回と考えてきた疑問を、今更ぶつける姉。

「"グリコのおまけ"でもよかったわけでしょ?」

「勝った先の報酬に大小があることで、読み合いが発生して、ゲームとして面白くなるからじゃないかな」

こういう面白くない回答をしてしまうのは自分のよくないところだ。

質問に最適な回答をすることは、自分にとっての正解であって、

必ずしも相手にとってそうではない。

電車に乗ってからのやり取りでさえ、失策を重ね続ける自分に気づくのは、いつも言葉が口をついて出てきてからである。

予想通り、姉の前の窓が、姉の吐息で先ほどまでよりも大きく曇ったのが見えた。

「じゃさ、なんでグリコ?」

こういうときほど、1つの話題に固執してしまうのはなぜなのだろうか。

「離れないようにするなら、別のゲームでもよかったじゃん。」



「じゃー、手ェ繋ぐ?」



ぼくたちを乗せた電車が、徐々にスピードを落としていく。

ぼくは微動だにせず、ただ目を丸くした。

「冗談。降りるよ。」

『渋谷〜。渋谷〜。』

後ろのドアが開き、ホームに流れる車掌の声が、ぼくたちの車両内に入り込んだ。

ぼくは、遅れて身を投じた人の波の中で、恐らく今日はずっと負けっぱなしなんだろうなと覚悟を決めた。