です。

意味がわからない方は、第1話を参照してください。



狭い路地が張り巡らされたような駅前通りを、歩行者と自動車が秩序なく行き交うお昼時。

常に交通事故直前。

間一髪の連続。

かといって、両陣営とも引かず、お互いのとるにたらないエゴとエゴをぶつけ合っている。

どうせ、大して急いでないだろうに。

東京に出てきて2年を過ぎたけれども、この辺の光景はまだ見慣れない。

信号を見ない歩行者の気はしれないし、

こんなところを運転しなければならない人は本当にかわいそうだ。

歩いているだけで気を揉んでしまうぼくを尻目に、姉はというと、田舎から出てきたことを全く感じさせない足取りである。

まるで、都会を"歩く"教習所にでも通ったかのようだったが、いかがなものか。

自分より先を行く姉。

その距離は2,3歩先が5,6歩先。

5,6歩先が10歩先。

気づけば、行動を共にしている2人とは思えないほど離れている。

買い物袋を提げた子連れの向こうで、姉のセミロングが揺れる。

おーい。ちょっと待ってよと声をかけようと思った時、ぼくは一つの壁にぶち当たる。

さっきまでは目の前にいたから、必要はなかった。だから、呼ばなかった。相手のことを。

主語を省略するのは日本語の特徴である。

また、茨城弁の二人称(あなた、君など、youにあたる言葉)は、お前。

会話になんの支障もなかった。

しかし、遠くにいる相手に呼びかけるとなると話は別である。

ぼくは、"彼女"のことを何と呼べばよいのだろうか?

そのとき、ぼくの横を自転車が通り過ぎた。

姉は、あちこち興味を移し、ふらふらと歩いている。

まさかね…。

自転車は子連れを避け、

姉に近づいていく…





『ねーちゃん…!』





『ん?』

姉が、歩みを止めて、こちらをゆっくり振り返る。

キキっと、わずかにブレーキをかけながら、自転車が彼女の横を走り去った。

そこでようやく自転車の存在に気付き、それに驚いたように姉は半歩退いた。

遅れて、姉のコートの裾がやわらかく揺れる。

そうして、姉は、どこか照れ臭そうに微笑んだ。

ぼくの思いやりに対してだろうか。

いや、多分そうじゃない。

久しくしていなかったであろうこのやり取り。



ねーちゃんと呼ばれること。

ねーちゃんと呼ぶこと。



とっさに、その人物を呼ぶ時にねーちゃんという響きを使い、

とっさに聞いたねーちゃんという声を、自分のことだと認識し、振り返る。



何気ないそんなやりとりが、ぼく自身くすぐったかった。

止まっていた何かが再び動き出した。

姉の顔はそんな風に言いたげだった。

でも、そんなこと、ぼくの考え過ぎかもしれない。

両ポケットに手を突っ込みながら、ぼけっとすんなと付け加えた。



他にも人はいるのに、ぼくの声は姉にしか届かず、

まるで、世界にぼくらだけしかいないかのようだった。

うっすらと顔を出すえくぼに、自分ではなく、妹の笑顔が重なって見えた。