野球とは離れる部分でもあり、また離れない部分でもありますが、
当方個人として、書き記さなくてはと思ったので、残します。

以下、韓国球界に関する有益な情報はありません。


17日、女優でタレントの牧野エミさんが急逝されました。
53歳という若さでした。
関西の実力派女優・牧野エミさん急逝(MSN産経ニュース)

当方に「エミさんを語る資格があるのか?」と言われれば、
それほどのご縁はないのかもしれません。
ただ悲しさを形にすべく、そして感謝を表したく、
こぼれる涙を抑えながら記しています。

当方、22歳の年、非常に、非常に短い期間ですが、
牧野エミさんが升毅さんらと結成された劇団「MOTHER」に、
在籍させてもらいました。

一般的に多くの人は10代後半から20代前半に、
自らの進路を決定すると思うのですが、
当方の場合「自分が一番やりたいこと」を探す、極めるのに、
20代をまるまる費やし、
22歳の時「きっとこれなんだ!」と思い、勤しんだのが、
演劇、ステージ、エンターテインメントの世界で表に立つこと。
その中で門を叩いたのが、大阪を拠点にする劇団のMOTHERでした。

当時、根拠のない自信にあふれ、生意気だった当方ですが、
MOTHERで出会ったエミさんは、それをわかった上で、
舞台の上では厳しく、しかし人としては優しく接してくださいました。

当方、面倒な若手だったと思うのですが、
こちらを上手くのせて扱ってくださったことは、
後に自分が年下の人と接する際の引き出しのひとつになっています。

エミさん、野球がお好きでした。そして詳しかった。
その野球を、いま当方は生業としています。
当方が各メディアで伝えているものなどを、
エミさんも目にして下さったりしてたりして?と思うこともありました。

MOTHERを離れてから10数年。あまりに疎遠にしていたので、
今回のことも、たまたまインターネット上の検索ワードの上位に
エミさんの名前を見つけ、数日後に知った次第です。
お別れの場に間に合わず、情けないです。


当方、MOTHER以後の20代は、親しい知人しか知らない、
様々な「自分が一番やりたいこと」探しに取り組み、もがきました。
その結果、あらゆる点と点、人と人が結びつき、
見えない何かに引き寄せられるように、運命的に(というと胡散臭いですが)、
「韓国プロ野球の伝え手」という、一番自分らしく生きられるものを見出し、
10余年を経て、現在に至ります。

はたから見れば20代に費やした時間は、遠回りのようでもありますが、
自分の中では一貫した考えがあって、
経験してきた事柄すべてのエッセンスが、現在にも生かされています。
MOTHERでの時間は、自分が初めて接した「大人の世界」でした。
そして最初に接したプロが、升毅さんであり、牧野エミさんでした。

ジャンルは違いますが、当方もプロということを意識して
仕事にいそしむようになり、だいぶ時間を経ました
(そうなるまでに、世間一般よりは遅かったのかもしれませんが)。

そして、もっと、もっとプロとして胸を張れるようになった時に、
升さん、エミさんにお会いしたいと思っていたのに、
それは叶わなくなってしまいました。

「あの若造がこんなことやってますよ!」って言いたかった。
残念です。

エミさん、本当に、本当にありがとうございました!

エミさん



2017-5


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室井 昌也

論創社
2016-12





交通情報の女たち
室井 昌也
論創社
2014-11-18