今回で最後です。


LINEブログの一番最初の冒頭としては

適しているとは言い難いですが


今日は、

ぼくの最後の

回顧談に付き合ってください。



2015年 8月16日

その日を境に、

ぼくは、むすめん。になった。



2年ほど止まっていた時間が

再び動き出したあの日は


しかし、同時に

ぼくの中にある

別の時間軸

だけど

大切な時間軸が

動きを止めた日でもあった。



以前から公表しておりましたが、

もしかしたら、

文字に起こすのは、今回が初めてかもしれません。

自分は、

むすめん。の活動を休止している間

教育の現場にいました。


なぜその道を目指すようになったのかは

今となってはよくわかりません。

しかし、

そう聞かれるといつも自分は、

小2の時の担任の先生への憧れを語ってきました。

「こういう大人になりたい。」

その人がたまたま教師だった。

きっかけは、いつの日も偶然の産物なのです。



教師を目指している時も、

教師をしている時も、

教師という仕事の、

アイドルという仕事に似ている部分を感じていました。


教壇に立ち、

チャイムがなったら

自分のステージが始まる。

自分のステージでは、

その時間で子どもたちに伝えなければいけないことを

しっかりと伝えるために

演目や台本を用意するのです。

1時間は一つの公演のように。

1公演で一編の物語を編むことを、自分の1つの目標にしていました。


しかしこれは、比喩表現にすぎません。

もっと似ている点、

それは、どちらも人に夢を与えることができる仕事だということです。

ぼくは、自分の担任の先生から

教師になりたいという夢をいただきました。

大きな目標をいただいたことで、

それまでの人生を大いに楽しみながら

歩むことができました。

自分は教師のそういった魅力に、

勉強するほど惹かれていったのだと思います。



自分が今年度、

“この道”を選ぶにあたり

葛藤もたくさんありました。

でも

後悔はしていないつもりです。

核の部分で

自分は全くぶれていないと思ったからです。



でもね

ぼくだって一人の人ですから。


中野に立つまでの間

何度も

何度も 何度も

何度も 何度も 何度も

教師として働く夢を見ました。

そして

残してきた子どもたちに会うんです。

自分の教え子たちは、

今年度、受験を迎える子たちでした。



中野公演を迎えるこの1年。

胸に、つかえてとれない、何かを感じていました。



先日、

そんな子たちが、卒業式を迎えました。

やー実にめでたい。

一目見たかったところではありますが、

なかなかそれも難しく。


そんな自分が、

たくさんの方のお力添えをいただいて、

最後に子どもたちにしてやれたことが、

2つだけあります。



1つは、歌を送ったこと。

3年生を送る会 みたいな行事に、

ビデオレターをお送りすることができたんです。

そこで歌ったのは、レミオロメンさんの3月9日。


自分が退職をする年の

修了式の日。

自分のクラスの子たちが、

帰りの会の後に急に音頭を取り、

学級のお別れ会を開いてくれました。

そこで自分に向けて

クラス全員で歌ってくれたのが

3月9日なんです。


2年生の修了式ですよ?

来年度自分がいないことなんて、

誰にも伝えていないんですよ。

そんなことありますか?

空き教室にギターまで準備してあって

前日の昼休み、教室に誰もいないなと思ったら

みんなでコソコソ練習してくれていて

そんな修了式聞いたことありますか?

ボロボロ泣きました。

みんなで泣きながら歌いました。



そして、

もう1つが、

祝電を送ったことです。



祝電



ようやく肩の荷が下りたというか

そんな気持ちです。

自分が

彼らにできることは

もう何もない。

ただの自己満足ですし

それ以外なんにもしてないんですが。笑



なんだかすごく安心したっていう

ただそれだけの話です。



瞳を閉じれば あなたが

まぶたのうらに いることで

どれほど強くなれたでしょう



本当にありがとう。

そして、

卒業、「おめでとう。」